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翌日の月曜日――リンさんとの距離の取り方に頭を悩ませてるさなか、なんの解決もなく私は、問題の学校を訪れていた。


「どうも、ご足労さまです」


家には、まだ寝たきりのジーンがいるので、彼に一日何が起こったのか話すのが日課になっていて。

深く考えずに、リンさんの事を含めてナルが依頼を受けた経緯を話せば、ジーンが意味深に笑ったのは昨夜のこと。

ずっとにやにやしてたので、その日の夕飯は、おかゆに唐辛子を大量に入れてやった。当然、咳き込んでいたよ!ザマぁ。


「こちらの生活指導の吉野先生です。彼が学内を御案内します」


ジーンの介護をする日常にも慣れてしまった今日この頃。変だな…私、人間は嫌いだったはずなんだけど。


「校内は、自由に調べて頂いて結構ですので、早く学内が落ち着くよう宜しくお願いします」


ホント…渋谷サイキックリサーチで働くようになってから、私の周りの環境、変わり過ぎ。


――ジェットが不機嫌になるのも頷けるわね。

ずっと、ジェットとヴァイスだけで生きて来たから、学校から帰って出迎えてくれる人間がいるって、今は慣れたから疑問には思わないけど最初は違和感だらけだった。

お帰りって言ってくれる存在がいるって、くすぐったくて、嬉しい。

そんな風に感じてる自分自身に戸惑うのと同時に、そう思ってるって式神達には気付かれたくない自分がいる。環境が変われば、おのずと私も変わってしまうのか――…。


「部屋を一つ用意して欲しいとのことでしたので、小会議室を用意してあります」


結局、ナルは湯浅高校の依頼を受けた。

滝川さんや、私が休んでる間に来た女子生徒だけだったら受けなかったのかもしれない。あの後、今目の前を案内してくれている湯浅高校の校長先生が事務所を訪れなければ、私はここに来ることはなかった。


