12-5



ビロン氏とヒスクライフさんが座っておるVIP席に、サクラとユーリ、コンラッドとヴォルフラム、グレタとレタスも六人は、始まるレースを見るべく仲良く座った。

サクラとユーリを挟むようにしてヴォルフラムとコンラッドが座り、前の席にレタスとグレタが席に着いた。


――ビロン氏の珍獣は何であろうか…?こちらはパンダで大丈夫なのか…。

私は眠気が限界なのを感じながらも、これから始まる賭け事のレースを見るため目の前の草競馬場に目を向けた。



ビロン氏が誰かに合図したと同時に、金管楽器の音が派手に奏でられ―――…レースが始まる。


「赤コースぅー、世界の珍獣てんこもり、オサリバン見せ物小屋所属ぅー、百六十七イソガイぃー、砂熊ぁー、ケイージーぃ!」


眞魔国側の動物の紹介もあり、


「うおー砂熊かよぉ!!」

「あの砂漠で人間食ってる砂がレースッ!?」

「砂熊かわいいー」


___会場は観客の驚愕の声に包まれた。


『(って砂熊って…凶暴な動物なんだよな?今、可愛いとか申したヤツ……強者だな)』

「いやその前に、紹介方法が競馬とかレース向けじゃないような気がね……ていうか百六十七イソガイって何? イソガイって何の単位?」

『私は磯貝は好きじゃないな』


湧き上がる会場に、乗り遅れた感が否めなくて、とりあえず思った事をポツリと零す。

ユーリの着眼点は、いつにもまして鋭く――どうでもいいことにツッコミを入れておる。…――流石だ。

後、私はアサリも駄目なのだ…アレは食べれぬとユーリに呟いたら、またも突っ込また。ユーリは好き嫌いとやらはないのだろうか…。


「えっ、イソガイって磯貝のことだったの!?違うよねッ、絶対違うよねッ!単位でしょ!何の単位なんだよ!?」

『……知らぬ。私が知ってるはずがなかろう』

「だよねー」


じゃあイソガイって何…。ユーリは小首を傾げた。

太陽も上に上り、ポカポカ陽気で――私の眠気をより一層誘う。……もう寝ても善いであろうか…。勝てばいい方向に話は進むであろうし、負けてもコンラッドがおるから、私は何もしなくとも善いであろうし…。ねむい、激しく眠たいぞ。

ユーリの横で、サクラは頭をこくりと動かした。


「青コースぅー、世界に名だたるルイ・ビロン氏所有ぅー、二百一イソガイぃー、地獄極楽ゴアラぁぁぁぁー!」


…――地獄極楽ゴアラッ!?

私はむくりとゲートに目を向けた。ゴアラ…コアラではないのか!?


「うおー地獄極楽ゴアラかよ!主食は誘拐という地獄極楽ゴアラかよぉー!!!」

「すげえもん見せてもらえそうだな」

「ぶら下がらないときゃ悪魔ってやつだろ?ゴアラって」


そして観客のどよめきから、ゴアラがどんな動物か情報が入って来る。


『(あっ悪魔…。……誘拐!?)』

「主食は誘拐じゃなくてユーカリなんじゃないかな。にしてもゴアラってのはどんな動物なんだ? しかも地獄極楽って仏教用語だし……」

『ユーリ…ここは地球でないからユーカリは…存在しないのでは……。しかもあれゴアラ?』

「あれのどこが地獄極楽なんだろ」

『……コアラだ、あれはデカくなったコアラだ』


きっとそうだ。

私達の眼に映ったのはまさにコアラをパンダくらいにでかくした巨体で、風貌はコアラだ。つぶらな瞳でふさふさな毛並みにでとても可愛らしい。……――是非に触ってみたいものだ。

