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まだ残暑が厳しく、今日も茹だるような暑さで。痛いほどの日差しが俺達を突き刺していた。

歩くだけで額に汗が流れる。

いくら暑かろうが、シャツが汗まみれになろうが、こうやって夏休みも終わってない中、学校に集まっているのは全国大会が終わってないからだ。


「幸村、」


俺――幸村精市は、何処へ行くと言葉を続けた真田に思わず苦笑した。

ちょうど門の前で鉢合わせた真田弦一郎と、柳蓮二は同じ立海テニス部に所属している仲間だ。そう俺は、テニス部で日本一を目指している。因みに部長だ。


「ちょっとよるところがあるから先に行ってて」

「弦一郎、行くぞ」

「だが、」

「開始時間までまだ余裕がある」


真田と違って追及してこないところを見ると蓮二は俺が行く場所を把握しているらしい。まったく侮れない男だよ。

大切な仲間だけれど、プライベートまで把握されてるのはあまり良い気がしないね。いつかストーカーとして訴えられない事を祈るよ。


「精市、お前が中庭の花壇に行く確率91%」

「蓮二…どこまで知ってるの?」

「あの花を育てているのだが誰かも知っているぞ。教えてやってもいいが…」


へぇっとにっこりほほ笑むと、真田の顔がみるみると青くなった。蓮二の視線も逸らされる。


…――君達、ちょっと失礼じゃないか。

聞き捨てならない科白に微笑んだだけなんだけどね。


「いや…」

「“遠慮するよ、自分で知りたいから”と、お前は言う。だから名前もヒントも言わないでおこう」

「当たり前だろう。そうじゃないと面白くないからね」


ふっと意味深な笑みを浮かべる蓮二に、怪訝な視線を送る。

隣りで、「二人は何の話をしているのだ?」と、小首を傾げた真田はスルーした。

精市の視線を黙殺した蓮二は特に何も言わず、部室の方へ真田の背を押して行き始めたので。精市は、蓮二の背中に一つ溜息を落として。目的地へと向かった。


「(今日はいるかな)」


立海大附属中学には校庭や屋上にも花壇はある。

昨年の冬に倒れる前は、場所を借りて花を育てていた。退院したばかりだから、今は育ててない。

中庭の花壇は、二年の初夏から百日草が植えられていて。ガーデニィングが趣味の自分としては誰が育てているのか気になっていた。知ろうと思った矢先に、病で倒れたんだ。

今年も植えられているのを見た。百日草は開花時期が長いため、日差しの強い夏は土が乾燥しないよう水まきを怠ってはいけない。

良く育てられてる百日草の花は綺麗で、土や水に気を付けているのだろう。夏休みの間も毎日手入れをしに来ているに違いない。

今年こそ誰が育てているのか突きとめようと思った。

先生かもしれないし事務の人かもしれない。それとも自分のようにガーデニィングが趣味の生徒かもしれない。

生徒なら、昨年と今年も在籍してるってことは、同学年だ。


「っ、(あ!)」


顔を上げた先で見えた“黒”に、ひゅうッと息を呑んだ。

声を上げそうになって、慌てて口を手で覆った。

見えない何かに脚を地面に縫い付けられたみたいに――ぴくりと動けず、踵を返すことも出来ず、その場に立ち尽くした。


『――ぅぬ?』


艶やかな髪を風に靡かせて振り返る様がやけに視界に飛び込んだ。

髪と同じく綺麗な黒の瞳が、自分に向けられているのを理解した途端、頬に熱が集まる。――彼女だ。


『貴様は…』

「土方さんだよね?」

『うぬ。そういう貴様は、幸村精市だろう』

「知ってたの?」


まともに話したことがない彼女に自分の名前を知っていてもらえたなんて。歓喜した。

彼女の可愛らしい唇が自分の名前を紡ぐのを耳にして、心臓がどくりと音を立てた。

精一の様子に気付く様子もない彼女――土方サクラは、短くうぬと頷いて。


『テニス部で有名だからな』


と、嬉しいことを言ってくれた。

精一が知るサクラは、興味がないことにはとことん疎い性格だ。

そんな彼女が、自分の名前を知っていて尚且つテニスをしている事も知っていてくれたなんて、こんな嬉しいことはないと精一は思った。


「土方さんはどうしてここに?」

『この子達に水をあげてるとこだった』

「この子達…?」


サクラの澄んだ瞳が逸らされて残念に思ったのは一瞬のことで。

彼女の下がった目線の先にあるソレを眼にして、またも心が歓喜した。

花に詳しい人でもそれを学校で育てようとは思わないだろう――…キク科の百日草。水を上げてたって…まさか彼女が?


