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「…先輩……」
滅し終わると麻衣の、硬い声が聞こえた。
「どうして…」
彼女の瞳の中には軽蔑の類の感情が見て取れた。その眼差しを切に受け止める。――それだけの事をしたんだ私は…。
他の皆の瞳は瑞希と同じ苦痛を感じている目をしていた。
『…それで……』
「なんだ」
『彼は、何をしたの?子供の霊が彼の魂にくっついてるけど…』
ここを訪れた時に、かろうじて生きていたから結界を張ってあげた男性を見ながら、ナルに問う。
「名前は田中悟さん。彼は今回の依頼主だ」
――田中悟。
その名前には聞き覚えがあった。
『もしかして…行方不明になっている男性と肝試しした人?』
再度ナルに問えば、「そうですが……知っているのですか?」と、リンさんが尋ねてきた。
『えぇ、今回の依頼人がその行方不明の父親なんです。……依頼人まで関連性があったのね』
前半をリンさんに、後半はナルに向けて呟く。
「みたいだな」
「瑞希…」
『――ん?』
「あの子供の霊は…何者かに操られてますわ」
――ですから…根源をどうにかしないと悟さんを救えません。
そう心苦しそうに言う真砂子に、分かったと穏やかに返事をしお互いに笑みをこぼす。 確かにトンネルの中には一つ、只ならぬ気配を感じる。
《瑞希、》
『…入ろうか』
同じようにトンネル内を睨んでいた私の相棒、ジェットが急かす。
なので、もう一人の相棒ヴァイスにも目をやると彼女は若干拗ねていた。
《フン〜だッ》
――そんなに喰べたかったの……。
呆れて…呆れすぎて乾いた笑いが出た。
「…先輩…あの子供の霊も消すのッ!?…どうして…」
『……』
「どうしてそんな事が出来るんですかッ!!」
「谷山さん!」
いつでも純粋な麻衣の優しさが私の心に深く突き刺さる。―――自覚してるって……。
必死に訴えてくる麻衣の事が見れない。 私は今どんな顔をしているんだろうか。真砂子が麻衣を止めるのを耳で他人事の様に聞いた。
『…』
《なによっ! 瑞希様に助けて貰っといて、アンタこそ何言ってるの?》
批難する麻衣に答えたのは瑞希じゃなくて、怒りを覚えたヴァイス。ヴァイスは麻衣を鋭く射抜いた。
「っ、それは…でもっ!」
そんな雪女に麻衣は怯んだ。
《…なんだ》
相変わらずトンネルを見ていたジェットが静かに尋ねる。だけど、その声音には怒りが滲み出ていた。
瑞希を想っている二人の当然の怒りに気まずい空気が間に漂う。
『ジェット、いいから。ヴァイスも』
《いいって…》
《何がいいんだよ》
私の変わりに怒ってくれる二人に、棘が刺さっていた胸に温もりが灯る。
わざと明るい声で言って、気まずい雰囲気を払拭させる。じゃないと…この二人の本能が麻衣を攻撃してしまうから。
『ヴァイスの好きにしていいから、トンネルの中ジェットと一緒に見てきてよ』
《…》
《……分かった》
瑞希の意図に気づきながらも、黒幕は自分たちの“好きなように”していいと許可が貰えたので、しぶしぶ引き下がる。
――中にいるヤツには悪いが、憂さ晴らしに付き合って貰おう。
ジェットは悪どい笑みを見せ、ヴァイスは舌舐めずりした。
――喰べてもいいのよね…。
嬉々として去っていく自分の式の姿に苦笑を漏らし、私はまっすぐ麻衣を見た。 そして――…“滅”をする時の様に手を上に掲げ下に勢いよく下げる体制を取る。
「―っ!」
その姿に思わずビクッとした麻衣を見て悲しく思いながら、
『―――解…』
結界を解除させる。 真砂子以外の彼らには結界の壁は視覚出来なかったけど、包み込んでいた光の箱が撤去されたのは感覚で感じた。
『……』
