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第五話【究極の選択】
ぽかぽかいい天気……と言うより蒸し暑い天気だ。
干からびてしまうのではなかろうか……。暑さで意味不明な事まで考える。何か考えないとやっていけない。それほど暑い。
『あー』
馬と一緒にゆらゆら揺れながら、強い日差しから顔を隠す。
燦々と輝く太陽の真下で、土方サクラは砂漠にいた。
『あーつーいー』
暑い…この暑さから逃れる為にまた別の事を考える。――思い浮かべるのはここ数日間の事。
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コンラッドに告白されてからたどり着いた血盟城で――…。
「…サクラ様?」
「キャー姫様よー!!」
「ひ、姫様っ」
前回はグウェンダルの城にお邪魔していたから、初の血盟城への登城となったわけなのだが。
城主不在だがやや緊張気味なサクラを待っていたのは、歓迎の声の嵐で。 私の顔を見るなり泣き出す者や、跪く者、輝かしい笑顔で迎えてくれた者、実にさまざまな反応をしてくれた人達がいた。
サクラの部屋だと与えられた部屋は、これまた広かった。部屋が寝室の他にいくつもあり、隣はユーリ(陛下)の部屋らしい。
夫婦でもないのに隣の部屋って…。仮にもユーリは魔王なのだから、己は別の部屋でもと渋ったのだが――…コンラッド曰く突然地球からこちらへとスタツアしたから、心細くないように同郷である私達を近くの部屋にしたとか。
護衛がしやすいとかも言ってたから、それなら致し方ないと渋々頷いたのである。
「姫様、お初にお目にかかります。私、サングリアと申します」
「お会い出来て嬉しいです!私、ドリアと言います」
そこに現れた、これからお世話になるメイドさん――…と、その隣にラザニア。
「サクラ様、ありがとうございます!姫様のお蔭でお城にお仕えする事が出来ました」
『いや、私は何もしておらぬ』
若干涙目の彼女に微笑み、その他の彼女たちに目を向ける。
ドリアは金髪で可愛い顔した女の子で、サングリアは緑の長髪でメガネをかけているから知的な女の子に見える。
「あ!サクラ様っ、この二人は私の地元の幼馴染なんですよ」
『なぬ?そうなのか、それは善かった!』
勝手にラザニアをメイドにと勧めた為、余計なお世話だったかなー…とかいろいろ考えていたので、知り合いが一人ではなく二人もいたとは安心だ。
詳しいく訊くと、二人がいたお蔭で身分も証明されて働くことが許可されたらしい。そりゃあ陛下がいる城なので警備も厳しいのだろう。
余談だが、ラザニアを通して、ドリアとサングリアとも仲良くなり、こちらの世界に来てからずっと気にしていた下着について訊いた。
黒の下着は好きなのだが、如何せん…勝負下着なのでは?と、疑いたくなるほど面積の狭い下着しか見た事がなかったので、もっと普通の下着が何処で手に入るのか知りたかったのである。
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『(黒の下着だけってのもなー…)』
そんな感じで私は血盟城デビューを果たしたのである。
「どうかしました?」
『…うむ?いや、暑いなーと思っておった』
ここ数日を思い出して馬に身を任せていたら、背後から己を気遣う女性の声が耳朶に届いた。その声に上を仰ぎながら答える。
背後で一緒にタンデムしている女性は、ブレット卿オリーヴという名で、彼女と初めて会ったのも血盟城だった――…。
足を踏み入れた血盟城で一晩過ごした次の日に、出会ったのだ。
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「まっ、待ってください!」
「姫様は起きたばっかりでっ」
「あっ!」
起きて寝間着から着替えようとしていたら、扉を挟んだ隣の部屋から…とは言っても、そこもサクラに与えられた部屋だが――…そこから誰か知らない女性の声と、ラザニア達が争っているのが聞こえて、思わず眉を寄せた。
『(…なんだ?)』
「姫って、サクラ様?サクラ様なのっ!?そうなのねッ!?」
『!?』
気になりながらも身支度を整えていたら、寝室のドアが乱暴に開けられた。
言い争っていた女性が開けたらしく、その女性と向かい合う形で目が合った。女性の後ろからはラザニア達が申し訳なさそうに私を見ていて。困惑の中、女性は一言も喋らず。私も私で、なんと言っていいのか判らず、寝室が静寂で包まれた。
――きっ、気まずい。
「っ!サクラ様ッ!」
長い沈黙の後、彼女は何かを堪えるように、一筋の涙を流して――…そして彼女に抱き着かれた。
――これは…。
私は彼女に抱きしめられながら、デジャブを感じた。
『(コンラッドの時みたいだ…)』
そう、コンラッドに初めて会った時もこんな風に抱擁された。
「サクラ様っ」
『…貴様は……』
「え、あっ!すみません…あたし、ブレット・オリーヴと言いますっ。またお会い出来て嬉しいですっ」
『だが…私は……』
「はい、判ってます。だけど言わずにはいられません」
彼女――…もとい、オリーヴは涙を拭いながら嬉しそうに笑った。その仕草は、ピンクの長髪に可憐なイメージがする彼女にはその光景は似合っていた。やはり、美人だ。こちらの世界には美女とイケメンしたかおらぬのか!