「っ土方さんがずっと育ててたの?」

『あぁ二年の春頃からかな、ここを先生に借りて育ててる』

「ふふっ」

『?』

「俺ね、ずっと気になってたんだ。綺麗な百日草、誰が手入れしてるんだろうって」


風が吹き抜けて、サクラの黒髪と精一の藍色の髪をふわりと撫でた。


「まさか土方さんが育ててたとはね」


何故突然笑われたのかきょとんとしているサクラの瞳に、花が綻んだ笑みを浮かべる精市が映り込む。


『この子達の名前知ってる者がいたとは』

「ガーデニィングが趣味なんだ。女々しいと思うかい?」

『いいや、素敵だと思うぞ』


どちらともなく、ふふふと笑う。


「土方さんもガーデニィングが好きなの?」

『いや…私は…』


――まただ…と思った。

実は精一とサクラは初対面じゃない。

中学に入学したばかりの頃、一年生でレギュラー入りした自分を快く思ってなかった先輩たちに、呼び出された時が初対面。

退路を断つように周りを囲んだ先輩達の手にはラケットが握りしめられていて――…プレイヤーとして命とも言える腕を狙われた絶体絶命なその時、彼女が颯爽と現れたんだ。


『何をしている!?』


成長期前だった俺と同じく彼女は女の子で、体のつくりが大人に近付いている先輩達を前にするのは怖いだろうに。

彼女は凛と俺を庇うように間に立ち、彼等に堂々と、『テニスをする者が下らぬ嫉妬でテニスを武器にするなッ』そう言い放った。

激情する先輩達の攻撃をなんなくと躱す姿は、綺麗で――…その瞬間、心を奪われた。

彼女は俺に怪我がないのを確かめると、現われた時と同じく颯爽と帰って行って茫然としていた俺は碌にお礼も出来なかった。

それから何度も話しかけようとして、彼女と見かけるたびに見つめて、そして気付いた。

土方さんは、ふとしたときに悲しそうに笑う。友達といても、授業を受けている時も、廊下を歩いているときも、ふとした仕草で悲しそうに微笑む。

何が彼女を追い詰めているのか気になって答えが出なくて、今まで話しかけられなかった。

やっと話しかけられて有頂天だった俺の心は、目の前で悲しみを瞳に乗せた彼女を見て、降下した。


『この花が好きなだけだ』

「百日草を?」


――好きなのに…なんでそんな顔をしているの?

浮かんだ疑問は、彼女を傷つけそうな気がして、音にはしなかった。

もっと仲良くなったら、知ることが出来るだろうか?俺を頼ってくれるだろうか?


「どうしてか聞いても?」

『…私の大切な記憶に…必ずこの花がいたから…かな』


サクラはチラッと精一を一瞥して目線を戻しそう答えた。

精市は知らない。サクラが前世の記憶を持って産まれて苦しんでいる事を。

彼女の前世が死神で、護廷十三隊の独立部隊である“零”の隊長として隊員を引っ張っていた事を。護廷十三隊にはそれぞれ隊花があり、“零”の隊花は“絆”を意味する百日草だった事を――当然、精市は知らない。


『そのときの気持ちを忘れぬように育てているのだ』

「大切な思い出なんだね」


ぐっと濃密な空気が流れて、話題を逸らそうにも彼女のことを知らなすぎる精一は部活の開始時間が迫っていることもあって、じゃあ俺は…ともうちょっと話したかったが去ろうとした。

その背中に、サクラの『あ、』っと焦った声がかかり、後ろ髪を引かれていた俺は、すぐに足を止めて。


『部活、頑張って!』


と、今まで遠目で見ていた笑顔を俺にくれた。

家族や友達の応援よりも、彼女のその言葉が一番嬉しく感じるのは――…俺が彼女のことを好きだから。

なんてことない言葉でもそれが彼女がくれたものなら全て嬉しく感じてしまう。


「ありがとう」


彼女を知りたいと思っているのに、それ以上彼女の心の中に踏み込むのを躊躇ってる俺は、そう返事するのが精一杯で。

何も知らない土方さんは、もやもやしていた俺の心を意図も簡単に救い上げるんだ。どんどん土方さんに惹かれていく。

ずるい、あんな笑みを去り際に見せられたら、頭の中は土方さんでいっぱいになるいじゃないか。

心の中でぶつぶつ言いつつ、心は浮き立っていた。


『でも体には気を付けて!退院したばかりなのだろう?』

「っ」


それも知ってくれていたのか。

彼女が俺の名前だけじゃなくて退院したことまで知っていてくれたなんて。

ただの同級生としての挨拶として出たものだとしても、舞い上がる心を落ち着ける術を俺は知らなかった。





幸村精市の場合

(これをきっかけに)
(もっと仲良くなりたい)

続く?

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