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※名字は固定で土方にしてください。
(副長の妹設定)
※眞魔国の住人は皆天人。

 □□□



何か大事なものを失った気がする。


『わたしの…なまえ?名前…』


目が覚めたら目の前にいた人達の顔色がみるみる青褪めているのにも気付かず、胸にぽっかりと空いた何かを思い出そうとしたのだが――…何も思い出せぬのは何故なのか。

此方が見ていて可哀相なくらいに震えている三人をぼんやりと眺めて。

己の名前を思い出せぬよりも、もっと大切な何かを失った喪失感で泣きそうになった。


『すみません。名前…思い出せぬ』

「オイオイオイ……冗談は笑えねぇよ。嘘だよな、嘘だって言ってくれよ」

「銀さん落ち着いて」

『あの、私は――…』


死んだ魚の眼をした青年と、年下くらいの少年と少女。

彼等の様子から少なからず私を知ってるような気がして、とりあえずここが何処なのか私が誰なのか何故大切な何かを失う羽目になったのか、知りたくて口を開いた。

眼鏡の少年は、私の疑問に困ったように眉を下げて、青年はわなわな震えている。どちらが大人なのか。


「すみません。僕と貴女は初対面で……僕達も貴女の名前は知らないんです」

『達?なら私は何故ここに……ここは?』

「ここは万事屋ネ」


――万事屋?

何でも屋っていったところか。うぬぬ知識はあるらしいと冷静に己を分析してみる。


「お前、銀ちゃんが蹴った空き缶が頭に当たって転んで気絶したアル」

「神楽さァァァん!!?ちょ、っと!本人忘れてるっぽいんだから、そんな事教えなくてもいいでしょうよ!」

「頭大丈夫かー?何も覚えてないアルか?」

「無視?無視ですかー!」


青褪めていた青年は今度は少女に向かって喚き散らしていて。

完全に青年をスルーしておるらしい少女のくりくりとした瞳が、私に向けられている。少年も心配そうな視線も。

言葉だけ訊けば、私の頭が可笑しいと言われてるようだが、彼女の瞳に心配の色が浮かんでいるのに気付き、こくりと頷く。年下の子達を心配させたくはないが、如何せん何も思い出せぬので頷くほかなかった。

しかもどうやらこうなった原因は慌ててる青年にあるらしく、自然とジト目になった。


『……』

「うっそんな目で見ないで」

「銀ちゃんのせいアル」

「銀さんのせいですね」


記憶を失う過程がなんとも間抜けなのは――…この際気にしてられぬ。


「ホントに何も覚えてねーの?身分を証明するものとかも持ってなさそうだし……銀さんお手あげー」

「銀さんっ!アンタのせいなんだから少しは反省して下さい!」


“銀さん”と呼ばれた青年は、どかりとソファに座ってそう言った。

眼鏡の少年が私の代わりに文句を言ってくれているから、怒りは沸かぬかったが。目に余るものがある。こうふてぶてしい人間には初めて会った…うぬ、記憶がないから定かではないが、きっとそう。


「でもそうですね…些細なことでいいので思い出せることとかありますか?」

「思い出せるよう協力するヨ!」

「ぇー」

「ぇーじゃねーよ!お前のせいなんだからお前が何とかしろよ。これだからマダオは」

「標準語になってるから!銀さんマダオじゃないから!」

「「うるさい」」

『(…コントを見てるようだ)』


当事者なのに、怒りよりも笑いが込み上げて、ふっと笑みが零れた。

微かに漏れた吐息にぴくりと反応した三人の視線が己に集まる。

じっと見つめられると居た堪れなくて、目線が下がる。――笑ったの気分を害しとか?


「どうします?警察に行った方が――…」

『警察?』


少年の声に顔を上げた。なぜだろうか、警察と訊いて、チンピラ集団だと思ったのは。

「おっ思い出したのか?」と、銀さんと言われてる青年が顔を輝かせたが――残念だが何も思い出せておらぬ。いや、思い出したというか…。


『真選組?に、聞き覚えはある。けど、何故だか行きたくないと思ってる』


――もしかしたら…私は犯罪者なのかも。

身分が判るものを所持してなかったみたいだし……その線が濃厚か。

唯一の手掛かりに、思い出すのが怖くなって俯く私の心情を察したのか、三人とも沈黙して気まずい空気が流れた。


『あ』

「なに、何か思い出せたのか?銀さんは君をあんなところに突き出したりはしないから、安心して話してみ」

『ジャンプ派かマガジン派かで誰かとケンカしたような…気がする。因みに私はジャンプ派だ』

「だよね!時代はジャンプだよね!」

『うぬうぬ』


意外な話題で盛り上がってる銀さんと記憶喪失の女性に、少年はツッコミをいれるべきか悩んだ。てか、何そのケンカ。

誰かって誰なのかは思い出せてないのかな。訊いてもいいのか、そして話を戻すべきか更に悩む少年を余所に、彼女は『あ、』とまた声を上げたので、意識がそちらぬ向かう。


『サクラ…』

「サクラ?」

『うぬ、ケンカしてた相手にサクラって言われたような気がするぞ!そうだ私の名前はサクラだ!』


『名字は思い出せぬが…』と言いつつ、名前を思い出せたことにより不安が少し取り除かれたのか、顔を明るくさせた彼女――サクラさんに、少年は頬が赤くなった。

それに目聡く見付けた銀さんと神楽ちゃんの半眼が少年に突き刺さる。

サクラはというと名前を思い出せて嬉しくて三人の反応は見てなかった。


「ケンカしてた相手の顔は思い出せねーの?」

『声はぼんやりと顔は靄がかかったような感じでしか思い出せぬ。ケンカしたのは結構昔で…そのケンカで仲違いをしたような?』

「えっそんな理由でっ!?」

『む。そんな理由とはなんだ!ジャンプ派をバカにするなよ』

「そうだぞ新八!ジャンプは少年の心と夢が詰まってんだ」

『つまり青春だ!青春が詰まっておるのだ』

「いやジャンプについての討論はどうでもいいですよ。で、サクラさんはその仲違いした相手に会いに江戸へ来たのですか?」

『……と思う』


銀さんと呼ばれた青年の横で、彼に“神楽ちゃん”と呼ばれていた少女がきょとんと瞬きさせた。


「仲直りしに来たアルか」


神楽ちゃんの言葉に、引っ掛かりを覚えた。たぶん違うのだ。


『いや…何か伝えに来た…と思う。近況報告的な?』

「で、肝心のその相手の顔も思い出せねーと」


銀さんの言葉に顔を暗くさせたサクラを見て、新八の神楽の目尻が吊り上る。


「よ〜し乗りかかった船だ!お前さんの事はこの万事屋銀ちゃんが面倒見てやるよ」


にかっと笑った彼の笑みが、太陽のようなものに見えたのは――…


「なにカッコつけてんですか。もとはと言えば銀さんのせいなんですよ」

「そうアル。サクラも騙されんな」


気のせいだった。

縋るものがないから、銀さんの言葉が身に染みただけのようだった。危ない。後光が差したように見えたのは己の錯覚だ。

己でも気付かぬ内に記憶がなくて不安だったらしい。

こうなった元凶を優しい人だと思うなんてサクラ一生の不覚っ。





こうして記憶喪失少女の奇妙な居候生活が始まった。



続く?

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