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■ 地下室と世界の終わり 後編


さて、三時間の有効活用の仕方ですが。

*********

頭上で裸電球が一つ、揺れている。
ここは地下室、私たち以外に誰もいない。
ぐるり、本棚に囲まれた少し埃っぽい密室、微かに響くのはページをめくる音だけ。
視界の端っこに映るのは、ゆるめられたネクタイ、そこから覗く鎖骨。

右手には忍足先輩、左手には跡部。

長い足を投げ出してコンクリの床に座る二人に挟まれて、私は艶っぽい横顔から目が離せなかった。
地下室に乱れた吐息、両肩に体温…。

「…安積。」

左の影が静かに動き、淡い電球の光を遮る。
しなやかな指がのびてきて私の頭を、捕らえた。

「あ、跡部…」
「お前…」

ギリ…ギリギリギリギリギリギリ。
頭を大きな手で締め上げられる、脳天締め、またの名をアイアンクロー。

「ぎゃあああ!」
「気味悪ィ息遣いしてんじゃねぇよ…!」
「だって!そんなもの横でチラチラ見せられちゃったら興奮しちゃう!我慢できない!」

左右に色っぽい鎖骨がチラチラ、チカチカしてさ。
裸電球の光でさらにセクシーさ増し増しで…鼻息荒くなっちゃうってのよ。

「問題集に集中しろ。」

私の手の中には偏差値テストの問題集。
助けがくるまでの時間を有効活用しとき、と忍足先輩に手渡された。
で、さっきから二人に挟まれて試験勉強してるんだけど…

(集中できるわけないでしょ。)

両肩に超特A級の美少年の腕が触れてるのよ、ピタッと密着。
さっきから私の考えてることといったら、

”どっちでもいい、もたれかかってしまいたい!”

跡部にするか、忍足先輩にするか贅沢な悩みで頭がいっぱいだったのよね。
問題集の数式にちっとも集中できない私を跡部様はジロリ睨んだ。

「そんなにクビになりたいのか。」
「そ、それだけはご勘弁を!」

キリッと顔を引き締めて私は問題集と向き合う。
高得点をとらなければ、バカすぎという理由でマネージャーをクビになってしまう。
クビになんてなってたまるか。
逆ハーレムを実現しなくちゃならないのに!

(のに…)

集中しようとすればしようとするほど、両隣の美しい横顔が気になって…気になって仕方ない!!
はぁ…跡部様も忍足先輩も芸術的なまつ毛の長さ、そして微かに上下する喉仏が色っぽい…

(いやいや、しゅ、集中しなくては!)

私はブルブルと首を振って問題集を睨み、自分に言い聞かせるよう心の中で叫んだ。

(集中しなくては!!!!!!)


*************


コツン、と右肩に温かい重み。

本から目を外しそちらを見ると、安積がもたれかかって寝息をたてていた。
大きな口を開けて。

(何てマヌケな寝顔…。)

呆れつつ、左手をのばして安積の顎に手をやる。

「うわお、やらしい図やなぁ。」

本のページをめくりながら、忍足が呟いた。
クイと手を押し上げて安積の口を閉じさせる。
何が”やらしい図”だ。

「このマヌケな寝顔に何するって言うんだよ。」

俺は本へ視線を戻した。
右肩に安積のやわらかい香り。
あたたかな体温と重みがウチの犬に似ていて、自然と口角が上がる。
毛の長いウチの犬も俺が本を読んでいると、こうして肩に頭をのせて甘えてきて、俺を優しい気持ちにさせる。

「起こさへんの?」

アメリカの政治哲学者の著書を目で追いつつ、忍足が言った。
読書好きのこの男が読む本は統一性がまるでない。
新書、実用書、教本、雑誌、小説、選り好みせず目についた本を片っ端から読んでいる。
この男は整理整頓して記憶するのが得意で、例えていうならこの部屋のように頭の中にいくつも本棚を持っている。
分類ごとに収納し、瞬時に必要な情報を取り出すことのできる、図書館型の思考の持ち主だ。
多彩な技を使いこなし、”千の技を持つ男”と呼ばれる氷帝の曲者らしい思考だ。

