誤解されてますよ




――私は今日殺されるのか――…。

朝の挨拶をした後に、目の前の人物に告げられた言葉に、私は命の危機を悟った。

うん。ちょっと冷静に考えてみようか。


『おはよう』


そう、私はいつも通りそう挨拶したと思う。

挨拶――特に朝は人間関係を円滑にする為には、挨拶が大切だと思う。気持ちよく一日を始められるし、人間関係にも円滑に進められるし、一石二鳥だ。

因みに、私の職業は、保育士だ。

小さい頃から憧れだった保母さん。必死に勉強して、貯金して、保育園を江戸に作ったのだ。

天人が地球を歩く光景が当たり前になった世の中で、人間も天人も関係なく預かる施設を作りたくて。と言っても、まだ人間の子供しかいないのが現状だけど。

それでも働く女性の手助けに繋がってるのは、私も嬉しい。あ、思考が逸れてしまった。


「いきなり、すいやせん。びっくりしたでしょう」


で、だ。

保育士の私が、何故、市民に評判の悪い武装警察――真選組に来ているのかというと、真選組で働いている隊士達の子供を私が預かっているからだ。

共働きだったり、死別したり、見捨てられたりと理由はいろいろだが、働いている間は子供の面倒が見れないというので。預かる日は、その子達を迎えに来ているのだ。

しかし何故私に白羽の矢が立ったのか――…それは私の父が幕府のお偉い方で、松平片栗虎と親しい間柄だった為である。

戦闘集団が集まる場所に、小心者の私は、正直来たくなかった。出来れば関わりたくなかったのが本音だ。けど、父上からの頼みは無下に出来なかった。ファザコンですすみません。


『はぁ』


女性の私よりも綺麗な亜麻色の髪の持ち主が、子供達を迎えに来たばかりの私の手を引いて、縁側まで連れて来たのだ。

山崎さんと話をしていたのに、突然現れたこの沖田総悟によって今の状況が作り出されたのだ。しかし、彼は何を言っているのでしょう。


「――す、好きなんでさァ」


と、連れて来られて開口一番にそう言われて、思考が追いつかない。

私の様子に気付かないのか、沖田さんは、その白い頬を真っ赤に染めて、言葉を続ける。ちょ、ちょっと待って、頭が混乱してるから、ちょっと待ってェー!!


『ぇ…、と…その……』

「俺っ!みょうじさんの事…ほ、本気で好きなんでッ!!」

『ちょ…え、…あの…、』


混乱で目と頭が回りそう。

エイプリールですかと笑って流そうとした私の思考の流れは、まるで読んだかのようなタイミングで沖田さんに否定された。

ぐるぐると混乱する頭で、考えてみる。

沖田総悟は、人をからかうのが大好きで、毒舌で、ドエスらしい。もしかしたら、私は彼にからかわれているのだろうか?私が混乱しているのを楽しんでいるのかもしれない。

そう思って、チラリと沖田さんを見遣ると――…沖田さんは、尚もほっぺたをリンゴのように真っ赤にさせて佇んでいるではないか。

私と沖田さんは、あまり接点がないので、いきなりそう言われても信じられなくて。からかわれている方が納得がいく。

だけど…沖田さんは私と会話する時は、必ず敬語だし、優しいし、いつもふんわりとした笑みを浮かべていて、山崎さんから聞く彼の人物像と違う。寧ろ正反対の性格の持ち主なのではと思う。

人の話から聞いた沖田さん像を私の眼で見た沖田さん像だったら、自分自身で見た沖田さんを信じるんだけど……でも、私は知っているのだ。彼が、土方さんや山崎さんに、バズーカをぶっ放す人だと。とても恐ろしい人なのだ。


――やばい。涙が出そう。

どっちがホントの沖田さんか分からない。怖くて、知りたくない。


「みょうじさん……好きなヤローでもいるんですかィ…?」


泣くのを我慢して、だって私一応社会人だしこれから仕事だし……涙を堪えて、口をまごまごさせてたら、沖田さんの悲し気な声が頭上に振り落ちる。

おそるおそる見上げたら、彼もなんでか泣きそうで眉が八の字に下がっていた。


『えっと…えーっと』


どうしよう、どうしよう。

私には優しくしてくれる沖田さんだけれど。いくら優しく微笑まれても、私の脳裏には楽し気にバズーカをぶっ放す悪魔のような沖田さんの姿がこびり付いているので、恐怖が消えない。

恐ろしくて私の中では、彼の想いを受け取るという選択肢は微塵もない。

いやいや彼は私をからかっているんだ。そうに違いない。

ここで、私が断ったら――…彼は、私ごときが断るなとか勘違いすんなとか怒って私を殺すのかな。

チラリと彼の腰に下がる剣を視界に入れて、恐怖でぶるりと震えた。


――……あ、彼が剣を抜かなくても、彼を慕っている一番隊士から殺されるのかもしれない。

へ、へへへ下手をしたら…や、やや闇討ちとかっ!私が油断しているところに背中をばっさり……ひィィィ。怖い。幽霊より怖い。否、私に霊感なんてないけど!


