幸せの形
※箱云々の話が終わった未来の話になります。
※若干ネタバレ?


□□□




眞魔国は軍事国家で、十貴族が地方に散らばってそれぞれの土地を統括している。それを更にまとめているのが、その時代の魔王だ。

王が直にまとめている王の土地もあるわけで。その中でも一番近い城下町は、いつもキラキラと輝いている。

あちらこちらから、十貴族達からも書類が届き、城下町からも書類が届く――二十七代目魔王渋谷有利ことユーリは、いつも目を回していた。

ユーリは些細な事も自分の眼に通さなければ気が済まない性格をしているため特に。

大雨で流された橋の再建に人手が欲しい、とか。

大罪を犯した罪人を引き取って欲しい、とか――…様々な手紙や書類が届く。


「ウェラー卿、こんなところにいたんですかー」


因みに、漆黒の姫であるヒジカタサクラにも、ユーリ程ではないが、様々な書類が届いている。

彼女の手によって引導を渡された村…例えばバタールだったり、パプリカだったり。小さな村を、サクラが纏めている為、サクラの代理人に山吹隊の者達が派遣され、彼等からの報告書も届くのだ。


「……ヨザか」


魔王の護衛隊を率いているウェラー卿コンラートは、ユーリの勅命を受け、バタールに来ていた。

戦争中に奇襲を受けたこの村は、今では活気に溢れて、大火事になっていたのが嘘のよう。

そんな変わったバタールに、山吹隊の者ではなくコンラートが選ばれたのは、グウェンダルの涙ぐましい努力の結果だったりする。

事の発端は、組織的に盗みを働く者を数名捕まえたのが始まりだ。

被害届が多い為、王城へ身柄を拘束されて、彼等のボス的存在と他にも数人がこのバタールに逃げて来た事が発覚し、その場所はサクラの土地だからとバジルが潜入し犯人を炙り出して、さあ捕まえたぞっ!

ってなった時に、バタールを交代制で警備していたカールが二人では、護送できないとか言い出して。

ならば己が――…と嬉々として名乗り出たサクラを見て、おれもおれもと言い出したユーリの二人の姿に、頭痛が酷くなったグウェンダルが、死んだ目で、たまたまそこにいた頼りになる次男に行って来いと言ったのだ。

