初めまして
※学パロ
※村田妹主
我が校は一風変わってる。
校風も行事も変わってる。そんな中で、一番最初に我が目を疑うのは、学校名だと私は思う。
「偉大なる眞王とその民たる魔族に栄えあれ、ああ世界のすべては我等魔族から始まったのだということを忘れてはならない。創主たちをも打ち倒した力と叡智と勇気をもって魔族の繁栄は永遠なるものなり王国高等学校」
うん。ツッコミどころ満載だけど、中二病かって突っ込みたくなる長いこの学校名――…略して眞魔国高校は、ツッコミどころ満載だけど県内では一番偏差値が高い高校だ。疑いたくなるけどね。
魔族って何だってツッコミたくなるのは…って、一度私はツッコミを入れた、まあそれは今は一旦横に置いといて、魔族云々のくだりは都市伝説並の話で嘘だと言いたいが事実を元にした学校名らしい。
らしい、ってのは誰も確かめた事がないから、嘘か誠か今では判らないのだ。確かめようもないしね。
この春に進級して二年になった私にとっては、どれが真実でも、もうどちらでもいいかなと思ってる。気になれば、この学校の理事長が自分の父親だから、いくらでも詳しく訊けるだろう。
それよりも私――村田なまえは、今日とても緊張していた。
今日は、二年に進級してから初めての日で。クラス替えのせいで、せっかく出来た友達とも離れ離れになって、新しいクラスで新しい友達が出来るか不安なんだ。
新しい生活を迎えるにあたって、想像もつかない未来を描いてわくわくと心が躍る。が、しかし、同時に、不安で一杯に。特に私は自他ともに認める人見知りな性格で、男性が苦手だ。
内気な性格ではないので、打ち解ければ、騒がしく喋れるんだけど……それまでが遠い道のりなのである。せめて知り合いがいてくれたら、話は別なんだけど、クラス替えの張り紙を見て来たが、同じクラスに友達はいなかった。ううう前途多難。
『………(びくびく)』
「あれ?なまえ?」
『っ!…ん?ゆ、有利』
早めに登校したので、まだ教室には人数は少なくて、ほっとしたのも束の間、自分の名前を呼ばれて、びくッと肩が大げさに反応した。
おそるおそる視線を向ければ、そこにいたのは従兄弟の渋谷有利で。女の子みたいな華奢な体に大きい瞳。彼の姿を見て、ほっと小さく息を零す。
『ゆ、有利もこのクラス?』
「そーだよ。なに、張り紙、男子の欄見てねーの?」
『うん。女子のとこしか見てなかった。良かったー有利が同じクラスなら心強いよ』
有利と二人で良かったと頷き合って笑う。
従兄弟である有利には、私が人見知りで男性が苦手だと知られているので、いろんな意味で頼もしい。
男性が苦手になったのは…これといって暗い過去があるわけじゃない。
思春期を迎える前に、双子の兄から、お前はブスだと頭が悪いとか事ある毎に虐められ、兄に加わって父からも暴言を貰い、理解が出来なかった小学生の頃だったから――…トラウマとなったんだ。
成長した今となっては兄はシスコンとなったのだけど……小学生の時って、兄妹が友達にしられるのが恥ずかしい…複雑な頃で。それが曲がりに曲がって、素直になれなかった兄に虐められたのである。
そう。今となっては私も理解できる。出来るが、トラウマとなってしまった今では男性は苦手だ。
兄と始めとした男の子にせせら笑われた記憶が、体に染み付いている。私を馬鹿にする眼や、嘲笑する口元、白けた眼差し、全部体に染み付いてる。
父は、今でも理解不能な存在で。あいつは、自分の事を眞王だとか言ってる痛い男だ。
「おはよう、村田さん」
『!?…っぁ、あ』
有利と会話しながら、いつの間にか回想に浸ってたらしい。不意に聞こえた知らない異性の声に、ひいぃッと心臓が縮小した。
気付かなかったけど、有利の隣りに誰かいて。そろりと見上げれば――…陽の光に反射して一瞬金に見えたブラウンの髪をふわりと揺らして、物腰柔らかい笑みをその整った顔にのせていた。
彼の出で立ちは、立っているだけでも上品で育ちがいいのだろうと伺える。女性にウケがいい容姿だ。
声をかけてくれた彼の髪と同じブラウンの瞳と、かち合って――…
『ひっ』
「あー…コンラッド、なまえは人見知りで」
思わず口から悲鳴が漏れた。
め、めめめめめ目が合ってしまった!だ、だ、だだだだだんせい苦手なのにっ目が合ってしまったっ!!
