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「今日は何を見せてくれるんだえ?」

「やめたほうがいいんじゃない?また恥をかいて逃げ出す羽目になるだけよ?」


これから渋谷君による説明により原因が解明されれば、この滝川さんと松崎さんの耳障りな悪態ともおさらば出来ると思うと、なんだか感慨深いものがある。

黒田さんと共に旧校舎で待っていれば、ジョンと真砂子が最後にやって来て、これで旧校舎に関わっていた人達が揃ったわけだ。


――あー…でも、やっぱり少しはイラッとするかな。

私は、心底馬鹿にする視線を渋谷君に向ける二人を一瞥して、そう思った。

イラッとした私を余所に、渋谷君は全然頭に来ないのか、「実験の証人になってほしいだけです」と、松崎さんと滝川さんに向かってそう言い、


「「へ?」」


と、思いもよらない事を言われた二人の間抜けなリアクションは見物であった。

真砂子と視線がかち合って、真砂子が小首を傾げていたので、苦笑いを浮かべた。私は実験に心辺りがあるけど、真砂子は実験に覚えがなく、滝川さんと同じように疑問を飛ばしている。

実験とは、昨日かけられた暗示で、恐らく黒田さんにかけられた暗示がちゃんと効いていれば、渋谷君が暗示の際に言っていた“椅子”が動いている筈。


「二人とも、確認してくれ。昨日サインしてもらった紙が破れてないかどうか」


困惑する面子を横目に、渋谷君は麻衣に指示を出した。

問題の椅子を設置しているだろう実験室の前には、沢山の機材が置いてあり、何やら機材には紙が貼られてあって、それを麻衣とジョンに確認を促したのだ。


《名前が書いてあるな》

『(昨日、麻衣とジョンが手伝ったんだろうね)』


設置された機材の数を見渡して、私は麻衣が働いているのに、傍観に徹している状況にやや心苦しい。


――心苦しいとは思うけど…。

ジョンと麻衣は、渋谷君の中で今回の事件に“白”だと判断されたから、手伝ってもらったんだろう。それなら、私が手伝いに昨日来なくて正解だったかな……。私が犯人だって可能性もないわけじゃなかったろうし。


「――ドアのサインは」

「あ?えーっと」


……ドアのサイン?

続けて問う渋谷君に小首を傾げる。促されて、機材の後ろにある実験室のドアには、板がくまなく貼り付けてあり、こちらもまた麻衣とジョンの名前が書かれている。


「大丈夫みたい」

「少なくとも、間違いなく僕の字でんがなです」


剥がされた形跡もなく、二人がそう返答して、私達外野に確認したところで、渋谷君が釘を剥がして板を取った。ガラッと開けられた部屋の中には、椅子が一つ。

部屋の中に入る人達に遅れて私も入って、すぐに椅子を確認する。部屋に唯一存在している椅子は、隅っこに転がっていて――多分、最初に設置された場所は、真ん中に円の印が描かれたあの中に置いていたのだろうと推測する。

光が入って来る窓には、板がぎっしり張り付けてあり、朝なのにも関わらず部屋の中は真っ暗だ。ちょっと異様さが増している。

一番最後に入ったリンさんは、終始ビデオを廻していて、記録を取っているんだろうと、人使いが荒そうな上司に同情。


「渋谷さん、椅子が動いてまっせです」

「そうだな」


してやったりな笑みを浮かべた渋谷君に、実験が成功したのだと知る。

まあ、椅子が転がっている時点で、暗示をかけられた人達の中の誰かが、知らず内に、椅子を動かしたってわけで。側に設置されているビデオカメラを一瞥して、渋谷君ってば抜かりないと口角を上げた。


