15-4



「っ、はっ、はあぁー。……重いな」


黒髪のおれが現われたって噂になる前に逃げたわけだけど……人がいないと、眞魔国へと帰るに帰れなくて。

街に入る前に、おれは黒髪をバイト中に被っていた青の帽子で隠して、瞳は村田からサングラスを借りて隠した。村田がナンパ目的のために髪と目を弄ってくれていて助かったと本当に思う。おれも、村田と一緒に染めてればよかった。後悔しても今更だけど。


「渋谷ぁー」


村田には、サングラスを借りる代わりに、コンラッドが調達してくれた上着を渡しておいた。

海パンにエプロン姿の……一見裸エプロンにしか見えない格好で街を彷徨くのは変に目立ってしまう。それに恥ずかしいだろうと思ってのおれの親切心。


「なんでこんなこと」

「まずはお金を溜めないと」


呑気だった村田だったが――…彼が唯一文句を垂れたのは、お金を稼ぐべく日払いの重労働をしていた時だった。

ここの港は、貨物船が頻繁に出入りしていて、人手も足らないのか、見るからに子供で怪しいユーリと村田を簡単に雇ってくれて。とりあえず、ここから眞魔国へ帰るお金を稼ぎたかった。

村田は知らないだろうが……ここは日本でも外国でもない。地球すらないのだ。異世界なのだ。よって、使う通貨も違う。




「金さえあれば、眞魔国に…。コンラッド…」


――あんた達に会えるまで頑張るからな!


荷物を船から降ろして運ぶ作業は、重労働で一つ運ぶだけで息が上がる。おれ…これでも体鍛えてるのになー…と、若干落ち込みながら……おれは抱えていた荷物を隅に降ろして、溜息を吐く。

コンラッドとサクラとの別れ際のあの光景を思い浮かべ、筋肉痛でぷるぷる震える拳いに力を入れた。

次にコンラッド達に会ったら、村田を友達だって紹介してやるんだ。こちらの世界に村田がいたらサクラもきっと驚くだろう。


「地獄の沙汰も金次第ってね」


落ち込みそうになった思考を前向きに展開させて、ユーリは明るい声を発した。


「にしても…」

「なんだかお年寄りもばかりのような…」


村田も横で運んでいた荷物を置いて、働く人々を見渡しているのに気付き、村田の視線を辿り、こいつが言いたかっただろう言葉を引き継いだ。

そう何を隠そう。港で働いている人達は、おれと村田を除いて、全員がお年寄りなのだ。恐らく六十は過ぎていると推測する。


「んーみんな体はすごいけど」


お年寄りだからと侮ってはいけない。おれだって筋トレしてるけど、荷物をせっせと運ぶ男達は皆、見事な筋肉質な身体をしていた。

どうやったら、あんなに筋肉がつくのだろうか?魔族組で例えるならば、ヨザックくらいの筋肉の持ち主ばかりで。おれの口から羨望の吐息が零れた。

そうこうしている内に、昼食にありつけたわけなんだけど――…、



「あーやっと休憩だよー」

「ここへ来て初めての食事にありつけたね、渋谷!一時はどうなるかと思ったけど、僕たち結構ツイてるね」



おれの気苦労を知らない村田は、むしゃむしゃとサンドイッチを食べていて、思わず半眼で見遣る。

似てねぇ三兄弟の長兄みたいな深くて長い溜息を吐きそうになった。村田が悪いんじゃないから、我慢したけどね!

サンドイッチは、街に住んでるおばあさんが作って来てくれて、支給してくれたんだ。まだお金を手に入れてなかったから、御昼は食べれないと思っていたので、かなり嬉しい。



――ん?


「見かけん顔だなー。新入りかい?」


視線を感じて右を見たら、白髪の筋肉質のおじいさんが横に腰をかけたので、筋肉に見惚れながらコクリと頷いた。

おじいさんもサンドイッチを右手に持っていて、彼は、お年寄りなのに身体だけじゃなくて、声までハスキーで若かった。

その美声を耳にして、どこかで聞いたことがあるような気がして首を捻ったが――…おれの気のせいだろう。と、頭から追い出して、気になっていたことを尋ねる。


「…あの、ところでここは一体?」

「あぁ!?お前ら自分たちがいるところも知らねぇのかい?ここはギルビット商業港。小シマロン領カロリア自治区の南端だよ」

「シマロン…聞いたことがあるような」


ギュンターかコンラッドが、なんか言ってたような……気が…、いや、ギュンターからの勉強で聞いたのか?………思い出せない。


――こんなことになるならちゃんと勉強しておくんだったッ!!


「(こんな時サクラとコンラッドがいてくれたら)」

「ギルビットっていうと、英語ではギルバートかな?」

「……あれ!?お前なんで言葉が通じんのっ!?」


村田まで、おじいさんの話を聞いてるとは思わなかった。てっきり、村人の会話なんて聞き取れないと思ってたのに。

おれだって最初は言葉が通じなくて苦労したっていうのに……アーダルマッチョになんか頭の中を弄られて会話が通じるようになったおれに比べて、何故村田が異世界の言葉を話せるんだ!訊いてないぞ!

そう言えば、サクラも村田みたいに難なく会話出来てたなー。何で?サクラも何も言わなかったから、今の今まで気付かなかった。


「それはこっちが訊きたいよ」

「どうして渋谷はドイツ語がペラペラなわけ?野球以外にも特技があったなんて知らなかったな」

「ドイツ語?お前はドイツ語を喋ってんの?」


――ドイツ語ッて!え、てっ…おれは今ドイツ語を話してるわけッ!?こちらの世界の言葉は、ドイツ語なのか!?

有名進学校に通う村田健の進言により、新たに知らされた事実に、おれはぴかッと目を見開かせた。ってことは…サクラも実はドイツ語が話せましたってオチ?