その後、サクラとユーリが、なんでもかんでも首を突っ込むなと、グウェンダルから小言を貰っていたのは最早恒例となった光景だ。


「ウェラー卿は、羽目を外さないんですか?」


ふくれっ面でサクラとユーリが選んだ兵士と共に、コンラートは連携が取りやすいだろうと長兄に言われグリエ・ヨザックを引き連れ、今に至る。

夜もふけって、大人な時間に突入した時刻――…奥まった場所にある酒屋で、ヨザックは間延びした声でコンラートの名を呼んだ。

ヨザックの後ろから、今回の件に携わっている兵士が三人、顔を覗かせている。彼等の顔が真っ赤なところから、アルコールによって既に出来上がっているのが見て取れた。


「バカっお前…ウェラー卿には、それはそれは可愛らしい御方がいるだろうがッ」

「えーそれはそうですけどー。俺達、男だし、溜まるもんは溜まるじゃん?」

「おまッ、」


あけすけな物言いをした兵士の一人を、真面目そうな男が目をぎょっとさせて諌めているのを見て、コンラートは思わず苦笑した。


「いい、気にするな。無礼講だ」


牢に入れてる罪人は見張りに任せて、取りこぼしが無いか調べなければならないから、部隊はバタールに留まっていて。急を要する任務でもない為、夜は各々に任せている。

羽を伸ばし過ぎなければ、お酒を嗜もうが女を買おうが、とやかく言うつもりはない。滞在期間は長い上に、士気が下がっても困るから。


「(とは言え…)」

「で、どーなんですかー?みーんな女連れて宿に行っちゃいましたよう」

「お前…もう酒飲むなっ」


コンラートを挟んで、左に酔っぱらってる男を筆頭に三人席につき、右にヨザックが笑いながら座ってカウンター越しにいた店員に注文して。

上司に向かって無礼な言葉を吐き続ける同僚に、残りの兵士二名は冷や冷やしていた。言われている上司が笑っているのだけが救いだ。怒られでもしたら、文字通り首が飛ぶ。


「なんでだよぅ俺は酒飲みてーの!」


――酒に呑まれるヤツは、兵士としては使えないな。

と、コンラートは微笑みの下で、そう思考していた。時に、欲求を我慢する甲斐性も兵士には求められる。

飴と鞭の要領で禁欲期間を設ける事もあるが――…それはこういった簡単な任務中ではなく、死闘があるかもしれない遠征の時で。それに、コンラートの部下でなければする意味もない。言葉は悪いが、自分が自ら教育する理由も利益もないから。

今回の調査と護送に、適当に選ばれた集団だから、俺には厳しく教育するつもりはないため思うだけに留めた。彼の直属の上司には報告するが…はてコイツの上司は誰だっけ。グウェンダルか?


「ルッテンブルクの獅子だぜ?この村の女はみーんなウェラー卿に釘づけじゃん?アイツ等お高く留まっちゃってさあー。ならウェラー卿はどんな女を買うか気にならねぇ?なるだろ?」

「…お前…俺はもう知らねぇぞ」

「俺も…明日頭が冷えて泣いても知らねえからな」


酒の場というのは人となりが顕著に現れる。

チラチラとこちらの顔色を窺って、暴走気味の男を止めようとしている二人はともかく、この男には重要な仕事は与えない。そういった判断も出来るのは酒の席だけかもしれない。短期間で見極められる。


「俺、知ってるんですよー。漆黒の姫様がお亡くなりになられた直後、女遊びしてたのー結構有名じゃないですかあ」

「――おい、」

「ヨザ、いい」

「男として憧れなんれすよーどんな女でも落とせるウェラー卿があ、」


サクラが統治している村で、彼女の名誉も傷つけるかもしれない発言に――…流石のヨザックも露骨に顔を顰めたが。

無礼を許したコンラートが、にっこりとほほ笑んだのを見逃さなかったヨザックは、ぶるりと震えた。


――目、目が…笑ってねぇ。

戦時中に荒々しかった友は今やずっと笑みを浮かべる爽やかな男として人々の人気を集めているが…彼の長い付き合いである者や近しい者達ならばすぐに気付ける、作り笑いでしかも星空のように綺麗だとサクラに言われているその瞳には冷気が宿っていたのである。

触らぬ神に祟りなし、ってやつだ。……サクラに教えて貰ったことわざ…この場合は眞王陛下か?

ヨザックは、一見優しい雰囲気を醸し出しているコンラートから、そっと視線を逸らした。


「女遊びしてたんすから、いくら漆黒の姫が戻られたからってー満足できねぇんじゃ――…、」



ガタンッ



木製のジョッキを大きな音を出して、言葉を遮った。

戦後に兵士になった奴は、本当に空気が読めないな。戦争のせの字も知らないお子様が。とは思うも、確かにこの男が吐いた言葉は事実だ。

サクラの死を受け入れられなくて、サクラがいないと生きていく意味を失って。

手の平を返したように無様に生き残った自分を笑顔で迎えた者達に、複雑な思いを抱いた。混血の者達が笑っていられるように頑張ったのだが、生き残ってるのは僅か数名で。諸手を上げて喜べなかった。

それまでの態度が嘘の様に改まったのは貴族だけじゃなく――…女達もだった。

サクラを忘れたくて、サクラを忘れたくないと思っている相反する自分に苦しめられ、国を救ったと称えられている“ルッテンブルクの獅子”目当てに近付く女を手当たり次第に、手をつけた。そうしないとやってられなかったのも事実だ。