「御協力ありがとうございました。僕は本日中に撤収します」


…――リンさん、あのしてやったりな渋谷君の笑みを、ビデオに撮っていないだろうか。いつも無表情な彼の、あくどい笑みはプレミア物と言うか…笑えるよね。

瑞希は、一人だけ困惑する一同を余所にそんなことを考えていた。





「……ちょっと、何よ、それ!」

『…はぁ』


やっぱり、松崎さんは納得がいかないか。

実験の手伝いを否応なしに手伝わされた麻衣とジョンも、疑問を浮かべた反応で、真砂子も黒田さんも意味が判らず小首を傾げている。滝川さんは険しい表情だ。


「まさか、これで事件が解決した――なんていうんじゃないでしょうね」


詰め寄らなくても……渋谷君は説明してくれるんだから、感情のままに癇癪をおこさないで欲しい。耳が痛い。

説明するための機材なんだから。もうちょっと落ち着こうよ、とは思うけど、私は溜息を零すだけで我慢した。ここで何か言ったらケンカになりそうだ。


「言うつもりですが」

「地盤沈下?」

「その通りです」

「おいおい」

『……はぁ』


松崎さんと渋谷君のやり取りに、滝川さんが乱入したので、またも私はうんざりと溜息を吐いた。――話が進まないじゃない。


「いまさらそれに固執するか?いい加減に認めようぜ」

『話は、最後まで訊きましょうよ。いちいち突っかかって見苦しいんですよ』

「っ、な!」

「…校長から依頼を受けた件については、地盤沈下で全てが説明できたと考えている」


思わずぼそりと零した愚痴が、滝川さんと渋谷君に拾われてしまい、渋谷君に咎められるように見られたけど、瞬時に視線を逸らした。


――やばッ、渋谷君だけでなく滝川さんにまで届いたとは、誤算である。

ケンカになる前に、渋谷君が話を続けたので、助かりました。


《お前…アイツのこと相当嫌いなんだな》

『(まあ、滝川さんと松崎さんはねー)』

《ヴァイスも、キラ〜イ》


滝川さんは、頭をガシガシ掻きながら瑞希をチラッと見たが、冷たい言葉を吐いた当の本人瑞希はしれ〜っと転がった椅子に目を向けていたので、滝川さんは溜息を吐きながらも、渋谷君に疑問を口にした。


「実験室の騒ぎは?地盤沈下であんなことが起こるのか?」


未成年である渋谷君と瑞希に振り回される滝川さんを見て、ジェットは鼻を鳴らして笑ってる。

だけど、問われた渋谷君が、「あれはポルタ―ガイストだな」と答えたので――…


「ほーらね」

「なるほど?お前は除霊できないんだ。そうだろ?それで除霊の必要のない結論でお茶を濁そうとしているんだ。あとは俺たちに押しつけて帰ろうって肚だろ?」


滝川さんと松崎さんは、ここぞって感じで馬鹿にし始めた。


『……』


本当に渋谷君が、滝川さん達を当てにして逃げ帰ると思ってるなら、二人の思考回路は単純と言うか…自信過剰だなと思う。

今回の件で、松崎さんも滝川さんも力を発揮してないのに、逃げ帰るとしても、二人を頼ったりしないって。

黒田さんも、この話の流れに、困惑な表情から、罵られる渋谷君にうっすらと負の笑みを浮かべている。私は、心配しながら行方を見守っている麻衣と、ふふふと笑っている黒田さんを目視して、眉間に皺を寄せた。


ジョンだけが、事の真意を見極めようと――…黙ってやり取りを見ている。

あ、忘れがちだけど、リンさんは後ろでビデオを廻していますよ。…――こんな場面じゃなかったら、リンさん不審者だよね…。自然と教室と一体化している気がする。



「除霊の必要はないと判断している。―――御覧になりますか?」



室内の真ん中に描かれた円から少し離れた場所に設置していたビデオカメラの映像を、見せてくれた。

身を乗り出して、食い入るように見る松崎さんと滝川さんから一歩離れて、麻衣と並んで映像を覗く。


「なによ、これ」


映像には、椅子がカタカタと音を鳴らしながら、今目にしている位置まで転がる様が映っていた。麻衣が隣でごくりと息を呑み込むが耳朶に届く。

滝川さんと松崎さんの顔が、瞬時に険しくなった。地盤沈下では説明がつかない映像を見せられて、プロの顔へと――。


「今の……何?」

「見ての通りだ」

「椅子……動いたよ」

『うん、動いてたね』


信じられないと怯える麻衣に、私は静かに肯定した。

これで、地盤沈下で説明がつかなかった教室の縦揺れの一件がポルターガイストとして説明が出来る。

途中までは、地盤沈下による校舎の傾きでガラスが割れたり、床が鳴ったりと、地盤沈下で説明が付いたのに、そこにもう一つの存在が絡み合って来たから、この件は複雑へと変わったのだ。

真実を言えないもどかしさもこれで終わる。長かったな…。


「そうだな」

「はい?」

「レーダーの監視したデータ。御覧の通り、最初にポイントが動いたのが午前三時三十二分十二秒。以後、一秒毎に移動している。動いたのは五十四秒間」


次に渋谷君が皆に見せてくれたのは、ノートパソコンの画面。


「暗視カメラの映像でも分かるように、この間、実験室の中には誰もいない」

「だけど…」

「しかも、建物は動いてないな。これは実験室に設置した振動計のデータだが、少なくとも椅子を動かすほどの振動は記録されていない」


画面には秒数ごとに椅子がどう動いたのかが、折線で記されている。


「だったら立派なポルターガイストじぇねえか!除霊しないと――…」

「その必要はない」

「ない、って」


渋谷君は最初から、校長先生による以来は地盤沈下で説明が付くと言っているのに、滝川さん煩い。

実験室の騒ぎはポルターガイストだと渋谷君が肯定した上で、除霊は必要ないと言っているのに、何故気付かない。最後まで大人しく訊いてよ。

訝しむ麻衣の隣で、黒田さんが面白くなさそうに、渋谷君を見つめているのが視界に入って――瑞希はひっそりと息を吐き出した。これから暴かれるのは……彼女のこと。







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