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その7 宍戸視点:コテージにて


詳しい事情を聞いたのは、20分後のことだった。

*****


「なんだよそれ…!」
「ッシ!あんまり大きい声だすなや。」

人差し指を立て、忍足は俺を睨んだ。
俺は「すまん…」と詫びて、奥の部屋へ目をやる。
跡部と樺地のコテージへ運び込まれた安積は今、寝室で手当てを受けている。
俺たちがさっき捕まえた酔っ払いは、安積の部屋に侵入しようとしていたらしい。
声を潜め、忍足に尋ねる。

「怪我の具合は?」
「逃げる時に足くじいたみたいで、軽く腫れてる。」

壁に背を預け、腕を組んだ日吉が「許せねぇ…」と、低くうなった。
ガシガシと頭を掻きながら岳人が俺に訊く。

「酔っ払いは?」
「管理棟に引き渡して来た。こんな山奥じゃ通報してもすぐにパトカー来れないし、奴らの身分証だけ控えてもらってる。」
「は?それだけ?」
「被害届出すか、そちらで決めてほしいって」
「何だよ、そりゃ」

拳を握りしめ、玄関へと向かう岳人を忍足が引きとめる。

「どこ行くねん」
「怪我させられてんだぜ?アイツら…一発殴んないと気がすまねぇ」
「落ちつきぃな岳人。」

興奮状態の岳人を、忍足がなだめる。
岳人の気持ちも分からないでもないが…

「殴ったって仕方ないよね。」

ぽつり、ジローがそう言って、岳人は黙り込み、拳を固く握って忍足の手を振りほどいた。
男二人は泥酔し、事情を聴ける状態でなかったし、今…奴らを殴っても仕方がない。
酔いが醒めた後、きちんと処分を受けて、自分たちがしたことの重大さに気付くといい。
寝室から救急箱を持った長太郎が出てきた。
俺の顔を見て、背の高い後輩はホッとした表情。

「宍戸さん」
「安積は?」
「だいぶ落ち着いたみたいです。」
「そうか。」

ドアの隙間からベッドに座る安積が見えた。
さっきは暗闇だったし、助けるのに必死だったから安積がどんなことになっているのかよく分かってなかったけど…
部屋の照明の下で見る安積は、泣き腫らした目と足首の包帯が痛々しい。
岳人が安積のこの状態を見て、怒るのも無理はない。
アイツら…もっとブン殴っておけばよかった。
俺の横をすり抜けて、忍足は寝室へと入って行く。

「沙穂、寒くないか?」

側にあった毛布を安積の足にかけてやる忍足。
「何か温かい飲み物いれようか?」と声をかける長太郎。
ジローはそっと安積に近づき、手を握った。
俺は…どうしていいのかわからず、部屋に入ることができなかった。

部活の後輩が…いや、女子の後輩が、こんなに傷ついているのを見るのが初めてで…どうやって声をかけていいのかが分からない。

岳人や日吉も俺と一緒なのか、ただドアの前で突っ立ていることしかできなかった。

「跡部」

忍足が何か耳打ちをし、跡部はうなずいた。
ここからでは跡部の表情は見えない。

「沙穂」

忍足はゆっくりと膝を落とし、安積を見上げ…そっと手を握った。

「今日は俺と跡部が側におるから。」
「え…」

安積は戸惑った表情で跡部と忍足を交互に見た。

「でも…明日も早いのに…」

掠れた声だった。
安積の手をさすって、軽く叩く忍足。

「ええから。朝一で跡部が病院に連れて行ってくれるから」
「え…」
「捻挫、ちゃんと手当せなアカンやろ。」
「でも…」

安積はちらりと跡部を見る。
俺の位置からは跡部の表情はわからない。

「…すみません。」

下を向いて小さく詫びる安積の声が、らしくなくって胸が痛かった。


*************

風が、窓ガラスを小さく揺らしている。

目を閉じると、さっきの光景が瞼に浮かんで…何度も寝返りを打った。

あの時…初めは、キャンプ場の酔っ払いがふざけて騒いでいるんだと思ったんだ。
あんまりうるさいから腹が立って、注意してやろうとコテージの玄関を開けた。
目に飛び込んできたのは男二人に襲われている後輩の姿だった。
驚いたのは勿論だけど、次の瞬間には”何してやがんだ”と怒りで体が動いていた。
とにかく男たちから安積を引き離さなければ、と必死だったけど…

(今頃になって心臓がバクバクしてきた…)

どうやっても寝付けず、天井を見つめる。

(のどが渇いた…)

長太郎や日吉を起こさないように部屋を出て、キッチンへ向かった。
やたらとうるさいこの心臓の音は、何だろう。
大学生相手だったけど、自分の足にもつれて転んだところをお縄になるような酔っ払いだったから、話にもならなかったし。
男たちがどうこう、という問題じゃないような気がする。

(激ダサだぜ)

電気をつけなくても月明かりでキッチンは明るい。
風はさらに強くなって窓ガラスがガタガタと音を立てている…雲の流れも速い。
冷蔵庫から水を取り出しコップに注いだ。

「宍戸さん」

振り向くと長太郎と日吉が立っている。

「悪ぃ、起こしたか?」
「いえ…」
「…眠れないのか?」
「…はい。」
「そうか…」

グラスを取り出し二人の分も水を入れてやる。

「ほら。」
「すみません…」
「ありがとうございます。」

無言のまま三人で水を飲んだ。

「風、ひどくなってきたな。」

窓の外で木々がザワザワと揺れ、雲が不気味な速さで流れている。

「予報では明日は雨らしいですよ。」
「雨か…」

窓の向こうのコテージに目をやる。
隣のコテージには今、誰もいない。安積は跡部の部屋で休んでいる。
俺は…泣きはらした目の後輩のことを思った。
あいつ、眠れただろうか…。