今となっては、過去の自分を殴りたいくらい反省をしている。サクラに申し訳ない。


「俺は、心底サクラに惚れてるからね。裏切るわけないだろう、」


――もう裏切れない、と言った方が正しいかもしれないが。

言い訳させてもらうなら……あの時、俺はサクラが死んだと思っていたから。サクラの死に、荒れるに荒れたんだ。若かったという言葉で片付けたい。

逆に言えば、それほどまでにサクラが好きだったんだ。もう二度と失いたくない。


「え?でもおー」

「そ、そう言えばウェラー卿、それなんですか?」

「あ!俺も気になってました!不思議な布ですね」


尚も余計な事を言い募ろうとした同僚の頭を後ろから殴りつけ、話の話題になっている彼の首回りに目線を落とした。

コンラートの首には、見た事が無い生地の…恐らく高級なもので。青く綺麗なものが巻かれている。ずっとしているから気になってはいた。触れていいものかどうかと口にしなかったのだが…話を逸らすのに、致し方なく触れた。

「これか?」と、ソレに目を落として、ふわりと笑みを浮かべた表情を見て、残る二人の兵士は心の中でそっと溜息を吐いたのだった。


「これは、」


幸せそうに…とろけるように笑うウェラー卿を、酔っていたはずの男も、傍観していたヨザックも残り二人も凝視した。


「これはサクラに貰ったんだ」

「サクラ様に?」


そう復唱する兵士に、頷く。

コンラートの長兄にこっぴどく説教されて不貞腐れていたサクラが、外は寒いだろうからと彼女が愛用していたマフラーを貸してくれたんだ。

馬に跨る自分に背を伸ばして、渡してくれたサクラは可愛かった。

その際、手袋も…と言ってくれたけど、それは遠慮した。剣が持てなくなるからと言えば、そっかと笑って見送ってくれて。心配そうに眉を下げたサクラもやっぱり可愛かった。



『なにもコンラッドが行かなくとも…』

「王の命令ですから」

『長い間…帰って来れぬのだろう?』

「もしかして寂しがってくれてます?」

『わ、悪いか!こっちにいるのに…会えぬのは寂しく思うぞ!』



なんて顔を真っ赤にさせて叫んだサクラに我慢できなくてキスしてしまったのは仕方ないことだと思う。今思い出しても、口元がだらしなく緩む。


「お前達…いやお前もその内判るさ」


サクラとは全く違う赤ら顔の兵士を立ち上がって見下ろす。

火遊びに憧れを抱いているのは男として判るが――…本気で好きになったら、悲しむ姿を見たくないと思うようになる。ずっと笑顔でいて欲しいと思うようになる。

今はどうしようもないこの兵士も本気で誰かを好きになれば良い意味で変わるだろう。


「持っていた全てを失っても守りたいと思える人が出来たら、お前もそんなふざけた事言えなくなる」


サクラを中心に世界が回って、サクラがいなければ世界から色が消える。

サクラの顔を曇らせるものを俺が晴らさせたい、俺が彼女を幸せにしたい――…何者にも代えられない存在なんだ、サクラは。

俺は、眞魔国にいて欲しいと願っていたサクラを裏切ってしまったから。だからもう裏切らない、裏切れない。

サクラが笑って過ごせるように眞魔国を守ろうと、彼女の意に反した行動を取って、サクラも陛下も傷つけてしまった。

結果的に、サクラの悲しむ顔を嫌というほど見てしまった。そんな愚かな事はもうしたくない。俺の横で、笑っていて欲しいから、もう自己犠牲はしないと約束する。





『行ってらっしゃい』


と、笑顔で見送られる幸せを。


『!コンラッド!おかえり!』


と、俺の帰りを笑顔で待ってくれている幸せを。そして「ただいま」と返せる幸せを――…過去の俺は知らなかった。

恋焦がれる想いは、今は愛に変わった。

本当に嬉しそうに駆け寄って来るサクラが愛おしくて。俺の顔も幸せが滲み出た笑顔に染まるんだ。



幸せの形

(怪我はしておらぬな)
(サクラは大人しくしてましたか?)
(なんだそれはどういう意味だ!)

END

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