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重い空気のまま馬車から降りたところで、「ねぇ」と声を掛けられたので、先に行ってて、とリーマスに一声かけた。
あれから私達とリオンの間に会話はなかった。
後ろ髪引かれながら私とリオンを残して寮に向かうリーマス達四人を見送って、私の裾を握って呼び止めたレイブンクローの男の子と向き合う。
「君の名前はなんて言うの?」
『シルヴィ・カッターだよ。よろしくね』
「ぼくは、リオン・オルコット。さっきはゴメンね」
こてんと小首を傾げるリオンにつられて私も小首を傾げた。
「君、彼等に視える理由を知られたくなかったみたいだったから」
淡々と紡がれた言葉に、ああと呟いて苦笑する。
まあ確かに、視える条件を知られたくなかったのは事実だけれど。リオンは気にしなくていいのに。マイペースな彼は、意外と律儀な性格をしているようだ。
『リオンが気にすることじゃないよ。いずれ知るだろうしね、気にしないで』
知識を披露していた際は、目が活き活きしていた彼は、私がそう答えると、表情一つ変えずにこくりと頷いた。
どうやらリオンは、マイペースで顔に感情が出ない性格の持ち主らしい。短い間に、リオンの性格を少しだけ理解した。
気にしているように見えないが、小さく息を零しているところから、不安だったのだろうなーと勝手に推測して、言葉を重ねる。
『それに…身近な人を失くしてアレが視えるようになったのを……好奇心で話題にされると嫌な気分になるものね。私の友達が、失礼なこと言ってゴメンね』
「ぼくも言い返した、お相子だよ」
『そっか』
少女と言われても疑問を抱かない高めの声で、淡々とそう言ってくれたので、今度は私がほっと息を吐いた。
「ねぇシルヴィは………やっぱりいいや。またね」
シルヴィと友達らしい小さな男の子から紡がれたソレは、知らなかったとしても羨ましいなんてシルヴィを傷つける行為なのに。
いきり立つ他の男の子達をやんわりと宥めて、ぼくの事を庇ってくれた彼女は、一体どんな存在を目の前で失ったのか――…湧き上がった疑問をそのまま音にしようとして、リオンは喉の寸前で止めた。
他人に触れて欲しくないと思ったように、シルヴィもそれには触れて欲しくないかもしれないと思い直したのだ。知りたい欲求は消えないけど。
知識を求めることに貪欲な自分でも大切な者を目の前で失う絶望感を誰よりも理解しているから、だから我慢したのである。
『…うん、またね』
むずむずと知識欲を鎮めているリオンを知らない私は、長い間を置いて何かを呑み込んだリオンが気になっていたけど、タタタッと足音を立ててレイブンクローの寮に向かった小さな背中を引き止めなかった。
何を言い掛けたのか気になって頭がいっぱいだったから、死を目撃してない自分に何故セストラルが見えたのかずっと感じていた疑問が遥か彼方へ吹き飛んだのだった。
□■□■□■□
今年も、同室メンバーは変わらず三人だった。
四人や五人の大所帯なところもあるのに、私のところは三人。なんて幸せなんだろう!
女が集まるといろいろめんどうな事が起こるから、なるべく少ない方がいい。それに、同室はリリーとアリスだし!めんどうな心配などないから、幸せ。四人に増えなくて良かった。
「シルヴィ!」
『あ。リリー、アリスも。久しぶりー』
とは言え、二年に上がったから、部屋は移動となった。大荷物を抱えて、やっとの思いで扉を開ければ、既に二人はいて。
真っ赤な髪のリリーとブロンドヘアーなアリスが、物音に顔を上げたので視線がばちりと合う。へらりと笑う。久しぶりだねーなんて言えば、リリーが目尻を吊り上げたので、あっヤバイと思った。
「遊べなくなったって手紙一つ寄越しただけで、行けなくなった理由も書かれてないし!心配したんだからね!」
『ゴメンよ』
「体調が悪くなったとかじゃないのね?ご家族との都合が重なった、とか?ああ私、シルヴィと遊びたかったのにー」
「わ、わたしも」
――怒られるっと思ったんだけど…。
嬉しい言葉と共に膨れるリリーとアリスの二人の様子に、へにょりと眉を下げた。会う気分になれなくて、億劫思ったのは自分だけど。罪悪感を覚えたのだ。
楽しみにしてくれていたシリウスにも悪い事をした。塞ぎ込んでいた過去の時間が勿体なかったかな。
『来年は、必ず遊ぼ』と、真剣に言った私に、リリーの緑の瞳とアリスの蒼の瞳が輝きを取り戻して。
「ええ。絶対よ!」
「こ、今度こそ、あ遊ぼうね」
荷物の整理を放り出して、暫く三人で笑い合った――…。
こうやって三人で笑い合うのも、懐かしい。二か月弱会わなかっただけなのに、もう数年も会ってなかったような感じがする。きっとリリーもアリスも成長しているせいだ。
一年の頃も私よりも身長があった二人は、私も身長の伸びたのに…変わらず目線が上にある。
――リリーよ…、成長しすぎじゃないか。
大広間へ急ごうと立ち上がった彼女の綺麗な緑色の瞳は、前よりも高い位置にあった。
「私達も先輩になれるのね!」
「ど、どんな子が…は入って来るかな」
「さー誰でもいいわ!わくわくするのには変わらないもの」
初めて先輩になるから興奮気味なリリーに、アリスは苦笑した。
チラリと隣りにいるもう一人の友人に目を向けたら、シルヴィはリリーとアリスの方を見てなくて。不思議に思って視線を辿れば、アリスの眼にどこか余所余所しい悪戯仕掛け人の四人の姿が映る。
興奮していたリリーも返答がないのを疑問に思って、二人を見て、彼女達が見ている人達を見て、顔を顰めた。
「なにあのメガネ達…」
「さ、さあ…」
新一年生の登場を待っている間、チラチラと寄越される眼差しに、私は忘れていたものを思い出した。
別の馬車でやって来たアリスとリリーは知らないのも当然で。
隣りに立っていたリリーとアリスの二人のぼそぼそと交わされた会話に、思考から浮上した。同時に、視線が合った途端にあわあわと視線を逸らすジェームズ達四人から私も視線を逸らした。
『…どうしたんだろーね』
アレは、私が誰かを目の前で失った事があると信じて疑ってない眼だ。直接訊いてこないところを見ると、確実にそう思っているに違いない。
――まあそう思われても仕方ないけどね!私が一番知りたいよ!