「知ってますよ。俺は、ウェラー・コンラート。英語圏ならコンラッドの方が呼びやすいかも」
ふわりと笑みを向けられて、神々しい笑顔に視線を勢いよく逸らして。視線を逸らした先にいた有利と目が合って、苦笑されてしまった。
異性が苦手で尚且つ人見知りがちな従兄弟の姿を目の当たりにし、有利はまだ治ってなかったんだと彼女の兄の姿を脳裏に浮かべて、悪態を吐いた。
びくびくと震えるなまえは、身内の有利の目から見ても小動物のようで可愛くて。苛めたくなるのも判るけど、素直になれない彼女の兄に文句の一つでも言いたい。……いや、実は会うたびになまえを思って文句を言ってるのだけれど、なまえは知らない。
彼女の双子の兄――村田健は、なまえを溺愛してる。可愛くて仕方ないくせに、事あるごとにからかってるから、こうなるんだ。
実は村田健が、なまえに泣かれて、影で落ち込んでるのを有利は知っていた。落ち込むなら、素直になればいいのにと思う。
「コンラッドって呼んで。…君は、」
『ぁ、私は、村田――…』
双子の兄とは、何処となく似てるけど、似てるのは見た目だけだ。
チキンで臆病な私に比べて、引きこもりがちだけど頭が良い兄は、数は少ないが私よりも友達が多い。
兄は嫌いじゃないけど、何もかも見透かした瞳は苦手。でも尊敬はしてる。そんな尊敬してる兄と比べられるのが一番嫌だった。
双子なのに、性格は似てないね。とか、頭は全部兄に持ってかれたんだなー。とか、心もとない言葉を浴びせられるのも慣れてしまった。慣れたけど、コンプレックスを突かれるのはいい気はしないんだけどね…誰も私の気持ちを察してくれない。
今までしてきた自己紹介からの決して明るいとは言えない過去を振り返って、自然と顔が曇る。
「なまえ、だよね?」
内心、名前を知られていたことに驚いて。こくりと頷いた。
な、ななななななんで名前知って……も、もしかしなくても、有利繋がりで兄の事を知っているのかなっ。うっ、絶対、似てないとか思ってるんでしょ!
初対面の男性に文句を言う度胸なんてあるわけもなく。心の中でぶつぶつと唱えた。
「んあー?なんで、コンラッド、なまえのこと知ってんだー?」
「ふふっ、ちょっとね」
含みある笑みに、ぞわッと悪寒が背筋を走った。
引き攣ったのはどうやら私だけではなかったみたいで、有利の口元もぴくぴくと痙攣してる。どうやら、ウェラー卿コンラートは、黒属性らしい。
女性の腰を砕きそうな彼の笑みと兄の姿が重なって見えて、私は彼には近づかない様にしようと誓った。心底関わりたくない。
――関わりたくないって思ったのにッ!!
