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――可笑しい。何故こうなったー!!

これが今の私の心境だった。


『は、』





私――氷海アンズは、現代社会で大学生だった。

就職先も決まっていて、これからという時だった――…事故にあったのは。多分事故にあったのだ。大学の卒業式を終えて、ゼミの仲間と飲み会に行った帰りだったと思う。

曖昧な表現なのは、視界の端で車のライトを捉えた瞬間に体に衝撃を覚えて、気付いたら、体が縮んで一歳児だったから。恐らく、死んだのだと思う。と、今はそう考察できるが、最初は意味がわからなかった。

だって気付いたら、体が一歳児で手も紅葉の様に小さくて、私に微笑んでいる両親と思われる男性と女性の身長が半端なく巨大に見えて。しかも二人は若くて。

救いなのは発狂したくても、舌足らずで何を言っているのか他人に伝わらなかったことかもしれない。

あの時は意思疎通がうまく出来なくて、何度も歯噛みしたけれど、今になって思う――…あの時、両親に自分に起きた事を説明して、自分がどうなっているのかを尋ねていたとしたら、化け物を見るかのような白い眼差しを寄越されたことだろう、と。

だから言葉が上手く喋れない状態で良かった。混乱する頭では何を言ったか判らないから。

それに、自分の眼で状況を確かめられて、整理する時間もたっぷりとあったのは、今となっては助かったと思う。あの気の長くなるような時間は、現実と向き合うのに必要だった。


『…ぇ?』



――だってそうでしょう?

古臭い村に産まれて、もしかしたら自分の知っている時代ではないのかもしれないと、ただでさえ不安に苛まれていたのに、現代と同じ両親――今の方が若いけど、全く同じ顔なのに、その両親の職業が忍者と訊いて吃驚しない人はいないでしょう?

それも戦争中だとか。両親が忍だから私も自動的に忍者になるのは決められていて。刃物なんて料理以外で持つことなんて無かったのに、ここでは刀なんか当たり前で。

平和な日本で生まれ育った私が、武器を手にして人を傷つけなくちゃいけないと知らされて、現実を受け止める時間がなかったら、私は発狂しておかしくなっていたと思う。

綺麗ごとなんかじゃなくて、人を刺す勇気も覚悟もなければ、怪我をするのが怖かった。血を見るのも怖かった。血が自分から流れるのが嫌だった。でも、戦争中だから、そうも言ってられなくて。子供でも実力があれば戦争に駆り出されるそんな時代。

両親に扱かれて、忍びを育てる学校とやらに入れられて―――…そしてまた私は現実を知ったのだ。

私がいるこの村は、“私”が生きていた世界ではなくて、昔大好きだったNARUTOという漫画の世界だと気付いたのだ。

“知っている”人がちらほらと生徒の中にいたのだから、かなり驚いた。

纏めてみると、夢のような話かもしれないけれど、いきなり生を終わらされて天国に行けるのかと思えば転生させられて、あげくの果てには忍になって戦えと言う。絶望するには十分だった。

私には当然、木の葉の為に〜なんて愛国心もなければ、火影の為に命を差し出すつもりも毛頭ない。あるわけがない。

前の世でも自他共に認める冷めた人間だったのだ。死ぬ前の記憶があるのだから、人間そうそうと性格がガラリと変わったりはしない。私は自分のこの性格、好きだし。

そんな捻くれた私が、何故素直に両親に従って忍を育成しているアカデミーなるところに通っているのかと言うと、戦争中でどこも余裕がないのも理由の一つだが、こんな私にも両親に逆らって二人を見殺しにする冷たさはなく少しの優しさもあったからで。


……いや、とりあえず私の苦労話しは一旦横に置いておこう。今は目の前の問題に取りかからなければ。



「ん!オレ氷海さんの事良く知りたいと思って。名前で呼んでもいいかな?」


――コレは誰だ。

ん、って口癖を目の前で自然と言って朗らかに笑みを浮かべている少年は――…ナルトの父親、疾風ミナトだ。

何故、人通りの少ないアカデミーの裏の広場で対面しているのかというと、この疾風ミナトによって呼び出されたからに他ならない。そして、何の用かと思えば上記の科白を私に寄越したのである。

意味が判らん。

近寄りたくなかったから、たとえ同じクラスだとしても、極力関わらないようにしていたのに。何故、こう人当たりの良さそうな笑みを私に向けるのか。それも、誤解を受けそうな言葉と共に。


