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私に集まっていた数々の視線が、麻衣に集中する。
震える麻衣の声と、八の字に下げられた眉に、この後輩が何を思い出してるのか私には容易に想像出来た。きっと礼美ちゃんの事件を思い出してる。
麻衣が関わった事件は二つあり、その内の礼美ちゃんでのことは、とても強く印象に残ってるんだ思う。無理もないか。霊が関係してた調査はあれが初めてだったものね。
娘を求める母親のせいで、礼美ちゃんも、集められた子供の霊達が苦しんでいるのを見て、何か思う所があったのだろう。後輩の中に、深く何かが根付いてる。
「あなたばかり損しちゃうじゃないっ。そんなの変だよ!」
あの調査は、私も結構辛かった。
麻衣が叫んでる、恨むのはよくないって意見は、とても正論で綺麗な言葉。飾らない麻衣に良く似合う胸に響く言葉。霊にも響いてるみたいよ。
「だ、だからって…どうすればいいとかわかんないけど……だから無責任だけど、でも、恨んだり恨まれたりそんなの……」
ついさっきは、相手の男性のところに化けて出ればって言ってたのに。思い出して辛くなったのかな。
恨む恨まない云々の話は、私は麻衣の意見と決して混ざらない。いつまでも平行線で。
私を捨てた母親、大好きだった父親や一族を滅ぼした異能者、私はいつだって誰かを恨みながら生きてる。寧ろ、この憎しみを晴らすために生きてると言って過言じゃない。
真っ黒な私には、麻衣の真っ直ぐとした力強さが眩しくて――…。
「……あなただって、今の状態がいいものだとは思ってないはずです」
とても羨ましく思う。
「そうそう。いつまでもそんなことしてると地縛霊になっちゃうぞ」
しんみりとした空気の流れを断ち切ったのはナルで。
滝川さんも、彼女の前にしゃがんで目線を合わせて、安心させるように笑みを零していた。
「ちゃっちゃか、成仏したほうが幸せだと思うなー」
ナルの抑揚のない声音と滝川さんの明るい声音に、薄暗くなりそうだった思考の渦から浮上する。
確かに、ここで成仏してくれた方が幸せには違いない。
あまり悪戯がすぎると滅しなければならなくなるし、そうなると輪廻転生には戻れなくなるわけで。
『そうね。成仏して来世で、もっといい男性と巡り合う方が幸せになれると思いますよ』
来世を考えるなら、そんな薄情な男は忘れて、成仏した方がいいと思う。魂は報われるのだから。
「
…あなたたち……心霊ヲタク〜?」
善意で言ったのに。
胡乱気な、怪しい者を見るみたいな眼で皆を見上げる彼女に、何も言い返せず沈黙した。
違うと言いたいところだが、そちらの道に足を突っ込んでる身としては、複雑な心境になった。そうなのか、他者からは心霊ヲタクに見えるのか。
プロだと言いたいのに信憑性にかけるため言えなくて。言えないもどかしさが全員を襲った。
「
…そうねぇ。損かもしれないわねえ。なんだか目から鱗が落ちたようよ〜」
沈黙する瑞希達を余所に、彼女は憑きものが落ちたような顔で、にっこりと笑って――…。
「
…ありがとう〜。話をきいてもらえて、なんだかサッパリしたわ〜」
溜まっていたものを全て吐き出した彼女は、案外、簡単に成仏していった。
笑顔で消えてった後には、ぐったりとした真砂子が目を覚まして、きょとんとしていたけど。彼女が無事に成仏出来て安堵した。
振り回された感が否めないけれど、結果的に無事に解決出来たので、よしとしよう。
本当、今回は振り回されただけのような…。
□■□■□■□
――…後日談(翌日)
『真砂子…と、ナル?』
二日続けて、今日もアルバイトの日だったから、と言っても、私は昼からだったので、ゆったりと出勤してたら。
事務所にほど近い歩道に真砂子とナルが腕を絡ませて歩いてるのを見てしまった。真砂子がナルにしがみ付いていると表現した方が正しいが。
「瑞希!」
『…これからデート?』
しかめっ面をしてるナルを一瞥して、上機嫌な真砂子に問いかける。
ナルから無言の威圧が圧し掛かったけれど気にしない。ふむ、ナルが望んだお出掛けではないのか。なら、真砂子が強引に誘い出したのかな?やるな。
昨日、例の彼女の恋愛話を聞いたばかりだから、人の恋愛事情に自然を眼が向いてしまう。
こうやって冷静に観察してみると、いろんな恋の形があるのね。この二人の想いは重なり合ってないから、発展途上って感じ?あ、でもここに後輩の麻衣が絡んでくるなら……私はどちらを応援しようかしら。
『私、今、事務所に向かってるとこだったのだけど』
「ああ。麻衣もリンもいるから、今日やる仕事はどちらかに訊け」
『判った。……楽しんで来てね?デート』
キッと眼光を鋭くしたナルと、えぇと幸せそうに笑う真砂子に笑い掛けて、二人と別れる。
あまり感情を表情に露わにしないナルでも、負の感情は多少その整った顔に乗せるのよねー。
ここ数か月でようやくナルの表情の変化を区別できるようになった。眉がぴくりと反応したり、些細な変化だけれどね。
ナルは真砂子の想いを気付いているくせに、受け取る気配はない。なのに、ああやって二人で出かけてるところを見ると…可能性はなくはないのかな?