死を見た事がある人にしか視えないのは真実なんだから。気まずい別れ方をしたから、余計になんと言えばいいのか分からなくて。ああやって此方の様子を盗み見られたら反応に困る。
逸らした途端に、突き刺さる視線に、リリーとアリスに気付かれないように心の中で溜息を吐いた。
両親を失ってるけど、目の前ではなかったし、ホントなんでセストラルが視えるのか。忘れていた疑問が脳裏に蘇った。
今世で誰かを見送った経験もないのに。疑問しか沸かないよ。あれかな、前世の記憶があるからかな。それとも…自分こそが死を経験したから視えるのかな。
『っぁ、』
「ん?」
「ど、どどうしたの?」
痛いほど刺さる視線を無視して意図的に視界から遮断したんだけど。飛び込んできた新たな人物の視線に、正直うんざりした。
グリフィンドールから最も遠い場所にあるスリザリンのテーブルで、ノアが真っ直ぐ私を見ていた。
遠くからでも分かるノアの眼は、彼の両親を攻撃しようとした行為を責めるものではなく、その話題について話がしたいのだと物語っている。
彼の隣りには、セブルス・スネイプの姿があり、彼等から少し離れた場所にルシウス・マルフォイが立っていた。彼もまた私を見ていて。
『いや…なんでもない』
次々とホント悩まさないでくれるかな!と誰かに言いたい。なんだか滅茶苦茶に叫びたい気分だ。
ジェームズ達の様子からは直接誰を失ったのかとか不躾には聞いてこないだろう。その点は安心だけど。ノアの真意を知るのは怖い。
お互いに本心をさらけ出さないでやんわりと前の関係に戻ろうとしていたんだけど、意味深に笑っているマルフォイのせいでそれは叶いそうになさそうだ。でも友達のノアから逃げるのは嫌だ。
闇に誘おうとしているマルフォイが近くにいるのだから――…やっぱり逃げるのは嫌。逃げは、ノアを拒絶したことになるし彼を闇に繋げてしまう。
彼には彼の思想があるから、私の友達に害が無ければ別にいいと言った手前、闇に染まるなと言ってもいいだろうか。ノアが両親を好いているのは態度から窺えるから言ったとしたら、喧嘩の火種になりはしないだろうか。
ノアには私の両親が亡くなっているのを知られている……知られたのはそれだけではないけど。それについてはまだ考えたくない。
「ボルトン・フローラ」
「あれ?ボルトンって…、」
『――ん…ぅ、ん?』
――聞き覚えがあるファミリーネームって…アリスのファミリーネームと一緒?
思考の渦の中で悶々としていた私の意識は、不意に届いたマクゴナガル先生の大きな声に、前方へと向けられた。
ずっと難しいことを考えていたその間に、大広間へ一年生が到着し既に組み分けが始まっていて。先生に名前を呼ばれた女の子が――…アリスと同じブロンドの髪を腰まで伸ばしたその子は、ツンッと澄ました顔で椅子に座りぼろぼろの帽子を被った。
『あの子、』
「もしかしてアリスの妹?」
アリスと同じ髪色にそう判断したリリーと一緒にアリスを振り返れば、アリスは顔を曇らせてこくりと肯定した。
え、なに?妹と不仲なのかな?余計な事を訊いちゃったかな…同じことを考えていたリリーと顔を見合わせる。
彼女の反応はまるでシリウスがスリザリンの人に嘲笑された時と同じもので。これまでに何度もみたような顔だったから、既視感を抱いたのだ。
「どの寮になるかしら」
『(…もしかして…)』
セブルスが、アリスの家は代々闇側だといつか言っていたのを思い出す。
どうせスリザリンよ…と、どこか諦めたように喋るアリスを一瞥して。彼女の妹はそういう思想なのか。だとしたら不仲以前に大きな問題が立ちはだかる。だってアリスはグリフィンドールだもの。
この様子は、妹がアリスを嫌がってるんじゃなくて、アリスが妹を嫌っているのかもしれない。
一年生の時もなにかとスリザリンを良く思ってない節があったから、当たらずも遠からずってところかな?
「フローラは…どうせ、グリフィンドールにはこないよ」
「
スリザリンッ!」
「――ほらね?」
めずらしくなめらかに言葉を放ったアリスは、低い声でそう言い終えて。
どう反応していいたのか困る私とリリーの耳朶を、アリスの重い溜息が震わした。効果音で表わすならば、私とリリーの心の中はズーンである。
(なんでこう…)
(次から次へと問題が出て来るのー)
(この一年、始まったばかりなのに既に憂鬱)
to be continued...
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