「すぐ隣にいたのに…」

長太郎が呟いた。

「だな…」
「はい…」

一番最初に俺たちに助けを求めようとしたはず。
…どれほど怖かったろう…。
安積を、女子部員を一人で泊まらせたのは間違いだったんじゃないだろうか…しかも、駐車場やキャンプ場から一番近いコテージに。
入り口近くではなく、山の上のコテージにしておけば、まだ…

「そういや、跡部は?」
「え?」
「なんか言ってたか?」

結局最後まで部屋に入れなかった俺は、あの騒ぎから跡部とだけ顔を合わせていない。
長太郎は首を横に振った。

「いいえ。」
「何も?」
「あ、でも…そう言えば」
「何だよ。」
「こうなったのは安積さんを一人で泊まらせた自分のせいだって…言ってました。」
「なんだそりゃ。アイツだけの責任じゃねぇだろ。」

安積があそに一人で泊まってるのを良しとして、俺たちも見過ごしてたんだから。

「なんか、”らしく”ねぇな。」

俺がこうつぶやくと、長太郎は”うぅん…”と小さくうなった。

「跡部さん今回、安積さんを連れて行くこと渋っていたでしょ。」
「あ?ああ…」

山篭りに女は必要ねえ、とか言ってたのを覚えている。
その後安積が必死で頼み込んで渋々承諾したらしい。

「気にしてるんですよ。」
「あいつが?気にする?何を?」

俺の視線を受けて、長太郎は視線を泳がせた。

「こういう遮断された場所で男ばっかりだから…」

その…と口ごもる長太郎。

「ばっ!!そんなのあるわけ…!」
「ないですけども!…外から見るのとは違うでしょ。」

違うって…

「俺たちが仲間って言い張っても、部外者にはわからないじゃないですか。」

長太郎は困ったように頭を掻いた。

「誤解する人がいるかも知れない、生徒にも教師の中にも」
「そう…なのか?」
「そういうこともあるかもしれないって…」
「そうか…」

考えもしなかった。

「跡部さんは…まあ、何と言うか…”ああいう人”だから、自分が何言われても、どう思われても気にしない人ですけど…」

長太郎は隣のコテージを見つめる。

「安積さんには…女の子の部員には、変な噂が立たないように気を遣ってるんじゃないですか。」
「えっ…気を遣う?」

跡部が?安積に?
驚きのあまり俺は日吉と目を見合わす。
日吉も俺と同じことを思ったようで”あれで?気を遣っているのか?信じられない。”という表情をしていた。
跡部が”紳士の国”仕込みの気障ったらしい立ち振る舞いを女生徒にする場面に何度か出くわしたことがある。
俺はその度に、こそばゆい気持ちになるのだが…跡部が安積にそういう振る舞いをしているのを見たことがない。
女子として特別扱いはせず、他の二年生と同じように、テニス部員として厳しく接していると思っていた。
安積の態度も悪いのだけれど、女生徒から敵視される後輩を庇いもしないなんて少々冷たすぎるのでは…と、感じたこともある。

「何だかんだ言って、可愛がってますし。」

あれで…?

「さっきだって…跡部さん、」

流れる雲が月を隠して、長太郎の顔に影をさす。

「相当ショック受けてましたよ。」

俺は、見えなかった跡部の表情を想像するが…
いつでも自信満々で200人の部員の先頭を走るあの男の、そんな顔を想像することができなかった。

「もしかしたら…」

さっきからずっと何か考え込んでいた日吉が口を開いた。

「…安積のヤツ、このまま辞めるんじゃないでしょうか」
「辞めるって…」
「…マネージャーを」
「まさか」

あの安積が…?

「考えすぎだと…いいんですけど」

グラスの水を飲みほして日吉は言った。

(そんなこと…あるわけ…)

猫かぶりや嘘泣きは平気でするし、不器用だけど、マネージャーとしての仕事は必死でこなす何百人敵に回したってビクともしない骨のある強い女。

それが安積の印象だった。

だけど…

泣きはらした目でベッドに座る安積は、いつもより小さく見えた。
男の力で簡単に傷ついてしまう弱さが正直に言うと少し…怖かった。
だから何も言えず、何もできず、あの部屋から立ち去ってしまった。

(ホント…激ダサだな)

窓を開けると、生ぬるい風が吹いていた。

(安積が辞めたいって言ったら…)

もし、そんなことになったら…
優しい言葉なんてかけられないかもしれない、でも

「そんなこと、させねぇよ。」

安積が辞めることなんてないんだ。
ちょっと変わってるヤツだけど、一生懸命でいいヤツなんだ。あいつ。

「元気を取り戻せるように…力になってやる。」

もう、部屋の外でオロオロしたりしない。
傷ついた後輩のためにできることをする。
一人で寝泊まりしている女子を、困ってるヤツを、不安な気持ちでいる安積を…もう、見て見ぬフリはしない。

「はい」

長太郎と日吉もうなづく。

「あ」

月を雲が隠した空からポツポツと雨が降ってきた。

土を、草を濡らす匂いがした。

午前3時。

安積…は少しでも眠ることができただろうか?

温かいベッドの中で、少しでも気持ちが和らいだだろうか。



***



翌朝、雨は本降りになっていた。

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