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自分の撒いた種は死んでも回収する。

一族の失敗は当主である私が名誉挽回しなければ――…。


 第六話【身から出た錆】




周りの目があった上にナルの無茶ぶりで、坂内君を取り戻しに行くのが遅くなってしまった。

身代わりのヒトガタは一つしか彼に渡していない。そのヒトガタももう役割を果たし、今やただのゴミだ。


「何時になれば取り戻しに行ってもいいですか」

『……』


坂内君が借りていたらしい図書室の本。

ぱらりと捲って文字を追っていたページから、視線だけ隣の男に向ける。失敗に悔やみ且つ彼の安否を心配する貌が左上に存在していた。


「夜が深まれば、より危険になってしまう」


――分かってるわ、そんな事は。


『彼がアレと一緒にいるとは限らない』


呪いを返した後に、残党を滅して回るつもりだった私の考えは甘かった。想像していたよりも蠱毒への完成へと近づいている。

ナニカが生まれてしまう前に滅してしまわないと…どちらを先にしろ杞憂が残すのだが。

呪いを返す前に、現段階で厄介なあの犬を滅しよう。その前に術者――つまり坂内君に影響がないようもう一度ヒトガタを渡さなければならない。


『まぁ、逃げ回っているとしても…彼を脅かす元凶を消さなければならないのは分かってる』

「ならば何故ここに」


『気になる事があったからね』と、質問に答えて。パタンと本を閉じた。表紙にはオカルトの文字が二人の視界に広がる。

計らずとも見てしまった坂内君の記憶の手掛かり。

本人に直接聞く前に、どうやって呪いを提供した怪しい人物の手掛かりを掴みたかった。だって彼が正直に話してくれるとも思えない。聞き出す材料は多いに越したことはないでしょう。


『彼はあなたに任せます』


元凶を一緒にいるとは考えにくいが…坂内君は私達の前へ出るに出れない状態なのかもしれないから。坂内君の確保だけを指示した。

私は、返事を聞く前に明良さんを横切った。小声で談笑する生徒を横目に、図書室を後にする彼女に明良も続く。

彼女がここで何をしたかったのか、明良には考えても答えは出せず。小さいながらも頼もしい当主の背中に苦笑を一つ。

情報型結界を使用しないのは、彼女の中で坂内君に危険は迫っていないのだろう。どこまで先を読んでいるのか、彼女と一緒に調査すればするほど――あの歳でと末恐ろしく思う。




彼等がそんな言葉を交わしたのが――…今から一時間くらい前。

瑞希は、甲高い悲鳴が飛び交う戦場にいた。ぼーさんが印を組む音が、鋭くなった耳朶に届く。


「ナウマクサンマンダ、」


明良さんと別れた後、校舎をふらふらして。ベースにて犬の目撃情報の資料を読み漁っていたところ、


「バサラダン、カン!」


遠くにいる私にまで届く悲鳴により、二階にある教室へと導かれたのだった。

悲鳴に呼び出されるのにももう慣れてしまった悲しみには目を背け、見慣れてしまった――…ように感じるが初見の室内をざっと見渡して、情報を把握。二年一組とはまた別の教室。

ぼーさんが印を結んでもまだそこに存在しているソレ。

別々の場所から同じく飛んで来ていたナル、麻衣、ジョン、綾子、そして駆け付ける途中の廊下で鉢合わせたリンさん――…その場にいた全員が顔を顰めた。


「チッ、どーなってンだ」

『ちゃんと効いてます』


部屋の真ん中でゆらゆらと揺れる陰。

私が探している犬ではなかったが、これも直に犬のような形になるだろうと窺えた。


『アレは確実に弱っています。もう少しで祓えるでしょう』


二人の生徒と一人教師が床に横たわっているのが、私達を焦らす原因だった。凶暴な影をどうにかしないと、彼等の元へ近づけないのだ。

緊張で身体が急速に冷えていくのと同時に苛立ちが生まれる。

進展しているようで何も解決していない現状に。

一歩進み失敗して一歩下がる現状に。

この学校で起きている事の全貌を他の誰よりも理解している立場であるのにも関わらず、他人を危険に晒してしまっている今の現状が、私をひどく冷静さから遠ざける。


『ぼーさん』

「っなんだ」


すうっと深呼吸。

右手を構えたまま隣に並んだ気配を捉えたぼーさんは、獲物から目を逸らさず返事をした。

生徒達は恐怖から、我々調査員は全員呼吸を合わせて好機を見逃さない様に、決して黒犬から意識を逸らさない。生きた心地がしない空間を私達はここ数日ずっと味わっているかのよう。

