ヨザックの観察日記
※箱云々が終わった未来の話になります。
※とりあえず、第五章までお読みになってない方は、本編を先にお読みください。
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陛下と姫が育ったチキュウという所は、平和な場所なのだろう。
そこで育った魔族や人間は、みんなあんな風にお人好しで危機管理能力がない性格になるのだろうか?んな馬鹿な。
「(いや…それはそれでいいんですがねー)」
そんな彼等だからこそ、忠誠を誓ったのだから。
王でありながら重い荷物を持ってるメイドを助けたり、姫でありながら一介の下っ端兵士に挨拶をしたり、常識から反したことばかりなされる。
――現に今も。
二階の窓辺から、左下を見てグリエ・ヨザックは溜息を一つ零し、右下を見てまた溜息を吐いた。
ヨザックから見て左下の――地上で、この国の王、シブヤユーリがメイド…あれは洗濯婦、の手伝いをしていて。
右下の――地上では、この国の姫、ヒジカタサクラが怪我をしたらしい兵士を御自身の魔力を使って治療していた。
「(あぁ…魔力なんか使っちゃって。隊長にバレても知りませんからね〜)」
って言ってる側から…。
魔王に向かって歩いている姫の婚約者――ウェラー卿コンラートの姿が遠目からでも見えた。魔王ユーリが護衛に気付き近寄って行く。
駆け寄る魔王に笑顔を見せて、不意にコンラートの眼が、魔王の後方にいた姫と兵士の二人に向けられ、ヨザックの肝が冷えた。
真正面にいた魔王が気付かない自然な動作だった。
一秒にも満たなかった眼球の動きで、確実にコンラートは、姫に治療されている一般兵士の男の顔を覚えたに違いない。
「(御愁傷様)」
遠くからの視線にも敏感な嘗ての上司に気付かれないように、そっと窓から離れた。
後日、恐れ多くも姫に治療して貰った一般兵士は、部隊が違うのにコンラートに剣の指南を受けていて。ぼろぼろになるまで扱かれていた。その光景が一週間ほど続いていたなんて知ってるのはヨザックだけ。
終戦してから鳴りを潜めていた獅子を起こしてしまったなと、ヨザックは他人事のように一人ごちた。
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「あ、ヨザック見っけー」
「陛下〜、お久しぶりです」
フォンヴォルテール卿グウェンダルに、任務の報告をしに向かっている途中で、魔王陛下に御会いした。
彼の周りに誰もおらず、思わず御一人ですかと尋ねてしまい、うんと肯定された。
――いやいや、前も思ったけど…御自身の身分を自覚なさって下さいよ!
護衛を一人もつけずに、無防備に回廊を歩いているなんて、如何なものか!まったく隊長は何をしているんすかね!と、とても怖くて本人には言えない文句を心の中で呟いた。
「隊長と一緒じゃないんすかー?珍しいっすね」
「コンラッドはなんか用事を思い出したんだって。近くにヨザックがいるから安心だって言ってたよ」
「あー…それでさっき見つけたって」
「うん。これからグウェンのとこ?」
隠す理由もないので、肯定した。おれも一緒に行くーと言われたので、彼と一緒に向かうこととなった。
「もしかしたらサクラのところに行ったのかもしれない」
「あーかもしれませんねぇ。隊長、姫さんにベタ惚れですから」
――それこそ“昔”から。
あの時代は、お互いにいつ死んでもおかしくなかったから。特に俺や隊長みたいな混血の者達は。
サクラと隊長がお互いに想い合っているんだなーと、苦労してたコンラートの過去を知る一人としては幸せになって欲しいと望んでいた。結果的に無理だったけど。
沢山の絶望を植え付けられ、やっと掴んだ幸せ。
紆余曲折を経てやっと幸せになったって知ってるから――…幸せそうな二人を見るのも案外好き。
昔は考えられなかった幸せだ。こうやって魔王陛下と他愛もない話をして一緒に歩くなんて、昔の自分が見たら、目を疑う光景だと思う。平和になったなとこんな時にふと思うんだ。
「どうだろう、サクラもコンラッドにベタ惚れだよ」
「えっ。割合で言うなら隊長の愛の方が重そうに見えますけど」
「あのねーおれ達日本人は、人前でいちゃいちゃなんてしねーの!サクラもきっとコンラッドと二人っきりだったら、甘えてるよ」
「そうですかね〜」
「そうだよ。じゃないとコンラッドがあんなに幸せそうに笑わないって」
そう断言する魔王ユーリに隠れてヨザックは口角を上げた。
人を見る目がある彼がそう言ってるんだ。そうなのかもしれない。
「おれとしては、名付け親と友達のいちゃいちゃする姿は見てられないけどなーなんか居た堪れない。――ってヨザック?どうした?」
「シっ、噂をすればなんとやらですよ。――ほら陛下、」
「!サクラだ。っと……誰?」
ユーリとヨザックの視界の先には、サクラと知らない兵士の男性が向き合って立っていた。
口をもごもごさせてる男性に、ユーリは疑問符を飛ばす。隣りでヨザックが「あっちゃー」と呟いていて。更にユーリは疑問符を飛ばした。