「相談のある者はそちらに出向くよう言ってありますので………ああ、ここです」


長い廊下を歩いて案内された一つの会議室。

少し前を歩いていたナルと、滝川さん、私の横を歩いていた麻衣が、扉を跨いで部屋の中へと入った。続いて私も中に入る。今日はこの面子だけで、高校を下調べしに来たのだ。

校長先生は仕事があるからと言って、案内係の吉野先生を残して、出て行った。


「ここが、今回のベースってわけね」

『使い勝手は良さそうね』


長テーブルに椅子、ホワイトボードがあり必要最低限なものしか見当たらない。

今回は、怪奇現象や事故に遭った女子生徒の話を聞かなければならないから、これだけでも十分だ。

被害に遭ってる生徒は、確認しているだけで四件で、詳しく調べればもっと出て来るだろうから、必要最低限な物しかなく広い室内は、とても助かる。

ミニーの調査の時みたいに、泊まりがけで仕事をすることもなさそうだしね。


「殺風景ですけど……」

『泊まるわけじゃないんだし、いいんじゃない?』


麻衣に答えてたら、案内係に残された吉野先生が、あの…とか細い声を発したため、全員の視線が彼に向かう。

吉野先生は、見た感じ神経質と言った感じの短髪頭の男性で、薄らとだが目の下に隈が出来ていた。心なしか顔色も悪そうで、その青白い顔が余計に神経質な印象を抱かせる。


「実は……私も相談したいことがあるのですが……」

「…伺います。お掛けください」


ナルに促されて椅子に腰かける吉野先生。


《ねぇー》

『………』

《あの人…ヴァイスさんが好きそうな臭いがするっぴよ》

『………』

《ねぇー、ねぇーってばあー。瑞希さん訊いてるンすぴかあー?》


――そう、そう言えば。

保護した死にそうな身体にジーンが戻って来て、肉体と魂が馴染むまで私の家にいるようになってから。

ジーンと一緒に、何故か典子さんの家で出会った野狐までもが、私の家に居座っていたりする。下から聞こえる子供のような可愛らしい声は野狐のもの。

ジェットが出て行けと怒鳴っても出て行かなくて。行くところがないと言われれば、出て行けと言えなくて、ずるずるとそのままにしているのだ。

結果、こうやってジェットやヴァイスがいない時を見計らって、私に引っ付いて出掛け先までついて来る始末。


「それが……ですね。夜、ノックの音が聞こえるんです」


私の式神のジェットを恐がるくせに、出て行かないから、案外この野狐は図太い性格をしている。

一回、相手をすると、調子に乗ると勉強したから、煩くても、聞えないふりに徹した。

野狐の性格を把握するまでには、家の中で時間を共にしている。こうやって私に引っ付いて、事あるごとに自分を式神にしてくれと頼んで来るんだ。

ジェットと折り合いが悪いみたいだし、私にはジェットもヴァイスもいるから、式神はもういらないと――…頼んで来る野狐には、“名前”を与えてない。家に居座るくらいは…まあ、いいかなと思ってる。

外で野垂れ死んだなんて後で知ったら、流石の私も良心が痛むもの。

相手は、産まれたての妖怪だから、立ち向かう力なんてないだろうしね。


「その音は、先生以外の人にも聞こえますか?」


弱弱しく身の上に起こった出来事を話してる吉野先生に意識を戻した。

彼の目の下にある隈は、今話をしている不可解な出来事のせいで、眠れなくて出来てしまったようだ。

それらも気になるが、私はそれよりも、彼を取り巻く邪気が気になって仕方がない。

妖怪であるヴァイスやジェット、足元にいる野狐には当然邪気を纏っている、故に人間の身で慣れてはいる。

その私が気になって仕方ないのは――吉野先生自身から放たれてないからだ。彼の身体から滲み出ていたらそれはそれで問題だけどね。

彼の身体が発信源でないのなら、霊や妖怪に憑りつかれている…はず、なんだけど……周りを見渡しても、吉野先生にそういった類のモノが憑りついている様子はなくて、余計に気になる。


『(ヴァイスに留守番を頼んでて正解だったわね)』


彼女からしたら、あの邪気は御馳走。

ついでにジェットにも留守番を頼んでいて正解だった。


「えぇ。ですが、私ほどは気にならないようです」


――最初から…当たり、ね。

吉野先生の自宅の寝室のベランダから物音がするらしく。

この前は、リビングにいてもベランダから窓を叩く音を聞いてしまって、同じく聞えていた彼の奥様が、何気なしにカーテンを開けて外を確認した際――…吉野先生だけが窓を叩いていた白い手を目撃したのだとか。

嘘を付いてる様子はない。本当に、霊なのではないのかと怯えている様子だ。

ナルと滝川さんの表情も渋いものへと変えていた。

校舎に入って、邪気を感じてはいたので、吉野先生もまた何かしらの元凶に触れてしまったか何かしたのかな。

でなければ、彼が邪気を纏ってしまう原因に繋がらない。何もしなくて、人間の彼が邪気を扱えるはずがないのよ。人間なんだからそりゃあ体調も悪くなるわ。


「その手を見たのは、一度だけ?」

「もちろんです。以来、絶対にカーテンを開けてみたりはしませんから。同じものを見てしまったら、どうすればいいんです?音のしたほうは見ないようにしています。だから、一晩中鳴りやまないんです。暗くなってから、明るくなるまでずっと――」

『……』


霊は吉野先生に憑りつきたいのに、彼の警戒心に憑りつけなかったのかしら?

