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 第十話【体調不良】





リハビリステーションとは、温泉の事だった。


『温泉』

「楽しみだね!」


温泉と訊いて、テンションが上がらぬ日本人は少ないであろう。かく言う私も、温泉と訊いてワクワクしていた。

この船の行先はシルドクラウト。眞魔国と海を隔てて向かい合うヒルドヤードの港街。目的の温泉地は、そのヒルドヤードに隣接している。


「遅いぞユーリ!」

「……な、なんで?」

『デジャブ!!』


毎度の如くユーリと私は変装をして、船に乗り込んだのだが――…待っていたのは、ぷりぷりしたヴォルフラムだった。

なんだろう…前もこのような事があったようなー…。

口を引き攣らせるユーリの横で、私は半目でヴォルフラムを見遣った、船酔いするくせに。


「ボクはお前の婚約者だから、旅先でよからぬ恋情に巻き込まれぬように、監督指導する義務がある! そうでなくともお前ときたら尻軽で浮気者でへなちょこだからなッ」

「……へなちょこ言うな」

『ははは、どんまい』

「どんまーい」


口を引き攣らせるユーリに、レタスと一緒になってからかう。と、ヴォルフラムの吊りあがった眼差しとサクラの視線がかち合う。


「サクラッ、お前もだ!ちょっと目を離すとすぐに姿を消すからな。ボクが目を光らせていないと! 全く!!ユーリ共にへなちょこなヤツめッ」

『えー』


前科があるので、何も言い返せぬ。


「ははは、どんまい」


さっき私が彼に言った事と同じ言葉を、ポンと肩を叩かれながら、ユーリに言われた。


『ははは…ユーリも』

「ははッ……」


ユーリと共に、ヴォルフラムを連れて来たコンラッドに、半目で見つめる。…――余計な者まで連れて来たな!と。

だが、コンラッドは二人の視線に負けぬかった。


「すいません、この調子で押し切られてしまって」


微塵も悪いと思ってないような爽やかな笑みで、そう言われ、二人で白い目で溜息を吐いた。


『(諦めようぞ)』

「(うん、そうだね)」


実は、最近サクラとあんまり話せていない事を不満に思ったコンラッドが、船の中くらいは一緒にいたいと思い、ふんぞり返ったヴォルフラムを見て護衛の保険としていないよりはマシかと、弟を連れて来たのだ。

コンラッドの企みは――…誰にもバレる事はなく明るみには出なかった。流石コンラッド、計画的。 別に、陛下であるユーリの怪我の心配より、下心を優先している訳でない事をここに明記しておく。

あわよくば…サクラと二人っきりになれたらいいな〜と思うぐらいで。




「あたし、船に初めて乗るぅー」

『あんまり身を乗り出すな、落ちるぞ』

「それよりも俺は、陛下の作戦のほうが衝撃でした。 トランクの中に女性を隠すなんて、醜聞まみれの役者みたいですごい」

『…まあユーリらしいがな』

「ええ」


はしゃぐレタスの横で、吐瀉物を吐き出しているヴォルフラムを尻目に、サクラとコンラッド、ユーリの三人はある一点を見つめた。


「完璧だと思ったんだけどなー」


温泉へ目指してのちょっとした旅行は――…五人ではなく、六人だ。 最後の一人である、赤毛の女の子に視線が集まる。

ユーリは船に乗る際、大きなトランクの中に人をいれていたのだ。

中身を知らされていなかったコンラッドを始め、サクラとヴォルフラムは、中身を確認して驚愕した。



「暗殺者じゃないですか!」

『……やるな』



コンラッドとサクラは吹き出し、ヴォルフラムは憤慨しておったが。


「信じられない、見張りに何て言ったんだか!」

「親子水入らずで話したいって」

「それじゃ認めたも同然だ」

『見張りって…どやつだった?オリーヴの隊だったろう』

「うん。でもオリーヴじゃなかったよ」


――そりゃあそうだろう…。オリーヴにも内緒で出てきたのだ。

見張りがオリーヴだったら、金魚のフンの如く、この場に当たり前の様にいる筈だ。サクラの護衛だから仕方ないのだが。


「ロッテって言う男の人と、もう一人知らない男の人がいたけど。おれが親子水入らずでって言ったら、サクラもその場にいるのか訊かれて、うんって答えたらすんなり引き渡してくれたー」

「オリーヴの隊は、サクラ至上主義ですからね」

『――なぬ?』

「はは、隊長がオリーヴならそうなるよね」

『……知らぬかった』


今回の遠出は――…ユーリが置手紙をするって言ってたから、私は、置手紙など置いて来ぬかった。 だが、グウェンには一言申してきたから――…大事にはなっておらぬだろう。