サクラも村田とは違う偏差値の高い学校に通ってるって訊いたし……何だよ、おれの周り頭の良いヤツばっかじゃん。脳味噌、筋肉で出来てるおれとは違う。



「ところで、おじさん。こんな重労働、お年寄りばかりなんです?若い人は?」


おれを間に挟んで、今度は村田がおじいさんに質問をした。

問われたおじいさんは、「若いもんは、みーんな兵役に行ってんのさ」と答えてくれて。

彼の白が混じった髪は――…若い時は綺麗なオレンジ頭だったのだろうと窺える、所々オレンジの毛が白の中で揺れていた。ユーリは、ふわふわと揺れるおじいさんの髪から視線を落として、小首を傾げる。


「へいえき?」

「シマロンが戦争を始めるつもりなんだ」

「…………ぇ、」


“戦争”の二文字に、思考が停止した。


「魔族と戦うのさー」


おじいさんは、嫌になるねーと零していて、ひやりと心臓が冷水を浴びたような錯覚に陥って――…そんなおれを余所に、教えてくれたおじいさんとはまた別の、嫌悪の色を纏った男性の声が聞こえた。

目だけを動かせば、白髪のおじいさんの隣にグレーの髪をした…白い御髭が立派な五十歳くらいの男性がいて。彼と視線がかち合う。

衝撃を受けたおれは…、横に座っていたおじいさんが、グレー頭のおじさんを見て目を剥いていた事に気付かず。

いきなり現れた彼が“魔族”と、はっきり口にしたのに、おれは横に村田がいることも忘れて、ただただ現れたおじさんを凝視していた。頭が正常だったら、フォローの一つでも入れたと思う。


――魔族と戦うって…そんな…。

硬直するユーリに、おじさんは目を細めたのだった。五十過ぎくらいのおじさんの瞳は、右目が金で左目がブルーのオッドアイで、奇妙なその色に、息を呑んだ。


「……わたしらカロリアの住人は戦なんて嫌いなんだがね……でも自治区と言ったって、所詮は小シマロンの領土」


初めて見る瞳に目を見開かせたユーリの反応に、男はオッドアイの目を更に細めた、が、何も知らないユーリと村田に言葉を付け加えてくれた。

そしてどうやら彼は、ユーリとおじいさんとの会話を耳にしていたらしい。おじいさんはオッドアイのおじさんに説明を任せたのか、食事を再開させてサンドイッチを咀嚼していた。


「小シマロン…」

「……そのまた上の大シマロンから、兵力を出せと言われれば、逆らえんのさ」


与えられる情報に、おれは納得した。だから…港には、高齢者しかいないのだ。

若い男は戦力になるから、掻き集められて無理やり戦地に送るつもりなのだろう。戦争とはそういうものだって、いつかサクラが話していたのを憶えている。

この港はカロリアの土地だけど、小シマロンの配下で、更に小シマロンの上に大シマロンがいる。普段は使わない頭を必死に働かせて、理解した。

大シマロンと小シマロン、それからカロリアの人間が魔族を潰そうとしている…ってこと?







「人間ども……いえ、人間達の国でまたしても不穏な動きがあったのです。間者からの情報によれば……恐ろしい、非常に恐ろしい凶器に手をつけたとのことで……」

「とにかく、おぞましい物なのです。その箱を開ければ、遠い昔に封じられたありとあらゆる厄災が飛び出し、この世に裏切りと死と絶望をもたらすという」



おれは、オッドアイのおじさんの話を耳にしながら、ギュンターの言葉を思い出していた。


「この世には消して触れてはならないものが四つある。人間達、しかも強大国のシマロンは、その内の一つを手に入れたんです。箱の名前は“風の終わり”。彼等の元に預けておけば、いつかは蓋を開けてしまう」

「無理ですよ。あの箱を前にしては、人間も我々魔族の力も歯が立たないんだ。交渉するにしても、変わりに提示するものがない、利のない話し合いを向こうが望むとは思えません」



コンラッドの感情を押し殺した声も、脳裏に蘇る。

名付け親の声はいつだって柔らかくて心地いいのに――…今、思い出せば、コンラッドもギュンターも厳しい顔をしていた。

二人に促されるまま、地球へと戻って次に眞魔国へと帰ってくる頃には、全て丸く治まっているのだろうと思っていた。どうやら事態は、考えていたよりももっと深刻のようだ。

コンラッドとギュンターとロッテがどうなっているのか、無事なのかすら知る術はないが、グウェンダルが一人で城にいたとしても、グウェンもおれが戦争反対だって知っている。

出会った頃のグウェンダルだったら、おれの意向を無視して戦争を始めたかもしれないけれど、現在のグウェンダルは違う。……違うと思いたい。

グウェンの事は信じてる。だが、魔族が戦争を始めようとしない方向に持って行っていたとしても、人間が戦争の準備をしているなんて。


…――何とかしないと本当に戦争が始まってしまう。


「っ」


ダメだ、ダメだッ!!戦争は絶対ダメだ。止めなくちゃ!

早く眞魔国に帰って、現状を知らせて、向こうがどうなっているのか確認して、無駄な戦いを止めなくちゃ。

今思えば、サクラは“箱”と訊いた途端、顔を険しくさせていた。ギュンターとの会話で、サクラが“箱”に関わっているのだと知ったからかどうかは知らないけど…サクラも、こうなる事を恐れていたのかもしれない。

だから教会に着いた時、様子がおかしかったんだ。



サクラとコンラッドがいない今――…おれがしっかりしなくちゃどうする。おれは魔王だろう、王なんだろう!

ユーリは自身にそう強く言い聞かせて、下唇を噛んだ。







(戦争なんてっ)
(おれは絶対に認めない!)




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