小さくなりました
※箱云々の話が終わった未来の話になります。
※若干ネタバレ。
※よくあるネタ。


□□□



「………ぇ」


ウェラー卿コンラートは、朝起きてソレを眼にした途端、目を剥いた。

彼の婚約者ヒジカタサクラが王都にいる間は、毎夜のように同衾しているのだが。昨夜も確かにサクラと一緒にベッドに入った。なのに…いたのはサクラではなくて。

コンラートは、急激に頭が冷えて、ぐるぐると記憶を遡った。


「え、……だれ」


これが隣に寝ているのが、妙齢な女性なら話はわかる。……わかりたくないが。

そう、間違いを犯したとかなら、判るのだ――…だが、隣で寝ているのは、小さな女の子で。人間なら五歳くらい…いやそれ以下かも。サクラの弟、結城が五歳だから…それよりも身体が小さかった。

幸せそうにすやすや眠る女の子を凝視した。


「――コンラートいるー?」


隣りの部屋を挟んだ奥にある扉からノック音を辛うじて耳が拾った。陛下の声だ。

サクラの部屋の前に、彼女の部下がいる筈だ。二十四時間体制で俺を見張っ…サクラを護衛しているだろうから。

時間になっても来ない俺を心配して、サクラの部屋まで来たんだろう。



「陛下」


隣接している部屋を横切って、二回扉を開けた先にいた陛下は今日も変わらず元気そうで。

思いのほか戸惑ってる俺は、冷静な判断ができそうになかった。

走り込みに行けそうなラフな格好の陛下から視線を逸らして、やっぱり外に控えていた二人――ブレット卿オリーヴと、ランズベリー・ロッテを見遣る。

縋るような眼差しをしてる事に気付かない俺を、護衛二人と陛下の表情は怪訝な顔になった。


「ちょっと来てくれないか」

「ハァ?サクラ様はまだ寝てるでしょ」

「…そもそも主である姫ボスの部屋に許可なく、しかも寝室には入れませんってぇ〜」

「コンラッド?どーしたんだ??」


三者三様の反応に構ってる余裕もない。いいから入れと二人と陛下を連れて、寝室に続く扉を開けろと言った。

終始怪訝な顔をしていたオリーヴが、開けて中へ入って。ロッテと陛下は入口に待機。

程無くしてオリーヴが戻って来て――…、


「……ぇ、え?誰よ」


と、俺と同じく取り乱したのだった。いや、俺が知りたい。


「?サクラが寝てるんじゃねーの?」

「閣下?」


様子の可笑しい副官にロッテの片眉が上がった。

突き刺さる視線をスルーして、オリーヴはロッテに、「あんたも見て来な」と、命令して。


「……ウェラー卿が女を引き摺りこんだ、とかじゃないんすね?」

「断じて違う」


放心していたようだったのに、ウェラー卿の返答は早かった。

口から魂が出そうな閣下二人を訝しながらも、少し躊躇ったのち扉を開けて中へ入る。ロッテに続いて、激しく気になっていたユーリも入室した。

オリーヴと同じく程無くして、戸惑った様子のロッテとユーリが出て来て。


「…………か、隠し子?」

「…………としか…考えられませんよね」


茫然とした様子でそう尋ねたユーリに、頬を引き攣らせたロッテが言葉を重ねた。


「髪の色…黒だったし、」

「寝顔…サクラに似ていたし、」

「アンタが混血でもサクラ様の御力を考えると、成長速度の遅い子供が生まれてもおかしい話ではないだろうし………どうなの?」


確かにそうだ。人間で五歳くらいならば、魔族であれば二五歳前後だ。俺が混血なのを考えて、二十歳以下なら――…つじつまは合うんだ。

上から、ロッテ、陛下、オリーヴにジト目で言われて。

俺は、力なく、「わからない」とだけ答えた。



 □■□■□■□



フォンヴォルテール卿グウェンダルと、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、フォンクライスト卿ギュンターを叩き起こして、眞王廟に知らせを送り猊下こと村田健も呼んで。