コアラに似た地獄極楽ゴアラは、ゲートから木ごと運ばれて、必死に木にしがみ付いておる。きょとんとした瞳が何とも言えぬ可愛さだ。


「あちらは地獄極楽ゴアラか」

『知っておるのか?』


見惚れていたサクラは、ヴォルフラムの呟きに、ユーリの隣に顔を向けた。


「ぶらさがっている時は天使で、木から落ちると悪魔――…」

「よく見ていると楽しいですよ。いわばジキルとハイドってやつです」

『コンラッド…よくその小説知っておったな』

「ええ、知識だけは」

『ふ〜ん…。それよりもゴアラとやらは可愛らしい…。あのふさふさの毛並みを触らしてはくれぬだろうか』

「やめた方が…」


うっとりした表情を浮かべたサクラに、止めるのも可哀相だけど…コンラッドは苦笑した。サクラが望む事は叶えてあげたいけど…その願いは危険が伴うから、無理だ。

ユーリもサクラの言葉に深く同意した。あんな可愛いのにレースなど……。逆に心配になってしまうぞ。砂熊は凶暴であるし。

二人はすっかりぽんと、コンラッドとヴォルフラムが言ったジキルとハイドというワードを忘れていた。


二人の心配を余所に、可愛らしい顔立ちのゴアラはレースに備えるべく、木を引きずってきた人間二人に地面へと落とされた―――…と、途端ゴアラの性格が豹変。


「ゴアァー!」

『っ!?』

「こっ、こわ」


あの可愛さから考えられぬほど眼は吊り上り、口から大量の涎を垂らして、両腕を振り回し始めたではないか。…怖ッ!!

信じられなくて何度も目をこすり、コンラッドに止められる。

私は、ぶら下がってないと悪魔になると言っておった、観客とコンラッドの言葉を思い出した。あれのセリフは…木から落ちるとこうなると指しておったのか。


「ねっ、言ったでしょう?ジキルとハイドってね」

『……言い得て妙だな』


――ジキルとハイド。薬を飲んでしまった登場人物が二重人格になってしまうお話である。

普段は可愛らしく無害なゴアラが、木から落ちると、豹変してああも凶暴になると。

こちらには……はかりしれぬ生き物が多くて、頭が追いつかぬ。サクラとユーリの二人は、あまりの変わり様に、遠目になった。


「大丈夫かなライアンと砂熊ケイジ。あんなんに追いつかれたら食い殺されそうだよ」

「うーん、地獄極楽ゴアラは肉食獣ですからね」

『肉食獣…』


それはつまり…誘拐した人間を食しておるってことかッ!?砂熊と言い……珍獣は人を食べるとか怖すぎである。

そう考れば――…ライアンは砂熊にとって餌なのに、その餌であるライアンが砂熊であるケイジを調教しておるのだよな……改めて考えると凄いなライアン。


「昨夜、俺はライアンに退職金を渡しに行っていたんですが」

『!!?』

「あ、女じゃなくて男のとこに行ってたんだ」

『みたいだな』


突然、何やら切り出したコンラッドに、サクラとユーリはお互い顔を見合わせて、ふ〜んと頷く。

二人に遊び人の落胤を押されている気がして、頬が引き攣るのをグッと堪え続きを紡ぐ。


「……そこで見た光景といったら、それはもう、この世のものとは思えないような。なにせ砂熊とライアンが起居を共にしていたんですから」

『あー本来ならば餌だもんなライアンは』

「それ、片付けられない女達の部屋と、どっちがすごい?」


私もコンラッドも、ユーリの問いには答えぬかった。――ユーリってば天然。サクラは人の事を言えぬのにそんな事を心の中で思っていた。

お互いの珍獣も揃い、各動物がスタートラインに。


『やっと始まるのかー』


ゴアラを見て興奮からの頬の熱も、徐々に冷め、席にくたりを座りなおすと、またも眠気が舞い戻ってくる。

観客の熱気と、太陽の穏やかな温かさで、体はポカポカしておるのに、頭までポカポカして来て気持ちよくなって来た。本格的に眠い。

一周して、私が今座っておる目の前がゴールらしいから、そんなに時間もかからぬだろうと、己に言い聞かせるのだが――…欠伸が止まらぬ。


『(レース、レース、賭け事、かけごと……)』


――賭け事と言えば……。昔、それも私が零番隊隊長だった頃――私の大好きな苺大福をどれだけ食べれるか気になって、隊を上げて、隊士と大量の苺大福を食したことがあったなー。