『(終わった…私の人生終わった…)』

「ど、どうなんですかァ?」

『わ…私…、沖田さんとは付き合えないよ。ごめん』


言ったあー!言い切ったあー!私、頑張ったあー!よしこれで、子供達を連れて、保育園に戻ろう。

沖田さんは、悲しそうな表情をしているのが視界に飛び込んで――…予想外な表情に一瞬呼吸が止まった。

私は沖田さんよりも年上なので、年下の彼が悲しそうに…それも泣く一歩手前みたいな顔をされたら、気になってしまって。わたわたと手が動く。


『ご、ごめん。気持ちは嬉しかったよ?』

「恋人でも…いるんですかィ?」

『恋人は残念ながらいないかな』

「なら、好きなヤローがいるんですね!誰ですかィ?俺が知っているヤツですか?」

『っ、(わぁ…)』


泣きそうな顔をしたいたはずの沖田さんは、今度は真剣な眼差しで私を見つめる。

澄んだ蒼色の瞳で見つめられると、吸い込まれてしまいそうで、慌てて視線を逸らした。視線を逸らした先では、さきほど門で会った山崎さんと土方さんがいて。

二人の後ろには数人の子供たちの姿もあり、私が遅いので心配した二人が連れて来たみたいだ。


『ぁ』


視線を感じたのか、沖田さんの背後で、土方さんと山崎さんがこちらを見た。

バチッと土方さんと視線がかち合って、自然とキラキラと笑みが零れた。いた!救世主がいた!

土方さんは私のお兄ちゃんみたいな存在で、多分沖田さんと同じくらいかそれ以上の剣の腕の持ち主で。何より真選組の副長様だ。私よりも強くて、もしもの事があっても守ってくれる!私みたいに簡単に殺されたりしない!


『沖田さん、私――…』


いつにも増してなまえに、キラキラした眼差しを向けられた土方は、嫌な予感がして頬がひくりと痙攣した。

もちろん土方の引き攣った表情になまえは気付かなかった。気付いたのは同じく培った勘が働いた山崎だけ。


『好きな人というか…今、猛烈に土方さんが気になります!』


私は、沖田さんの背後を勢いよく指さした。

その言葉に驚いたのは沖田だけではない。土方も山崎も目を剥いた。三人とも数秒間脳が停止して、いち早く我に返った沖田はぐりんと背後を振り返った。


「…ぇ、」

「……えぇー!?」

「なまえっ!てめっ…」


蒼色に殺気が籠っているのを見て、山崎は子供達の手を引いて、副長から距離を取る。迅速な行動。


「どこが気になるんですかィ」

『た、頼りになるところとか!』

へぇ〜。………みょうじさん。俺…急用が出来やした。土方コノヤ…ごふんッ、副長がみょうじさんの想い人なんて信じたくねェですが……それでも俺本気なんで。諦めやせん」

『え、あ』

「覚悟しといてくだせェ。ぜってー落としてみせやす」


土方さんを振り返った時に浮かべていたあくどい笑みが嘘だったかのような、ハニーフェイスらしい甘い笑みをその顔に乗せた沖田さんに、頷くしか他なかった。

彼の眼差しは有無を言わせないものだったし、誰もが振り返るような甘い笑みに頬に熱が溜まって、思考が鈍ったのだ。

あ…ゴメン土方さん沖田さんの標的を私から土方さんに方向転換させました。でも私なんかより遥かに強い土方さんなら屁でもないですよね。頼りになります!


「なまえさん…副長のこと好きだった……?」

『お兄さんみたいで好きなのは本当ですよ』

「いいの?あのままで。誤解されてるよ?」


危機一髪で副長の傍から脱出した山崎は、ぼけ〜っと立っているなまえに近寄った。

彼女の視線を、何処に隠していたのかと突っ込みたくなる早さでバズーカを手にしている沖田隊長へと誘導して。

殺されかけてる副長と沖田隊長のある意味日常風景と化している光景に、なまえの可愛らしい唇から『ひぃっ』と悲鳴が零れ落ちたので、現実逃避しそうだった山崎の意識は正常に戻った。


「(え。悲鳴?なんで?)」

『…や、やっぱり……私、沖田さんに殺されるんでしょうか』

「えぇぇー!?なんでそうなるのっ!?なまえさん告白されたんでしょ!」


一番隊隊長の沖田総悟が、たまに来る保育士のなまえさんに惚れているのは真選組の中では周知の事実だ。

姉の前で態度が変わるように、沖田隊長はなまえさんの前では爽やか少年になるのも――…ある意味有名だった。知らないのは彼女だけ。

彼が素直になるのは、局長と彼の姉となまえさんの前だけ。

だから彼女は、彼の事を爽やかでいい人だと認識しているのだと思ってたんだけど……さり気なく沖田さんの本性を教えても笑って流してたからそう思ってた。

でも、この怯えようから違うらしいと山崎は半眼で考えを改めた。相思相愛だと思ってたのに、それも違うらしい。

沖田隊長の本性をそのまま受け取っているのか――…この怯えようから察するに、彼女の中では、自分達が知る沖田隊長よりも最悪な人物として記憶されているのかもしれない。


「(しかも…沖田隊長…)」





誤解されてますよ

(こ、告白ではないですよ!)
(…そうなの?)
(はい。沖田さんは私をからかってるんです)
(えー俺は違うと思うんだけど)
(いいえ。きっと騙される私を見て楽しんでるんです、きっと)
(へ、へぇ…(沖田たいちょー!激しく誤解されてますよ!))


 □□□□

あとがき↓

無邪気な子供を相手にしているだけに、腹黒い沖田さんとか怖い人が苦手な夢主と、小動物みたいな夢主が好きな沖田さん。

沖田さんの腹黒いところは誤解ではないんだけど、夢主の前では優しい人なので、余計にそのギャップに怯えてます。私からかわれてるみたいな。

なので、二人のベクトルはすれ違ってます(笑)これからもすれ違います(笑)



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