※箱云々が終わった未来の話になります。
※とりあえず、第五章までお読みになってない方は、本編を先にお読みください。
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――手順がおかしいとは己でも自覚しておるが…。
婚約者になって、紆余曲折を経て恋人になった私とコンラッド。
彼からの想いに気付かぬふりをしておったが、最近認めて、私からも告白して――…晴れて恋人となってからというものコンラッドからのスキンシップがやたらと甘くなった。
「サクラ、行ってきます」
額、唇へと、口付けを落とされ、夢の中でまだ微睡んでいた私は、『ん、』とだけ、返して。
コンラッドの日課となっているロードワークを見送った。
…いや…、前もコンラッドからやたら甘い科白をもらったりしておったが、以前よりも…こう…なんと申せばいいのか……とにかく人目を憚らず、抱き着いて来たりするのだ。
「サクラ、」
『…う、ぬー…』
「サクラ朝ですよ。起きて」
『んーぬー』
「起きないとキスしちゃいますよ」
『起きる!』
コンラッドの声って心地よくて、好き。ってそうじゃなくて、言いたかったのは、心地よすぎて眠たくなる!
ずっと聞いていたいなーと、うとうとしておったら、頭上から妖しい空気が流れ込んで、パチリと瞼を開けた。すかさず、「残念」と、誠に残念そうな声が降り落ちたが、聞こえぬかったことにする。
『おはよー』
「お早うございます」
『今日は晴れだな』
「えぇ。外は晴天でしたよ」
『………』
「………」
寝起き眼でコンラッドを見上げれば、にっこりと微笑まれる。
『ずっとそこにいるつもりか?』
「不都合あります?」
『着替える故、隣の部屋で待っていて欲しいのだが…、』
そう言ったら、コンラッドは微笑んだまま「嫌ですねえ」と、返って来た。
ああ、嫌な予感がするぞ。こういった笑みを浮かべるコンラッドは絶対何か企んでおる時だ。先を聞きたくないのに耳を傾けるのは…聞かないと、ずっと居座りそうだからで。渋々、彼を促した。
トイレで着替えると言ったら、きっとこやつはトイレまでついて来るに違いない。数日前がそうだった。以前もこのような会話をした覚えがあるぞ!
「今更じゃあないですかー」
『っな、な』
口をぱくぱくさせるサクラに、笑みを深めた。
「もっと凄いコトした仲なのに。サクラってば余所余所しいですねえ」
『〜〜っ!こ、これとそれは別問題!』
「ん?これ?とそれ?すみませんサクラが何を言っているのか解りません。もっと詳しく説明してくれませんか」
『っこんらっどッ!』
「何です?」と、すっ呆けるコンラッドを、キッと睨み上げる。
『…お願いします、隣りの部屋に出てってくれませぬか』
「いいですよ」
思いのほか、簡単に頷いてくれたので、拍子抜けしたのも束の間――…、
「サクラからあっつーいキスをくれたら、大人しく隣りの部屋で待ってます」
と、ぬけぬけと言われて、言葉に詰まった。今度は私がじっと見つめられて。顔全体が熱くなった。
己自らするのはとても恥ずかしくて、滅多にせぬのだが。これは不可抗力なのだ、こうしなければコンラッドは退いてくれぬのだ、致し方ないのだ――と言い聞かせて。
『仕度してからな』
「えー」
『えーではない!顔洗ってすっきりして、着替えてからするから!ね?ね!』
「……わかりました。絶対ですよ」
『うぬ。うぬ!』
ね?と小首を傾げたサクラの仕草にときめいたコンラッドだった。
すんなりと頷いてくれた彼に、内心首を捻りながら、急いで仕度する。ついでに歯も磨いておいた。
――私とて気にするぞ!
好いてる相手だから、寝起きの姿をじっと見られるのはまだ恥ずかしいし、心の準備が必要なのだ。誰に言うでもなくひとりごちた。
「あ。準備できましたね。さ、ささ何処からでもどうぞ」
『………』
身長差を考慮して椅子に座ったままのコンラッドが憎い。優雅に脚を組んでるコンラッドが憎いぞ!なんだその脚の長さは!
私から口付けするのは、いつもこうやってコンラッドが強請った時だけのような――…。そう考えると、してあげないのも可哀相に思えて、コンラッドの肩に手を置いて、顔を近付けた。
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『コンラッド、仕事はどうしたのだ』
目の前のドーンと鎮座しているソファに、物言いたげに座られたら、はかどっていた仕事も進まなくなる。
ユーリの執務室や、ユーリと共にグウェンダルの執務室にお邪魔していたのなら、こやつがいるのは判る。だが、私の執務室にユーリがおらぬのにこやつだけいるのは甚だ可笑しい話だった。
ユーリが王都にいる間は、引っ付き虫のようにユーリの護衛をしておるのに、何故ここに。
気付いたらこやつがここにいたのだ。気配を殺して入って来たな。全く扉を開ける音すらも消すとはお庭番のヨザックとバジルも吃驚仰天だぞ。
「今は別の者が警務にあたっていますから、俺は休憩です」
そう言えばコンラッド率いる王の護衛隊は、集中力が切れぬように交代制だったな。
今は戦争などない平和な世であるから、我が山吹隊も、オリーヴが己の護衛に名乗り出た為、護衛隊になっていて。私がこうして書類を捌いている間は、外に誰かしら控えている……はず。
――気配が感じられぬから、この時間はバジルかロッテかな?