「オリーヴ…」
『っ、コンラッド!?』
「ウェラー卿っ!!?」
「サクラがいるからって許可なく入っちゃダメだろ」
いる筈のない声が聞こえて、この場にいた全員が驚いて振り向く。穏やかなこの空気を壊したのはウェラー卿コンラートだった。
――正直…コンラッドとは会いたくなかった。
返事はまだいいと言われたが、逃がさない発言があるので、彼の顔を見る度その事が頭をよぎり、自分の気持ちと向き合わなければならなくなる。
それは、左手の薬指を見ても同じではあるが。溜息が自然と出る。
“先手必勝”
サクラが意識せざるおえない状況は、意図的に作られたのだと、サクラは、その計画まで見抜けなかった。未だに気付いていないのは、幸か不幸か判らない。
「な、なによ、そんなことウェラー卿に言われたくないわよッ!女性の寝室に勝手に入って来てっ!!」
「俺はいいんだよ、婚約者なんだから、なんら問題はないよ」
「っ!?――えっ…」
「だからサクラと俺は婚約してるんだ」
「えぇぇぇ」
爆弾発言したコンラッドに向かって指を差しながら、信じられないっとびっくりしているオリーヴ。その後では、ラザニア達三人は黄色い悲鳴を上げていた。
「本当ですかっ!」
『あ、あぁ』
「そ、そんな…」
「そんな訳だから、退室願おうか」
肯定の返事を返すとオリーヴはまたも衝撃を受け、コンラッドはその彼女にドアに向かって笑顔で促す。
せっかく現れたサクラ。そのサクラといろんな会話をしたいしサクラを独占したい。何よりコンラッドに邪魔をされるのは癪だ!そう思っていたオリーヴはある提案をする。 今度は彼女の爆弾発言。
「ならっ、あたし、姫様の専属護衛になりますっ!」
『なに?』
「腕には自信がありますからっ!あたしをサクラ様の護衛にさせて下さい!」
『だが…』
「いいじゃないですか」
見た感じ軍服を着用しているから、軍人で何処かに所属しているはず。それを私が勝手に決めるのは頂けない…。
私が悩んでいると、意外にもコンラッドは賛成した。
「もともと姫様のサクラには護衛が付く予定でした。誰にするか決まってませんでしたが、彼女なら安心です」
――これで無茶は出来ませんよ。
コンラッドが進めるくらいだからオリーヴは余程強いのであろう。そしてまだ根に持っているのか軽く脅された。
『わ、分かった』
「っ!ありがとうございます!わたくしブレット・オリーヴは姫様の為なら命をかけてお守りさせて頂きます」
『…』
コンラッドからの脅しは聞こえなかった事にして、私の専属護衛にと肯定の返事をする。と、彼女は大好きな主人が帰ってきたワンコの様に嬉しがり、私にとって許されない言葉を放った。
『…貴様…命をかけてなど…』
「はいっ」
『命をかけてなど、軽々しく口にするなっ!命をかけるなど守った事になどならぬッ!!』
そう叫ぶと、室内が気まずい空間になった。だがそんな事を気にする余裕はない。
私は……前世の私は…命をかけて死んだのだ。何が命をかけて守るだ…それはただの自己満足である。実際守れたのか分からぬではないか……。
一護を思い出し、自然と出て来る涙を必死に堪える。
『残るのは虚しさだけではないかっ!』
忠誠とはそう言う物だと、誰かに仕えるのはそういう事なのかもしれぬが…それでもやはり許せぬ。
再びこの世に生を受けて残された側の気持ちを考えた時、なんとも言えぬ気持ちになった。
――庇われた一護は心に重い傷を受けたのではないか?
――残してきた部下達は悲しんだり困惑したりしてるだろう…。守りたかった彼等を私は誠に守れたのか?胸を張れる行為だったのだろうか。
『護衛なら…どんな危機的状況でも生きて、私と共に生きよう。――命を粗末にすることは許さぬ』
「!はっ、はいっ」
何かを感じてくれたのだろうか――…オリーヴは真剣なけれど、感極まった表情で私の言葉に頷く。
私の専属護衛に彼女がなるのなら、私が彼女、オリーヴを守ろう。
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こうして、また一つ守るものが増えた。
そんな濃い数日間だった。――思わず遠い目をしてしまう。
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