『どうしたのだ?』
物陰から盗み見る二人の耳に、サクラの声が届く。不思議そうな声音だった。
彼女に声をかけられた兵士は、顔をみるみると赤く染め、緊張からか震えていて。続けてサクラが、『風邪か?大丈夫か?』と心配している。
ヨザックの横で、「サクラって…時々天然だよね…」と、憐みの眼で兵士の男を見ていたけど。ヨザックに言わせてみれば、ユーリもサクラもどちらも天然。
「あのっそのっ」
『ど、どーしたのだ?体調が悪いのなら、』
「いえっ私は、何処も悪くありませんッ。――サクラ様ッ!」
大声で名前を叫ばれ、サクラが背筋を伸ばした。つられてユーリも背筋を伸ばす。
「お、恐れ多くも…サクラ様に、こ、ここここれをっ!」
『私に?』
「はい!以前、サクラ様がこの花が美しいと仰っていたので」
『――ありがとう』
差し出された白い花を受け取って、サクラはふわりと笑ってみせた。
ヨザックは、再び「あっちゃー」と呟き、思わず空を仰いだ。ユーリが不思議そうに自分を見つめるので、「あの花は、“私は一生あなたを愛してます”という花言葉なんですよ」と教えてあげた。
それを訊いたユーリも、顔を顰めた。
意味を知らなくても、最上級の笑みで受け取ったのだ。彼女に婚約者がいるから勘違いはしないだろうが――…兵士はきっと本当に一生をかけてサクラを想い続けるのだろう。
同じ立場のコンラートからしたら面白くないだろうと、考えたところで、ヨザックがいる背後から物音がして。ヨザックとユーリは、びくッと肩を揺らした。
おそるおそる二人揃って振り返ったら――…そこにいたのは、やはりウェラー卿コンラートで。
お庭番なのに気配に気付かなかったショックよりも、恐怖の方が強くて。ユーリと一緒に頬を引き攣らせた。その眼差し、ルッテンブルクの獅子そのものだった。
「サクラ」
眼光を鋭くさせた癖に一瞬で牙を仕舞って、にっこりとサクラと兵士に向かって歩いて行くコンラートの背中を、ヨザックとユーリはごくりと生唾を飲んで見送った。
コンラートは、彼が大事にしている王の姿にも目もくれず…否、一瞬視線を遣っていたような気もするが……とにかく、二人の横を通って歩いて行った。
横切る瞬間、ヨザックは自分が彼に斬られる映像が頭の中に流れたほど、恐怖したのだった。ぶるぶると身震いする。
「そんなところで何をしてるんだ」
「――!ぁ、」
『お。コンラッドではないかー!見てみてーお花を貰ったのだー』
「へぇ」
目が笑ってない名付け親と、震えあがってる男性を交互に見て、ユーリは野次馬根性で、「修羅場の予感」と、心臓をどきどきさせた。
「不敬罪に問われる覚悟の上か?」
「っ、は、はい!」
『……こんらっど?』
ようやく、笑顔を浮かべてるのに目が笑ってないのに気付いたサクラは、ユーリと同じくらい顔を青白くさせて。
サクラに名前を呼ばれ、コンラートは、笑みを浮かべた。ただし、目は笑ってないが。
「あ、今思い出した。サクラ、俺は貴方に用があったんでした。――部屋まで送りますよ」
『ぬ…然し私はこれから執務が……』
「サクラ。忘れ物しましたよね?オリーヴがいないから俺がサクラの部屋まで一緒について行きますよ、いいですか俺が部屋まで送ります」
有無を言わせぬ声音に、サクラは震え上がった。
ヨザックとユーリは知らぬ事だが、あの眼差しは、コンラートが嫉妬して怒った時にサクラに向けられるもので。コンラートの黒い笑みに、これから起きる己の行く末をサクラは予知した。
コンラートは、サクラをスマートにエスコートして、遠回しの告白をした一般兵士を放置してその場を後にしたのだった――…。哀れ、名も知らない男性よ。
サクラは花をくれたその男との話を中途半端に切り上げてしまった事を気にして、何度か振り返っていたが。その度に、コンラートに手を引かれて、頬を引き攣らせていた。
「………」
「………」
「コンラッド…すっげえ怒ってた」
「姫さんも隊長も……今日は、執務も護衛もお休みでしょうね」
「――ぇ、なん、で…、……いや、なんでもない。シリタクナイ」
あんな風になったコンラッドとよくまともに会話できるなーとユーリはサクラに感嘆の声を上げ、ヨザックと一緒に心の中で合唱した。
世間では誰にでも優しい爽やかな男で通ってる名付け親のイメージを壊さない為に。
二人ともサクラを生贄にした。
次に会うときには、コンラッドの機嫌が治ってますよーに。でないと、覗き見していたおれた達が冷たく当たられる――と、ヨザックとユーリの心の中が一致した。なんて、サクラは微塵も知らない事柄だった。
「ん?(なるほど)」
風の乗ってサクラが去った方向から、美香蘭の香りがした。
ヨザックの観察日記
(グリエ、なんだこれは)
(いろいろ言いたい事があるが)
(任務の報告書はどうした)
(あ。間違えましたー)
(ソレ、オレの日記でしたー)
END
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