目に見えない存在は脅威だけれど生きている人間の警戒心や本能には、勝てないのだ。マイナスの力は、我々人間のプラスの力には勝てない。

吉野先生から自らベランダに続く窓を開けてしまえば、完全に憑りつかれてしまう。

吉野先生の警戒心が働いて、霊は機会を取り逃した?物音が未だに鳴りやまないのなら、憑りつく機会を窺っているのかも。それはまたしつこい霊ね。

だけど…近くに霊の気配が感じられないのは変だ。邪気は感じるのに、怨念は感じ取れない。

学校に囚われて吉野先生の悩みの種は、実は家にある…とか?あり得ない話じゃないわね。家に憑りついた地縛霊なら、その場から動けないわけだしね。


『音が聞こえるのは、家にいる時だけですか?』

「……」

「え、えぇ」


ナルの質問を遮って、質問をしたから、ナルから冷やかな眼差しを向けられた。その眼力の冷たさにも慣れたから気にしない。

吉野先生は私とナルを戸惑いながら交互に見て、頷いてくれた。


『学校にいる間は、何もないんですか?』

「瑞希」

『別に私が訊いても差支えないでしょ、ナルだって気になってたくせに』

「……」

『……何よ、図星ー?』

「……うるさい。質問したいならさっさと訊け」


麻衣からも戸惑ってる視線が、滝川さんからはまた始まったぜみたいな視線が、二人に寄越されてたけど、瑞希もナルも気にしなかった。

話しの流れで、吉野先生がターゲットなのか違うのか。元凶が、霊なのかポルターガイストなのか、それともただの気のせいなのかを確かめるために、瑞希がした質問はするつもりだった。

ナルは、ただ自分よりも先にその質問をしてしまった瑞希にイラッとしただけで。

結局は誰が質問をしても結果は変わらないのだからと、しかめっ面で瑞希を先に促した。

瑞希とナルのこの冷や冷やするやり取りは、最早渋谷サイキックリサーチの名物となっているなんて――…ナルも瑞希も知らなかった。

何処か似ている二人の衝突は実はコミュニケーションの一つなのだと、ぼーさんは内心苦笑していた。


『吉野先生、家で起こるその現象が始まった前後、何か変な事ありませんでしたか?』

「いえ…特に」

『現象に心当たりはありますか?例えば…暮石を倒してしまった、とか』

「ありません。あるわけがない」

『なら……先生の周りの人間に似たような怪現象が起こっていたといった話はありますか?』

「それもありません」


ふむと頷いて口に手を添える瑞希とナルの姿に、ぼーさんも麻衣も顔を見合わせて、ぷっと笑った。

同時に振り返った瑞希とナルの眼差しも、心なしか似ていて、それが麻衣達の笑いを誘ったなんて、二人は想像などしてないだろう。


「ぼーさん。……護符を――とりあえず」


ナルに護符を頼まれてる滝川さんが引き攣った笑みを零しているのに小首を傾げて、ナルに特に霊の類は視えないのかと訊かれて、私は曖昧に頷いた。

霊の気配も妖怪の気配すら感じない。感じるのは邪気だけ。

邪気云々の話は、不確かなので、敢えて言わなかった。もうちょっと何か分かってからでいいかな。


「…いきなりかよ」

「――瑞希」


滝川さんから護符を受け取って、最後まで不安そうにしながらベースを出て行った吉野先生。

滝川さんの溜息がベース内に響く中、ナルが振り返ったので、一つ小さく息をついた。彼が何を聞きたいのか判ってしまって、頭痛がした。


『ノーコメント。……私は悪まで助手で、ただの一般人ですから!』

「瑞希の能力はもう疑ってないが」

「式神までいてそりゃーないってぇ。瑞希は一般人の枠を超えてると思うぜ、俺は」


ナルと何度この会話をしただろうか。

霊視の能力を信じてくれるのは嬉しい。この力を無償で使いたくはないし、山田一族だとは知らない彼等の前では私は何の力を持たない素人なのよね。

滝川さんの指摘ももっともで否定の言葉が出てこない。

吉野先生を悩ませてる元凶が霊なのか知りたいんだろうけど、言わないわよ。私もまだ分からないんだから。

前みたいに信じてないからなんてもう通じないだろうからこの言い訳は使えないので、押し黙るしかほかなかった。

こうなったら先入観はダメでしょとかプロの真砂子にって押し切るしかないと思考しながら、私は二人に言葉を返さなかった。

ナルがあからさまに溜息を吐いてみせてたけど、痛くも痒くもないよ。何度も言ってるのにまだ納得してないナルの方がおかしいのだと思う。頑固っていうか何というか、融通が利かない頭の持ち主だわ。


『えっと…、依頼して来た女子生徒達の話を詳しく訊くのよね?』

「…授業が終わってからな」


納得のいってないって感じの声が渋々と間を置いて返って来た。

対象が吉野先生にあるのか、家族にあるのか。

邪気の正体は、霊なのか、霊なら地縛霊なのかそうではないのか。今の段階では、答えは弾き出せない。また情報が足らない。ナルの仏頂面と視線を黙殺して私は、心の中でひっそりと嘆息したのだった。







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