『私に用があるのか?』
「用なんてないですよ。用がなくても俺はいつでもサクラに会いたいと思ってるのに、サクラ酷い」
『…そうは申しておらぬだろう。何を拗ねておるのだ』
そうだ。こやつは拗ねておるのだ。
己で言っておきながら、的を得ていて、一人でうむうむ頷く。するとコンラッドに半眼で見られて、思わずたじろぐ。
私とてコンラッドに無性に会いたくなる衝動に駆られるぞ。私が行動に起こす前に、コンラッドが先に言葉なり態度に示してくれるから、あまり言わぬけども。
コンラッドはマメな男で、私が寂しい思いをする前に、ほら現にこうやって来てくれてるから。
「サクラは仕事と俺どちらが大切なんですか」
『いや…それどちらかというと女の科白なのでは――…、』
恨めしい視線が、キッとキツイものに変わったので、言葉を途中で止めて。
『コンラッド』と、ソファに座る彼の横にストンッと座った。…うむ、密着するのって中々に照れる。
『いつだって会いたいと思ってるぞ。でもコンラッドは魔王の護衛故…あまり我が儘を申すのも迷惑かなと思って、中々言い出せぬかったのだ』
大体、いつもコンラッドが先に欲しい言葉をくれるから不安に思わぬし…と言葉を重ねれば、すかさずコンラッドに朝強請ってもキスをしてくれませんでしたと言われ、うッと詰まった。
そうなのだ…朝は…いざ口付けを送ろうとした途端に、オリーヴが乱入しため、そのまま流れて。みんなで食堂に向かったのである。
――あーなるほど。今朝のことを根に持っておるのだな!
「俺はサクラ不足で死にそうです」
『大げさだな』
思わず笑みを零す。好きな人にそう言われて嬉しがらぬ恋人はおらぬと思う。
与えられてばかりなのもどうかと思って、隣にある彼の手に己の手を重ねた。ばッとコンラッドがこちらに眼を向けたのでその隙に、一気に距離を縮めて、彼の唇と重ねた。
「っ――サクラッ」
『ぬおっ!』
「サクラ、今ので我慢の糸が切れちゃいました」
『………ェ、』
掴んでいた手の平を放されたと思った次の瞬間には、瞼を開けた己の視界に、天井を背景にギラギラと飢えた獣の瞳をしたコンラッドに見下ろされていた。
キラキラと輝いている星空のような瞳は、今や跡形もなくぎらついており――…ぎょッとした。
『不足だとか嬉しいこと申すから!』
「ああそれ以上、俺を喜ばせないで」
『いやいや。そもそも貴様が拗ねておったからだな…不安にさせるのも、』
「サクラ、ちょっと黙って」
臨戦状態の彼に顔をぐっと近付かれ、羞恥心から視線が泳ぐ。
こんな空気になるのも、大人な展開を越えるのも、初めてはないが、ここは執務室で、仕事をする場所だ。そのような場所で、その…如何わしい展開はダメだと思うのだ。
いつ何時闖入者が現われるか判らぬしな!今朝のように!寝室よりも、来客が来る可能性高いぞ。危ない。
「このまま喰べちゃっていいですか、いいですよね」
『っ〜〜よくない、よくないのだッ!』
「どうして。俺を喜ばせたサクラが悪いと思う、よって喰べられても文句は言えない、でしょう?」
『いや、でも…それは、』
「俺この前まで遠征で城を離れてましたし…、」
――うぬ。確かに。
護衛隊と云えども、コンラッドの腕は眞魔国一なので、たまにいろんな街の遠征で城を離れることがある。その間の護衛は、彼の部下かグウェンダル、もしくは私の部下がしている。
不正が行われてないかとか、民の安全が守られているのかとか、調べる項目が多く――短くても一月、長くて半年は帰って来ぬので。寂しい思いをする。
が、然し…その間に、私もユーリも地球に帰されるので、コンラッドと会ってない期間に差が産まれるわけで。その間の話を持ち出されると、私は何も言えぬ。
「一ヶ月ですよ一ヶ月」
『う、うぬ。(私は一週間ぶりだったが…)』
「もう一か月も、サクラに触れてません」
『う、ぬ?』
「だから、もう一ヶ月もサクラとシテません」
据わった眼で言われていよいよ焦る。だらだらと冷や汗が流れた。
直接的な表現に、爽やかな言葉が代名詞なヤツが言うなと言いたかったが、そんな余裕はなく。彼の手が意思を持って腰を撫でて来て、頭の中が混乱中。
どう止めようかと混乱する脳味噌を稼働させて、真昼間なのにとかこのような場所でとか言葉を放つよりも先に、ノックも無しに、
「ウェラー卿ッ!ちょ、ここはマズイですッって!頭を冷やしてー」
と、慌てて乱入したロッテによって、サクラの危機は救われた。
頭上で、「チッ」と、コンラッドらしからぬ舌打ちの音が聞えたが――…急いでソファから抜け出して。ロッテとコンラッドの方には決して視線を遣らぬかった。
結局は夜になったら、捕食される運命なのだが、サクラはそこまで考えてなく、舌なめずりする男に気付いていたのはロッテだけ。
「(姫ボス逃げてェー)」
ラブラブです
(夜…覚悟しておいて下さい)
(うぬぬぬぬ)
(我慢した分、手加減しませんから)
(お手柔らかにオネガイシマス)
END