零番隊長の名をかけて私が勝利したがな…如何せん食べ過ぎて、しばらくは苺すら見れぬかった。

自分の部下、副隊長の竹本薫は、私が甘味を食べれなくなって、仕事もはかどると喜んでおったのが……酷く悔しくてな。


「サクラ?眠たいのですか?」

『んー…』


コンラッドが何か言ってるけど、私の眼は二匹の走り出す動物をぽけ〜っと映していて、あー…思考が定まらぬ〜…。


『苺大福が…』

「苺大福??」

『ぅ、ぬ…』

「(可愛い)」


ぼーっと眠気眼なサクラを見て、あどけない仕草に、コンラッドは頬が緩んだ。

そしてさり気なく、こくりと頭を前に傾けるサクラの前髪を触って、傾いた彼女の体を自分へと寄せる。柔らかそうな頬もツンツンと触ってみた。

対するサクラは、コンラッド苺大福知らぬのか…と驚いたわ〜なんて虚ろにぽけぽけ笑っていた。


『苺、が…餅の中に……なー、』


――こう包まれておって…。


『白い……ぬー勝ったのだ!』


私は支離滅裂になっておると自覚せずに、ぼそぼそ右隣に座っている婚約者に喋っていた。

右から感じるコンラッドの温もりと、爽やかな匂いに包まれて――自然と瞼が閉じる。コンラッドの隣はどうしてか安心する。外で寝たりなんかしないのに……コンラッドの温かさに、眠気が誘う。


『大、福が…迫って………薫が……』

「(……カオル?)サクラ、カオルって誰ですか?」


もう半分眠っているサクラに、コンラッドは尋ねずにはいられなかった。婚約者の口から出たのは、前に一度耳にした“カオル”という男の名前。

地球とやらにいるサクラの近くにいる男の名前かもしれない。自分の力で地球へと行けない自分では確かめられない上に、サクラに近づく虫を駆除することも出来ない。

コンラッドは歯噛みする思いを押し殺して、殺気が出ないように、いつもと同じ声音を保って尋ねた。


『……か、おるはー……』

「カオルは?」


周りは始まったレースに、奇声や歓声の声で煩いのに、コンラッドの耳はサクラの言葉を拾おうとそこに集中していて、サクラから目が離せない。

様子が変わったコンラッドに誰も気付かず――…ユーリもヴォルフラムも、ケイジを一生懸命応援していた。


『零の……』

「ゼロ?」


そこまで言って、サクラは肝心な所で眠ってしまった。

コンラッドは続きを訊けなかったことに、はぁぁぁっと息を吐き出して、顔を手で覆う。


――訊いてどうするつもりだったんだ、俺は…。でも、その答えが、俺が一番知りたいサクラが隠している事実に関係している気がしてならないんだ。

だから彼女に尋ねてしまった。サクラは面と向かって、訊いてきてもいいっていってくれたのに……意識が半分ない状態のサクラに尋ねた。反則したみたいで、コンラッドは自嘲気味な笑みを手の下で浮かべた。


「(サクラが途中で寝てくれてよかった…)」


次は、ちゃんと本人に尋ねよう。

答えが知りたいのに、知ってしまったらサクラが遠くに言ってしまいそうな――そんな気がして、今も答えをしることがなくホッとしている自分がいる。


…――俺は怖いんだ。サクラが俺から離れていくのが――……。


「サクラ…」


コンラッドは自分の左肩に頭を乗せて眠っているサクラの顔を見つめる。 惜しみもなく太陽の下で晒している彼女の艶やかな黒髪を優しく撫でた。


『…も、』

「ん?…も??」

『もー……た、べれ、ぬ…』

「ぷッ、(どれだけ食べたんだ、苺大福)」


サクラが当たっている箇所が温かくて、心地いい。波立っていた心も穏やかに――。

それはサクラも思っていたなんてコンラッドは知らなかった。







(あれ、コンラッド見ないの?)
(え…あぁ見てますよ)
(見てるって…サクラを見てんじゃん!)



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