「起きているとうるせぇ、寝かせておく。」
「気持ちよさそうに寝てるもんな」

そこで会話は途切れ、埃っぽい地下室に沈黙が訪れた。
聞えるのは静かな寝息とページをめくる音だけ。
俺はイングランドの劇作家が書いた四大悲劇戯曲を目で追う。
ヴェニスの将軍が旗手に陥れられ、妻を疑い、殺し、最後は自殺する話だ。
数多の兵の命を預かる者は嫉妬に狂って己を見失ってはいけないのだ、いついかなる時も、どんな理由があろうと。
裏切りを見抜けず、己の妻を信じ切れなかったオセローはきっと、この事件がなくともどこかの戦場で下手を打ち、己とたくさんの兵の命を失っただろう。
何よりも俺は夫に殺されたデズデモーナが哀れでならない。

「もし…」

ふと、右隣から声が聞こえて、視線を上げる。
沈黙をやぶったのは忍足だった。

「もしも…この部屋から出て、」

活字を追いながら忍足は言った。

「世界中の人間が全部消えてたらどうする?」
「はあ?」

何を言い出すんだ?と、思わず眉間に皺を寄せる。
ヤツはやはり本から目を離さずに続ける。

「人類は俺と、お前と、沙穂だけ。」
「とうとう頭がおかしくなったのか。」
「ええやんか、暇つぶし。」
「くだらねぇ。」
「くだらへん暇つぶしなんか普段せえへんやろ。」

横目で俺を見てニヤリと笑った。

「たまにはええやん、付き合えや。」

三年の付き合いになるが、この男に”暇つぶし”を持ちかけられるのは初めてだ。
俺は忍足から再び手元の本へと視線を落とす。

「人類が…?」
「人類がこの三人だけになったらどうするって話。」
「バカな妄想だな。」
「付き合うんやろ。文句言わんと答えろや。」

俺の肩に頭を預けた安積がううん、と身をよじる。
うなっただけで、まだ起きる気配はない。
俺たち以外の全人類が滅んだら…か。

「まず、状況の把握だな。本当に生存者がいないのか、本当にいないのなら、その原因を調べる。」
「は?」
「三人だけしか人類がいない、というお前の言葉をまず信じない。俺は自分の目で見た事実で判断する。」
「…なるほど、お前の頭の回路はそういう風になってるねんな。」

忍足は本をパタンと閉じて呆れたように言った。

「ロマンチストやないなぁ。」

ロマンチスト?首を傾げた俺に忍足は続ける。

「大事やろ。ロマン。」
「時と場合によるだろ、命の危険が差し迫ってる時にそんなもの必要ない。」
「女の子と接する時は必要やと思うけど。」

女?

「お前、何の話をしてるんだ?」
「だから、そういう話。」

安積の寝息を挟んで向こうの部活仲間は俺を真っすぐ見て言った。

「最初からそういう話をしようとしてるねんて、俺は。」

忍足は安積の寝顔へと視線を移す。
頼りない裸電球の明かりが、安積のまつ毛に影を落としている。

「この世に俺とお前しか男がおらんようになったら、沙穂はどっちを選ぶんやろかって話。」

目の前の男の挑むような眼差しに、言葉が見つからない。

「何やねん、その顔。」
「正気か?」
「あわよくば…っていつも思ってたで。」
「冗談だろ?」
「男子として当然やないん?」
「安積だぞ?」

忍足は俺の言葉に答えず、ただ黙って安積の小さな爪を撫でた。
本棚で囲まれ、インクと紙の匂いのする閉鎖された地下の空間を照らす淡いオレンジの電球。
非日常な状況だからだろうか、見たことのない表情をしている。