『…あら?』
っと、ナルと真砂子の関係性をぐるぐると考えていたら、ようやく見えた事務所から、カラフルな集団が降りて来た。
金髪に茶髪に化粧完璧な女性に、一人だけ明らかに若い日本人――言わずもがな、ジョンと滝川さんと、綾子さんに、麻衣だ。
四人ともぞろぞろと出て来るところを見ると、どこかへ出かけるのかな?あれ?仕事は?
「先輩!」
『皆さんもお出掛けですか?さっき、真砂子とナルが出て行ってましたけど…』
麻衣に手を振って、滝川さんに問いかけると、肯定の返事が戻って来た。
へぇ。四人で出かけるの…珍しい組み合わせだわ。そもそも、綾子さんとジョンと滝川さんは何故、事務所に来ていたのかな?依頼に来たってわけじゃなさそう。麻衣を誘いに来た…とか?
「これから、麻衣と映画でも行こうかと思ってな」
「あたしはジョンと遊びに行くのよ!」
『えっと…四人で遊びに行かれるわけじゃなくて?それは…』
「デートよ、デート!」
ふんっとジョンの腕を掴みながら鼻息荒くしてる綾子さんに、何があったのかと問い掛けたくなった。面倒なので詳しくは聞かないけども。
えっと…まさか、綾子さんとジョンの二人と、滝川さんと麻衣の二人で、デートって。それぞれ恋愛感情があるとか言い出さないわよね?麻衣は仮にもナルに片思い中みたいだし、ないわよね。
――あーダメだ。
昨日から、なんでもかんでも恋愛ごとに繋げて考えてしまってる。
「瑞希も行かねぇ?こうなったらみんなで遊びに行こうぜ!」
「それも…いいわね」
「はいどす」
「瑞希先輩っ!行きましょう、行きましょっ!ぜ〜んぶ、ぼーさんの驕りなんでッ!」
「おまえなー調子いいやつだなー」
「えへへへ〜」
ぽんぽんとリズムよく進む滝川さんと麻衣の会話に、うん二人の間に恋愛云々の色はないなと判断して。滝川さんからのお誘いに、眉を下げた。
滅多にないお出掛けに行きたいのは山々なんだけど…それはバイトがなかったらの話で。
ここで仕事があるからと断れば、同じバイトの麻衣に嫌味だと捉えられかねないと、言葉を選ぶ。
『すみません。誘っていただけて嬉しいのですが…ちょっとリンさんに用があるので、また今度誘って下さい』
「リンさんに?」
『うん、そうなの。麻衣、楽しんで来てね』
そう言って、麻衣に手を振りながら階段を上がる。
すれ違いざまに、元気よく頷いてくれた麻衣と、「残念ね」と本当に残念そうに眉を下げてくれた綾子さんとジョンさんに、ひっそりと笑う。
滝川さんと視線は合わなかった。
「…ちょっと!あれもおかしいわよ」
「おかしいって?瑞希先輩が?どこが?」
「リンに何の用があるっていうのよー。真砂子とナルも怪しいけど、瑞希とリンも怪しいわ」
「どちらも自分のことあんまり話さない方どすから…そう見えるんかもしれませんね」
「断り文句だったんじゃねーの?俺達と出掛けたくないとか」
「……何、不機嫌になってんのよ。アンタ…あの二人の仲が気に入らないわけ?」
「そんなん言ってねーだろ」
――そう言えば…滝川さんに初めて呼び捨てされたような…気のせい?
考えに耽りながら、事務所の扉を開いた瑞希は、背後で、綾子さん達がそんな会話をしていたとは――…微塵も気付けなかった。
『リンさーん。昨日はありがとうございましたー』
to be continued...
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