「…先輩」
気まずい空気の中、麻衣は口を開いた。だけど、その先の言葉が見つからない。
『言ったでしょう、私は化け物を退治する一族だって。 あそこまで悪に身を堕ちてしまった霊は滅しなければ人間に都合が悪いの…』
「都合って!」
瑞希は軽く息を吐き出して、
『都合が悪いのよ。―――妖怪に変貌してしまうから』
麻衣にとって予想外な事実を告げた。
「――え…」
『もともと妖怪だった存在より人間から妖怪に落ちた存在の方が危険。所為、化け物を倒すのは化け物をってね』
___つまり私は“化け物”
「せっ」
辛そうな瑞希の顔を見て麻衣は、はっとした。
瑞希先輩はあたし達の為に後の事も考えて行動していたのに…言ってはいけない事を言ってしまった。 先輩の顔を見て気付く。霊を消すって……先輩の方があたしより辛いんだ。
滅するってそういう事なんだ…視えるってそういう事なんだ……。
反省して、先輩に謝ろうとしてけれどタイミングを失う。
『あ、ありがとう』
トンネルに入っていた二人が戻ってきたから。
《…ああ》
《ふふ、美味しかった》
『あーそう』
帰ってきた我が式の姿に怪我がない事に安堵し、それから苦笑する。――喰べたんだ…。
どちらもスッキリした顔をしていた。
その後、悟さんに憑いていた子供の霊達を滅した。
三人憑いていたけど…男の子一人に、女の子二人は、「ごめんなさい」と一言悲しそうに残して―――……
『っ』
………消えた…。
その姿に私は一筋の涙を流した。
―――涙を流す資格なんて…私にはないのに……ね。
ギュっ
『な…』
悲しみを堪えていたら右手に温もりを感じた。
リンさんに手を握られていて、離そうとしたけど、――…穏やかに。だけど悲しみの瞳をしたリンさんの微笑みに、私は言葉を失うと共に、右手から伝わる温もりに、感謝して握り返した。
――きっと…これはリンさんなりの励ましかた…。
不器用な長身の彼にそっと微笑みを浮かべた。
「しっかし、お前さんは凄いなー」
今回は全員が霊の姿、しかも悪霊を目にして私の力もまじかで見て拒絶されるかも……と心配していたのに滝川さんにそう言われ戸惑う。
麻衣にだって動揺されたのに…。
疑惑の眼差しで滝川さんを見ても澄んだ瞳で返される。無理して言ってくれてる訳じゃないんだ…。
《フンっ、今頃気づいたのか》
「いてッ」
滝川さんの頭を小突きながらジェットは笑った。
「今回はアンタのお蔭で命拾いしたわ、ありがとう」
「ありがとうどす」
『――ぇ…』
「…まぁ、今回は助かった」
綾子にもジョンにも感謝の言葉を貰い、それからナルシストなナルにまでお疲れと言われて呆然とする。
――私を罵らないの?
「さあ、帰りましょう」
掴まれたままの右手をリンさんに引っ張られ、促されるまま車に。
《良かったな…》
『――良かった……のか、な』
《良かったに決まってるでしょ!》
『そう、だね』
ジェットとヴァイスの声とリンさんの温もりを感じながら、この事件は幕を綴じた。
□■□■□■□
――後日。
唯一、トンネルの向こう側に行ったジェットとヴァイスから、依頼人である遥人さんの知人の息子、北山亮太さんの遺体の場所が明かされた。
残念ながら…やはりと言うべきか、彼は亡くなっていて……、亮太さんはトンネルを掻い潜った先にある崖から落ちた模様。
私自身では警察を動かせないので、遥人さんに報告し、後日そこで亮太さんの遺体探しが始まり無事に発見された。
こうして、今回の“山田家への依頼”は――…瑞希の胸に少しの蟠りを残して解決するのであった。
【死への入り口】完
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