まだ明良さんはここへ来ない。

坂内君が見つかっていないのか、苦戦しているのか。ヴァイスがいるから最悪なケースにはならないだろう。


『火種が広がる前にアレをこの場で摘んでおきたい』

「はっアレがまだ火種の元だって?」


被害者は既に出ているのに?と案に言われた。為、すぐに言葉を返す。


『…アレが更に凶悪になる前に』

「どうする?」

『私がヤツを惹き付けて』

「俺が祓うってわけか」


交互に算段を付ける瑞希とぼーさんの背中を見ているしか出来ない麻衣の前に、


「僕もいますよって」

「そりゃあー」

『頼もしい』


ジョンの背中も加わったのだった。

ごくりを誰かが生唾を呑む音がした――…。





それからは速かった。

まずジョンがわざと椅子で音を鳴らし、彼からやや距離を取って立つ瑞希がすぐに犬の足に向けて結界を張り身を封じ、最後にぼーさんが止めを刺した。


「す、すごい…」


息の合った連携をただただ見ていた麻衣だったが、ナルが怪我人に近寄るのを見てハッと我に返る。

被害を受けたのは、教師を含め計五人。内重傷者は三人。


「リン救急車」

「――はい」


流れる血の量も多く見受けられ、意識もない三人を保健室に運ぶのは得策ではないのは誰の目にも明らかだ。例え学校外に情報を漏らしたくない教師陣も、否とは言えまい。

ぼーさんと先輩とジョン、それからナルやリンさん。

祓える者達、視える者達、頭脳明晰に優れる者達。それぞれが自分の役割を理解していて、指示を仰がず連携を取り、事件を解決に導くなんて……麻衣が彼等と出会った頃では考えられない光景だった。

個の能力値が高いからか、はたまた協調性がないからか。恐らく後者であろうが、彼等は無駄なく恐怖を取り去ってくれたのだ。

頼もしいと麻衣は改めて頷く。


「瑞希様」と。

感嘆の声を上げていた後輩を尻目に、瑞希からの任務を達成した明良とヴァイスの声がして。一息つく暇もないのか、先輩は一言もなく教室を後にした。


「珍しいですわね」

「……うん」


何が?と訊かなくても流石に分かる。

重傷者の様子も気になっていた様子の先輩が、ナル達に近寄ることもなく突然現れた明良さんを優先するなんて。先輩らしくない。

なんでだろう?綾子も一緒になって小首を傾げれば――…ナルから溜息交じりに、「放っておけ」とのお言葉を頂いた。なんて冷たい。…あ、通常運転か。

ナルの横で去り行く先輩の方向に一瞬だけ視線を投げたリンさんの吐息が、やけに印象に残った。

今溜息吐いた?え、今先輩の方見てた?ってくらいのほんの一瞬だったけども。同じくナルの近くにいたから見逃さなかったよ。



 □■□■□■□



――チッ。

瑞希は心の中で行儀悪く舌打ちをした。


「逃げられました…ね」

『……』

「どうしましょう?」


なんとも言えない顔で指示を待つ彼を横目に思案する。

昼間から行動する程力を付けてしまったアレに対して、どうすべきか――。先程あったアレは私が探していたヤツではなかったけれど。

あの二匹が融合する前に、どちらかを先に滅しておく。これは最優先。


『力をさらに蓄えようとしていた』


苛立った様子?いや…気が急いた様子のような……。

常に敬語の彼女のその音は誰に向けられたものではなく。

渋い顔をしたままぶつぶつ考え込む当主を、明良は複雑な眼で眺める。ひゅるりと風の音が二人の間に流れた――…気がした。



『今夜が勝負だわ』


明良さんは、坂内君を探して下さいね、と。

静寂が宿ったような…覚悟を決めた栗色の瞳と明良の視線が絡まった。ごくりと生唾を呑む。



――失敗は二度は許されない。



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