彼等四人と、コンラート、ユーリ、ロッテ、オリーヴの四人――総勢八名で、すやすや眠る女の子を取り囲んでいた。


「黒だな」

「黒ですね」

「黒、だね」

「ああ…お美しい」


沈黙を破ったのは、コンラートの兄であるグウェンで。それに頷いたのは末弟のヴォルフラム。

猊下も、こくりと頷き、ギュンターは言わずもがな通常運転だ。神妙に言い合う彼等の間に見えた鼻血を、誰もがスルーした。

って言うか…黒って、やましいことがあるかもしれないコンラートには、責める言葉にしか聞こえなかった。不思議。


「コンラート、いつの間に子供を拵えていたんだ」

「いや…そんなはずは、」

「コンラート!お前しかいないだろう!サクラはなんだかんだ言ってコンラートにぞっこんなんだ、他の男の子供をつくるわけないだろうっ!」


グウェンとヴォルフに詰め寄られても、俺には心当たりはあれど、俺だって初めて知ったんだ。ホントに俺の子供?確認したいのにサクラがいなくて、未だ判らず。

いや、サクラとの間に子供が出来るのは嬉しい。ずっとサクラと結婚したいと思っていたし、家族になりたいと思っていたから。

順序としては逆になってしまったけど、サクラが望んでくれれば直ぐにでも挙式を上げる心づもりだ。それこそ二十年前からずっと思い描いていた未来像だ。なのにサクラはいないし…どこいったサクラ。

まさか中々結婚しない俺に業を煮やし子供を残して――…いや、仮にこの子が俺の子だったとしたら、サクラが子供を残して消えるはずはない。絶対。


「心当たりはあるが……子供がいるなんて俺も知らされてないんだ」


自分の事のように激怒するヴォルフラムと、心なしか冷たい眼差しのグウェンダルに、ゆっくりと言えば、二人は本当に知らないのかと疑問符を飛ばした。


「ここでウェラー卿が心当たりがないって言ったら、人でなし!って詰れるんだけど、」

「村田…なに笑ってるんだよ」

「皆、冷静になってみなよ。仮に、土方さんがウェラー卿との子供を産んだとして、彼女はいつ子育てをしていたと言うんだい?」


――あ、そっか。

サクラは最近になって、過去へ飛んで俺と知り合って。いろいろあってこちらの時代へと戻って来た。

過去で子供が出来たとしても…生む時間もなければ、こちらの時代で生まれたとしたら歳が合わない上に、地球で子育てはありえない。猊下の指摘に、やっと頭の中が冷静になって来た。

グウェンダルもヴォルフラムも、猊下の言葉に考えを改めたみたいで。俺を責めるような眼差しを引っ込めていた。


「なら、この子供はサクラ様の子供じゃないって言うの?でも漆黒じゃない、髪」


敬語、敬語を使って下さいと注意しているロッテを振り切って、威圧的に言い放ったオリーヴは、形の良い眉を中心に寄せた。

サクラ至上主義なオリーヴの態度に猊下は余裕のある笑みを見せた。俺は、時々この含みのある笑みに薄ら寒いものを感じる。あまり好きになれないのが本音だ。


「ユーリ。叔父になってしまったとしたら……喜ぶべきか?」

「ヴォルフ、今そんな事は考えるなよ。ってーか、コンラッドの子供じゃないかもって言ってるじゃん、おーい戻ってこーい」


ヴォルフラムとユーリが騒ぎ出したからか――…、


『…ん、』


渦中の女の子が寝返りを打って、途端に誰もが口を閉じた。

八名の視線を一心に浴びた彼女は、パチリッと瞼を開いて、起き上がった。閉じていた瞼の下は、やはりというか黒で。

サクラと同じ澄んだ色を真正面から見てしまったコンラート達はぴくりと固まって、起き上がった幼子もまた室内に視線を巡らせ、ぴくりと硬直していた。

しーんッと静寂が包み込み、魔族組は起きた女の子が泣き出すかもしれないと――様子を見守る。


『――うぬ?』


じっと見つめられているのにも関わらず、きょとーんと瞬きさせたその子は、何故か俺達を無視して窓に近寄り何かを確認している。

その際洩れたその子の声がサクラにそっくりな気がしたのは、俺の気のせいだろうか?