「お隣だね」
『ウ、ウェラー君』
クラスメイトの女性の視線を独り占めするウェラー君は、私の隣りで、にっこりと笑った。対して、私は、途端に集まった嫉妬の視線の数に、青褪める。
新しいものとの出会いは、くすぐったくて、期待がいっぱいで。同時に、やっていけるのか不安で。だけど、同じクラスに有利を見付けて、どうにか一年やって行けるだろうと思っていたのに。
出席番号順で自己紹介を終えた後、担任の指示によってくじ引きで席替えが行われた。
私の前の番号の女の子と一言二言会話して、友達が出来て、浮かれていたのに。幸せは長くは続かなかった。
席替えした私の席は、窓側の一番端の列の後ろから数えて二つ目の席だ。そうそこまでは良かった。先生と目が合う可能性も低いし、一番後ろではないからプリントを集める係に指定されることもない。なのに、だ。
隣りの椅子に座った異性に問題があったのである。
隣りは異性だと決まってるから、予め覚悟してたんだけど――…隣の席がウェラー君なら話は別だ。ただちに席を変えて欲しい。
『(目が悪いから、とか言えば、変わってくれるかな…)』
チラチラとこちらを見る女子の視線に、びくびくして。そんなことを考える。
ここまで語ればご理解いただけるだろう。ウェラー卿コンラートは、かなりおモテになるのだ。彼は三人兄弟で、一つ下に弟、一つ上に兄がいるのは有名な話だ。
噂に疎い私だって知ってるんだから、この学校に通っていて知らない人は、もぐりだろう。あ、新一年生は知らないかな。
彼の兄と弟に比べて、地味な容姿をしているからか、ウェラー君自体はあまり目立たない。現に、彼だけの噂は聞かないし、派手なファンクラブも見たことがない。
彼の派手なファンは見た事はないが、ウェラー君はモテる。
ウェラー君に好意を寄せる女の子は、比較的大人しめの子達で。兄弟に比べて、ウェラー君はモテるくせに、モテないように見えるのである。
告白も、大人しい女の子たちだからこそ積極的に出来なくて、ウェラー君はあまり告白されてない。……多分。
たいして、彼の兄と弟は、どこのクラスの女の子から告白されたーとか、どこどこのクラスの女の子が狙ってるーだとか、私にまで噂が届く。
二人の周りにいる女の子達は派手に牽制しあってるが、ウェラー君を狙ってる女の子達は水面下の戦いをしてるみたいで。ウェラー君を巡って派手な争いはなかったりする。
とにかく、ウェラー君がどう思ってるのか知らないけど、彼は意外とモテてる。だから、ウェラー君とはあまり関わりたくなかったのに。
派手な女の子に狙われてはないから、虐めとかは起こらないだろうけど、不安な問題の芽は早くに摘み取りたい。平和に、平凡に、学校生活を過ごしたいの。
『(それなのに、隣の席って……うわー…このクラスの女子、みんなウェラー君狙いなのー!?こ、こわい)』
先生に意見とかした事ないから、手をあげて、目が悪いので席を変えて下さいなんて、どのタイミングで手を挙げればいいのか判らなくて。握りしめる両手にじわりと汗が流れた。
――い、言わなきゃ。
早く言わなきゃ、女子達に闇討ちされるっ!でも先生と会話するのも怖いっ。どちらに転んでも怖いっ。
「俺は、村田さんの事ずっと前から知ってたよ」
ぐるぐると目を回して悩む私の心中なんて全く知らないウェラー君に、そっと耳打ちされた。
誰も見てないタイミングで、声をかけて来た彼は出来る男だ。これだからモテる男の子はッ!うがーっ!こっち見て来ないでよーッ!モテ男は、逆の隣りの女の子でも口説いてればいいじゃないかー!
あれですか、知ってるって。やっぱり兄経由ですか。わかります。私単体なんて目を惹くとこなんて何もないし。それしか考えられませんよね。
なのに一々ドキッとさせるような言い方は、解せぬ。これだからモテ男は。男はっ。
「ねえ。お近付きの印に、なまえさんって呼んでいい?」
『っ、(いぃぃぃやぁぁぁぁぁやめてー)』
「俺、村田さんとは親密な関係になりたいと思ってるんだ。下の名前で呼んでいい?ダメ?」
ダメ?って、こてんと小首を傾げて下から顔を覗かれて、悲鳴が出そうだ。
何だ、この人。すること、言う事、全部が女心をドキッとさせるものだ。わざとなの?わざとそういった仕草をしてるの?くっ、これだからモテ男はっ!これだから男はッ!
苦手意識から、憎しみに変わりそうだ。
視線を合わせたくないのに、下から見られてるから必然的に視線が絡み合う。威圧にも似た眼差しに、嫌だが、肯定の返事をしてしまった。だって、怖い。この人、いろいろ怖い。
「なまえさんって…相変わらず可愛いね。――隣同士これからよろしくね?」
相変わらずって何!
私とあなたは初対面でしょーがッ!突っ込みたいのに、ツッコむ勇気もなくて。項垂れた。ああ…早く家に帰りたい。お母さん、有利、明日から学校に来たくないよー。
無言で頷いた私に向けられた笑みが深いものに代わっていくのを目視してしまって――…ぶるりと震えた。じわりと目尻に涙が溜まる・
望んでる通りに会話を進める様が、腹の中では何を考えてるのか判らない兄の笑みを重なって、眩暈も覚えた。
お母さん、有利、私明日から生きていけるか分かりません。骨は拾って下さい。
初めまして(こんにちは。)
(明日からの地獄のような日々よ…)
(さようなら。)
(昨日までの私の平和な日々)
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