『………なに、言ってるの?意味がわからないんだけど』


こちらの世界で産まれてから、アンズの髪は、日本人ではありえない瑠璃色になっていた。瞳の色も空色で、全体的に涼しげな印象を他者に与える容姿だった。

顔立ちは以前と同じだけれど、元は黒髪黒目だったから、最初の頃は違和感を感じていて。アンズはその空色の瞳に冷気を宿して、ミナトを胡乱気に見遣った。


「だからね、氷海さんと友達になりたいんだ。名前で呼んでもいい?」


いいよね?なんてワンコのように無邪気に笑うミナトに向かって、眼を細めた。


『名前で呼ぶのは、やめて。しかも友達って何?私と君、接点なかったよね』


荒れた時代だから木の葉にいる子供の数は少なくて、クラス分けも上級生に上がるにつれて段々と減って、今では二クラスしかない。

ミナトとは同じクラスだけれど、生憎子供と連む趣味はないので、私はクラスで浮いている。誰も近寄って来ないし、私からも近寄る事はまずない。

なのに、彼は今友好的な笑みを私に向けている。しかも友達とか。頭が湧いたのかと、疑いたくなる。


「氷海さんのこと、知りたいってのじゃ理由にならない?」


全校生徒の女性の視線を独り占めしているミナトに、そう言われたと他の生徒に広まってしまったら、私の明日からの学園生活は不穏なものになってしまう。

ミナトが嫌とか以前の問題で。他人から妬まれるのは、他人と距離を取っている私であっても阻止したい。何が悲しくて、自ら他人に嫌われなくちゃいけないのか。好かれたくもないけど、妬みなら話は別である。

だって私達の将来は「忍」。妬まれて嫉妬されて疎まれてしまえば、明日から教室に入った瞬間にクナイが飛んでくる可能性が出て来る。もちろんそうなれば、返り討ちにするけど。

だけど、私の身に及ぶ危険は少ない方がいい。疲れるし、だからミナトと関わりたくない。


『ふざけないでくれる?私、他人と関わるの嫌なの』


流血沙汰に発展するのを避ける為に疾風ミナトと関わるのが嫌だとは、正直に言えないので、尤もらしいことを言ってみる。

氷海さんって怖いよね、とか、氷海さんって冷たいよね、とか、噂されているのは知っているのよ!こう言った科白は、アンズのイメージに合っているだろう。

だけど別に人と関わるのが嫌なんかじゃないのよね…。子供との会話が合わないだけで、普通に誰かと交友関係と持ちたいとは常日ごろから思っている。中々、趣味が合う人に巡り合わないのが哀しいかな。

アンズに無表情でそう言われた、ミナトはきょとんと瞬きして、


「でもオレは、氷海さんと話がしたいな」


と、女子生徒の眼がハートになるだろう甘い笑みを浮かべた。

金の髪が日に当たってキラキラと輝いて見えて、ミナトの蒼の瞳は女性受けする顔立ちをしている。…これだからイケメンはッ!自分の良さを分かっている。

これが計算じゃなく無意識だからまだいいが、これから大人に成長した時が末恐ろしい。


『……』


気配を探ってみると、近くにはミナト以外の人間はいないみたいで。なら、ミナトがこのような誤解を受ける行動に出ているのは、罰ゲームか何かではないのだろう。頭の中に浮かんでいた疑問を一つ消した。

まあ、でもこのまま長くこいつと話していたら、いつ近くを女子生徒が通るか分からないし、意外に強引そうなので、これ以上会話を続けるのは止めようと踵を返す。

踵を返そうとしたのだが――…。


「!待って」


と、すかさず腕を取られて、アンズは後ろに引っ張られるのだった。


『(コイツッ)……なに』


今度は隠さず顔を顰めて見せた。

なのに、ミナトの顔はニコニコとしていて。私は頭が痛くなった。妙なのに目をつけられた気がする。


「ん!まだ話は終わってないよ。ね――…」

『あっ!』


これはもう強行突破しかないと思い、大声でミナトの背後を指差した。

途端、「え?」っと目を丸くして背後を振り返ったミナトの私の腕を掴んでいる手の力が弱くなったので、そこを狙って足にチャクラを込めて脱兎のごとく逃げ出す。敵前逃亡だけど、いいよね!戦いじゃないしね!