「辞めたくないねんて、マネージャー。」

安積の小さな爪をなぞる男の指から目が離せない。

「必死になって…健気やん。」

常に少し離れた場所から冷静に仲間や自分を見ている男が隠し持っている本能をちらつかせる。

「氷帝とか、マネージャーとか、先輩とか、お前が大事にしてる後輩やとか、ややこしいモン全部無しにして…」

噛みつきたいのは俺にだろうか、それとも安積にだろうか。

「世界の終わりに立った時…」

薄暗い地下室で、女を挟んで男が二人。

「人類最後の女を手に入れる男は…」

俺の右肩に預けられた安積の頭。
ついさっきまで愛犬のようだと心和ませていた重み。
それを、目の前の男が狙っている。

「俺と跡部、どっちやと思う?」

世界の終わりだろうが、地下室の中であろうが。

人類最後の女だろうが知ったことではない。

俺は、自分が大事にしているものを目の前で横取りされて黙っている男ではない。

「怖い目ぇやな、跡部。」

忍足の指が、また小さな爪をなぞる。

「寝てる女に手ぇだすんじゃねぇよ。」

お互いに目を離さない。

女が一人と男が二人。

それが他の女だったら知らん。

優しさも、思いやりも考えず、子孫を残すことだけ考えて本能で動く、それも有りだろう。

「純粋に男としての魅力を競いたいって言うなら、勝つのは俺様だぜ。」

俺がそう言うと、忍足は”ふぅん”と鼻を鳴らした。

「だから沙穂もお前を選ぶと?」
「それは知らねぇ。」

俺は…例え安積が人類最後の女になったとしても、気持ちを無視して無理やり自分のものにはしない。

「どちらを選ぶかは、俺たちが決めることじゃねぇ。」

安積が決めることだろ。

「それに…」

スヤスヤと寝息を立てる後輩へと目をやる。

「他に好きな男がいるからって、俺もお前も選ばれないって可能性もあるぜ。」
「なるほど。ホンマやな。」

”そしたら人類滅亡やな。”と忍足は肩をすくめて笑う。
俺も”ジ・エンドだ。”とうなずいて笑う。

「そうなったら、アダムとイヴになり損ねた俺とお前で孤独を分け合って生きて行こうや。」
「やめろよ。気味悪ィ。」

俺が手で追い払うと忍足は笑って、それから小さくこう言った。

「お前が沙穂を選ばへんって選択肢はないんやな。それやったらええんや。」

奴は何故だかスッキリした顔をしていた。

「ぶ」

安積の頭がブルッと震えて

「ぶへっくしょん!!」

大きなくしゃみが地下室に響く。

「…。」

ズズっと寝ぼけまなこで鼻をすすった安積は俺たちの視線に気が付くと、慌てて問題集を手にする。

「寝てません、寝てません。」

”頑張ります、頑張りますので”とブツブツ言っている。
俺は…この鼻をすすって半目で問題集を睨みつけている間抜けな女を見て、急に脱力感を覚える。
地下室に閉じ込められて、おかしな会話をしてしまった。

「忍足…」
「なに?」

コイツが人類最後の女になったらだと?

「二度とくだらねぇ暇つぶしに付き合わすな。」
「もう誘わへんって。」

何が世界の終わりだ、バカらしい。

「沙穂。」

何かに気付いた忍足は数センチ、安積との距離をつめた。

「その問題集、いつのヤツ?」
「…?一昨年のですね。」

俺は再びシェイクスピアの四大悲劇戯曲へと視線を落とす。

「去年のは探しても見つからんかってん。」
「そうなんですか?」
「誰かが持ち出したんやろ。」

薄闇の中、聞えてきた忍足の声は楽しそうだ。

「沙穂のために誰かが、な。」
「え?」
「俺たちより先に立ち入り禁止のこの地下室に忍び込んで。」

忍足と安積の視線が俺へと集まる。
俺は手元の本を閉じて、フンと鼻を鳴らす。

「俺様がコソコソ忍び込むなんてまねするかよ。」

左わきに置いていたカバンの中から一冊の本を抜き取って差し出す。
昨年の偏差値テストの問題集だ。
出来の悪い後輩のためにわざわざ取りに来てやったんだぜ。

「どこだって顔パスだって言っただろうが。」

”根性見せてくれるんだろ?”

俺がそう言うと、嬉しそうに安積が笑った。



*********


30分後、私たちは無事助け出されました。

え?偏差値テストの結果?

「一問正解するごとにアイツらが脱ぐぞ。ほら、頑張れ。」

氷帝レギュラー陣を並べて脱衣勉強法を跡部様が考案してくださったおかげで、無事マネージャーに留まることができました。

全員丸裸にすることができ、沙穂は満足です。

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