どうするか目配せする俺達を尻目に、陛下がその子に近付き、しゃがみ込み目線を合わせた。猊下も、陛下の隣りで思案気にその女の子を見下ろしている。


「きみ、なんて名前なのかな?」

『………』

「おれはね、渋谷有利って言うんだけど。こっちのお兄ちゃんは、村田健って名前なんだ。――きみの名前を教えてくれないかな?」


優しく問いかけるユーリと村田、それから名も知らない女の子の黒を宿す三人の光景に――…ギュンターがまたも興奮し始めているのを、グウェンダルは冷気が漂う眼差しで一瞥した。

ユーリに訊かれているのに、女の子は表情を変えず、聞こえているはずなのに答える様子はない。

流石にこれには、ユーリ大好きっこなヴォルフラムが長兄のように眉間に皺を作った。大方、無礼だとか考えているに違いない。


「おいお前!ユーリが訊いてるんだから何とか言ったらどうなんだ!」

「ヴォルフ…お前ね、ちょっと大人げない――…、」

『うぬ?』


大きな声にやっと反応した女の子は、ユーリとヴォルフラムをその黒曜石のような瞳に映し、不思議そうに小首を傾げた。

そして、周りに視線を走らせて――…視線が合う事に酷く驚いて。


『もしや…きさま達、わたしのことが視えるのか?』


視えないのが普通だと言わんばかりのその女の子の発言に、ユーリは薄ら寒いものを感じて口元を引き攣らせた。

注意深く見つめていた村田が、意味深になるほどね…と呟いたので、ユーリはなにがだよと心の中で突っ込んだ。村田の、「視えてたら何がいけないんだい?」と静かに問いかける声がやけに大きく室内に響く。


『だってきさま達…にんげんであろう?しにがみでもないのに、わたしが視えるなんてへんだぞ!』


“死神”のフレーズに、俺達ははッと顔色を変えた。

サクラが死神だというのは――…眞魔国では一部の人しか知らない。あの箱の存在が出て来るまでは、俺しか知らなかったその秘密は、俺の兄や弟、彼女の山吹隊の者達に広がったのはつい最近のことだ。


「もしかして…」

『きさま達なにものだ!――あ、わたしのなまえは、土方サクラと申す者だぞ!』


女の子が放った言葉に、俺を始めとした魔族達は、目を見開かせた。

死神と訊いて、サクラと俺の子供ではないがサクラとは関係があるのだろうと、短時間で冷静に答えを弾き出した面々に、またも衝撃を与えた。


「って、えぇぇぇ!?姫ボスッ!?」

「サクラ様って……サクラ様ッ!?」

『――うぬ?』


知らない魔族に囲まれて、警戒を露わにした女の子――もといサクラは、きょとんと丸い瞳を瞬かせて。あどけない仕草が庇護欲を掻き立てさせる。可愛い。かわいすぎるッ!

警戒してるくせに、陛下に名乗って貰ったからって自ら名乗るなんて、今も少し天然が入っておバカさんだけど、子供の頃のサクラはこの年頃にしては頭良さそうなのにやっぱりおバカさんだ。

だらしなく頬を緩めてたら、ロッテと共に驚いていたオリーヴから鋭い視線を頂いたので、頬の筋肉に力を入れる。

この殺人的な可愛さを前にお前は何も感じないのかと問いたかったが、無垢な黒の瞳が俺に向けられたのに気付き、言葉を呑み込んだ。――ああ可愛いっ!

俺よりももっと酷い状態のギュンターが床に転がっていたが、誰も気にしてなかった。


「俺は、ウェラー・コンラート。コンラートが名前です」

『こん…こんら、』

「言い難かったらコンラッドでも構いませんよ」


舌足らずなサクラが可愛くて。

軍人が故にあり得ない現実に直面しても直ぐに冷静な頭を取り戻したグウェンダルとオリーヴとロッテ、それから猊下の御姿は視界にすら入って来なくて。

この女の子がサクラだって事は発言や仕草から真実なのだろうと窺えるが――…何故、彼女が小さくなったのか、そして何故、記憶までも退化しているのか、俺はまったく疑問に思わなかった。





小さくなりました

(おぉ!コンは、きれいなおめめをしておるな!)
(ふっ、ありがとうございます。前も同じ事を言われました)
(?だれにだー?)


続く?

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