びゅんっびゅんッと風を切る音が耳の近くで感じながら、背後から追っ手の気配がないので、もういいかと思って屋根から飛び降りる。

学校から街まで結構な距離があるが、私はチャクラを使って数秒で今の着地地点に辿り着いた。

街中には、忍者じゃない一般の人々で溢れかえっている為、ここまで屋根を伝って来たわけで。ふうっと息を吐いて、路地裏から顔を出す。

まったく厄介なヤツだったと溜息を零しつつ、今日の夕飯は何かな〜っと、頬を緩めたその時。


『っ!?』


壁に背を当てて余裕の笑みを浮かべるミナトの姿が、目の前にあった。

思わず吃驚して悲鳴を上げそうになったが、どうにか堪える。だが、ひゅうっと喉が鳴ったのを気付かれたらしい。ミナトは悪戯が成功したように笑ってみせた。

びっくりしすぎて心臓が、どうどくどくッと忙しなく動いている。

彼の様子から、私がここに着いた時には、既に路地裏の入り口に着地してたみたいで。私の足のスピードが負けたことよりも、ミナトの笑みが憎たらしく感じた。何、その大人な余裕みないなの!子供の癖に。


「氷海さんでも、お茶目なことするんだね。オレびっくりしちゃったよ」

『……』


――あー…流石、未来の火影様ですね。

木ノ葉の黄色い閃光と呼ばれるわけである。ミナトは私が足にチャクラを入れて走っていた一般の走行ではなくて、瞬身の術を使ってみせたのだ。

この歳で、もうその高度な術を使いこなせていたなんて。才能というか天才というか。ミナトは凄い忍びになるんだなーなんて他人事のように、ひっそりと感嘆した。


って、違う違う。

なに?なんなの!やってることストーカーだからね!帰ろうとしているのに付きまとってくるなんて!この状況をアカデミーの生徒に見られでもしたらどうするつもりよッ!



「あれ?ミナト?っと――…氷海さん?」



終わった!見られた!

行き交う人々の間を縫って歩いて来て登場したのは、真っ赤な頭の――うずまきクシナだった。

買い物をしていたのか、手に買い物袋を提げており、真っ直ぐとこちらにやって来る。あー…独りでも厄介なのに、重要人物がもう一人増えるなんて。どうやって逃げようかと考えを巡らせる。


「やあ、クシナ。買い物?」


見られたのが、うずまきクシナで良かったかもしれない。

彼女はまだミナトに好意を寄せていないのかもしれないけれど、もし好意を寄せていたとして、私と二人っきりの場面に嫉妬をしたとしても、彼女なら陰湿な嫌がらせはしてこないだろう。多分。

うずまきクシななら、はっきり私に啖呵をきってきそうである。あくまでイメージだが。


「二人でなにしてるんだってばね?」


――おー生“だってばね”


『……別に』


心の声を悟られないように、私は表情を変えずに言葉を返した。

本人は知らないが、アンズはクールビュティーだと囁かれている。だから、冷たい返事が返って来たとしてもクシナは気にせず、代わりにミナトに向かって訝しむ眼差しを送った。

火影を目指しているクシナからしてみれば、ミナトは邪魔な存在で。クシナの中でミナトはライバルの立ち位置にあった。

女子にきゃーきゃー言われているのも気に喰わなければ、男子に慕われているのも気に喰わない。授業で先生に当てられても、難なく忍術を繰り出すミナトが気に喰わない。ミナトの全てが気に喰わなかった。

対してアンズは、誰とも連むことなく、だが地味女でもない。忍術は優れているみたいだけど、筆記の授業はいつも寝ているか、起きていても話を訊いていないみたいで、筆記は苦手なのだろう――とクシナは思っていた。

ミステリアスなアンズが今目の前にいて、クシナの興味の視線は真っ直ぐアンズへと注がれる。


「氷海さんと友達になりたいと思って、話をしていたんだ」


くるくると顔にでるクシナ。

ミナトは彼女が何を考えているのか、手に取る様に分かった。それに対しアンズは、クシナの視線の意味を分かっていないんだろう。相も変わらず無表情で、クシナを突き放している。

対照的な二人の様子を見て、ミナトは苦笑した。

ミナトは知っているのだ。アンズが本当は心根の優しい子なのだと。だから、直接話がしてみたかった。彼女が何を考えているのか知りたかった。

クシナも自分と同じ事を考えている。自分と同じ蒼の瞳と絡まりながら、ミナトはそう一考した。


「ずるい、ミナト!わたしも氷海さんと友達になりたいってばね!」

『っ』


――なんで、可愛い反応が出来ない私なんかと友達になりたいのだろうか。

視線の先で私と友達になりたいのだと意気投合している二人を見つめて、私は複雑な想いに駆られた。

未だに忍者にはなりたくないと思っていて。この世界を拒絶しているのに――…二人と仲良くなってしまったら、私の将来は自動的に忍者になってしまうではないか。死因も任務先で決定になってしまうではないか。

目の前で、アンズって呼びたいと言い合う二人の姿を視界から外して、私は憎いくらいに晴れ渡る自身の瞳と同じ色をした空を半眼で仰いだ。





意図せずこの世界に馴染んでいる気がするのは――…気のせいだと思いたい。



これは夢だと言い続ける。

(あの世界に帰れないのなら――…)
(せめて、命を保証してくれる職に就きたい)


続く。

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