彼女の姿
※第一章の四話直後の話になります。そこまでまだお読みになってない方は、本編を先にお読みください。

□□□



グウェンダルは朝から重い溜息をついた。

彼のチャームポイントとも言える眉間の皺も、本日はいつにも増して深く深く刻まれている。……原因は分かっている。


――弟のコンラートだ。

あれは…魔王が地球やらに帰った時も少しは落ち込んでいたが――…今の落ち込みようの比ではない。

陛下の護衛という位置にいる弟は、サクラがいなくなってから、誰の目に見ても、落ち込みようが凄い。


…――まぁ、魔王陛下がいない今どれだけ腑抜けになっても問題はないが……。


「はぁ…」


自分の吐いた息が執務室を重くする。



“土方サクラ”


ぱっと戻ってきたと思えば、ぱっと消えていく。

どれだけコンラートの心の支えになっているのか本人は知らないのだろう。

あの弟が。ふらふらしていたあのコンラートが、彼女に平手打ちという手段で求婚した時には驚いたが――…、やっと彼に幸せが、そうやっと彼らは幸せになれると思ったというのに…。


「いつも、お前はそうだ…」


これからという時には既にいない。

彼女は記憶がなく“サクラ”とは違うと主張しているが。あの覚悟を決めた目、凛とした出で立ちになびく黒い髪、どれを見ても彼女は彼女そのものだった。

自分だって、数十年ぶりにサクラに再会して、嬉しかったと言うのに――…当の本人には記憶がなかった。

彼女が言うように、矛盾する点も多い。

あの二十七代魔王陛下と地球で同級生だとか。地球で産まれて、家族もいて、自分は人間だとか。





『民がいなければ国は成り立たぬ、民がいて初めて国になるのだ』

『貴様は民のために力になれ』

『貴様らのしている事は全て驕りだ』



目を閉じれば胸に残っている言葉が脳裏に浮かぶ。


『貴様は…何がしたいのだ』

『貴様の目指す果てがこれか?――…愚かだな』




現在の魔王の前の魔王…己の母親が政権を放棄などしなかったら。自分がもっと苦言を呈していたら。

彼女はあんな事にはならなかっただろう。

人間との戦争が始まる前に颯爽と現れて、弟と眞魔国を救ってくれて――…そして姿を消したサクラ。


記憶がないサクラ。

本人だろうと――自分達は信じて疑わないけれど。…――あの疑り深いお庭番だって、サクラだと言っていた。

ユーリ陛下と違って、彼女がまたここに現れる可能性は薄い。彼女もそう思っていたみたいだ。コンラートから別れの挨拶をされたと――…暗い顔で報告されたのだから――。


だがそれは彼女に記憶がないからそう思うだけで。“漆黒の姫”ならば、再び此方へ現れるに違いない。そう確証しているのに、不安が消えないのは、彼女が彼女であって彼女ではないからだ。

存在意義など関係ないじゃないか、サクラと再会を果たした者達は――もうサクラ無しでは生きていけない。

もちろん自分だってそうだ。



――…願わずにはいられない。

早く、早く、帰ってこい。




 □■□■□■□


――サクラ…。

やっと君に出会えたと思ったのに、するりと俺から離れて、いつも俺の先を行く。

これからは一緒にいてくれると言っていたじゃないか!そう約束をしたじゃないか……。


電気もつけないで薄暗い自分の自室の椅子に座って――…コンラートは深く項垂れていた。


――…一緒に踊ってくれると、その可愛らしい唇を俺に許してくれると――……そう約束をしたじゃないか……。


俺を置いて行く君が少し憎い。

だけど、それ以上に俺は――…君を切望している。 君なくして俺は生きていけない。



『コンラッド、貴様に会えて善かった。――…楽しかった、ありがとう』


別れ際、彼女の風呂場で、悲しそうに笑ったサクラの姿が頭から離れない。

君だって…ここにいたかったんだろう?



『私はユーリと違って使命もなにもない。ここにまた来るなど… その“次”があるとも思えぬ。――お別れだ……コンラッド…』



そんな言葉が聞きたかったわけじゃない。

そんな言葉を聞きたくて、何十年も待った訳じゃない。


――君は約束を破る人ではないだろう?


待っている。 いつまた君に会えるか分からないけれど、君との約束を胸に待っている。…あの時の様に。

次に会う時は覚悟しておいてくれ。俺はそんなに気が長い方じゃないんだ。 次に会う時はもう我慢なんかしないさ。




「サクラ…」


コンラートは、手の平に乗せていた桜色の魔石がついた指輪を、ギュッと握りしめ――窓の外を鋭く睨んだ。


「――逃がしはしないさ」





【彼女の姿】完

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