サクラはそこまで考えて、安心したようにふわりと笑った。



『晴れて、ユーリがあの子をご落胤だと認めたようなものだな』

「だから――…」

『これで、私もあの子に処罰を下すことは出来ぬな。 貴様のご落胤だから』

「……ぇ」


サクラの放たれた言葉に、ユーリは目を丸くした。どういう事か訊こうとしたが――…


「いったいどこまで間抜けなんだ。 どこの世界に命を狙ってきた犯人と仲良く旅するやつがいる?」


若干、顔を青くしたヴォルフラムに大きな声で罵られて、そっちに意識が向いた。

理解してくれたコンラッドとサクラと違って、反論の姿勢を変えないヴォルフラムに、ユーリは頬を膨らませた。


「ここの世界に一人。悪かったな間抜けで。けどさ、どうしておれを殺そうとしたのかも。誰から徽章を貰ったのかも聞き出せてないんだぜ? 自分がなんで小学生に狙われたのか、知らないままでいられるか? おれは駄目、おれはちゃんと聞きたいの。なのにまだ名前も聞けてねーの」


確かに命を狙われた身としては、理由を知りたいのだろうが…、ユーリ忘れてはおらぬか、貴様は魔王だぞ。

王ってだけで、理由もなく命は狙われる。外部からも内部からも。…本人には直接注意したりはせぬけど、少しは警戒して欲しかったりする。


『(まあ…だが、コンラッドがいるから大丈夫だろう)』

「なあ、名前なんていうの? 名字がNGなら下だけでも」


私も、赤毛の女の子に視線を見遣る。

トランクの中から、ユーリが出してからずっと膝を抱え込んで、座りこんだまま。…流石に、気になる。


「なあ名前ェ、教えないと勝手に見た目で呼ぶぞ? 即席麺とかマルチャンとか、って言っても西武のマルティネスのことじゃないけどね」

『……うぬ?』


様子が可笑しい。…――女の子の吐息が荒い。



『……』

「サクラ?」


恐がらせぬように、女の子の前まで回り込んで、額に手を当てる。と、女の子の額から己の手の平に熱を感じた。


『熱。熱があるな。…――立てるか?』

「熱ッ!?」


小麦肌の肌が熱のせいで、赤くなっている。辛そうに顔を歪ませておる女の子の頬を撫でて、ポンポンっと頭も撫でた。

頭を撫でられた女の子は、何かを言うのも辛いのか、ぼんやりと私と目を合わせるだけで、何も言わぬので――…私は無理やりその子を抱き上げて、背後に立っていたコンラッドと、驚いておるユーリを見遣る。

早く休ませなければ。


「風に当たりすぎたのでしょう」

『……うぬ』


抵抗する気力もないのだろう、女の子はぼんやりと焦点の合わぬ目で海を見ておる。

もう一度額に手を当てる。


『(海風は肌寒いからな…。後で、こっそり治療しよう)』

「じゃあ温泉に入れないんじゃないの!?」

『うぬ…それでころではないだろうな。……――確か、その温泉は“一日浸かれば三年長生き、二日浸かれば六年長生き、三日浸かれば死ぬまで長生き”が、歌い文句だったな』

「ええ、よく効くんですよ。 瀕死の重傷を負った俺の父親が、そこの湯を飲んで回復したって話ですからね。 俺自身利き腕の腱を痛めたときに、半月滞在して完治させました。 捻挫の後の踝の強化なら、十日もすれば前以上に丈夫になるのでは」

『ほぉ〜』


お湯の成分に何か秘密があるのか?そのお湯を持ち帰って成分を調べたりして善いだろうか。アニシナに調べて貰って、似たような装置を作って貰おう。


――儲かるかな。って、いかんいかん、早く女の子を室内で休ませなかればならぬと言うのに。


「いいねえ前以上。 じゃあ肩まで浸かればロケットアームになれるかな。 頭まで潜れば知能指数も上がるかな?」

「今のままで充分ですよ」

『…早くこの子を』


話が逸れておるユーリ達に、再度急かそうと口を開いたサクラだったが、それよりも早くコンラッドがサクラを見て軽く頷いてくれて。


「とにかく、二晩眠ればシルドクラウトだから、船室で大人しくしていましょう。 発熱中の子供もいれば、例によって船酔いの大人もいるし」


そう、促してくれた。

護衛で名付け親なコンラッドに絶対の信頼を寄せているユーリが、素直に船内へと向かっている背中を一瞥して――…そう言えば、レタスは何処に?と、疑問に思って、周囲を見渡す。

レタスは、吐瀉物を海に吐き出しているヴォルフラムの横で、海の底を覗こうと船から身を乗り出しているトコであった。







(レタスーゆくぞ〜)
(は〜い)
(ちょっと、待て!…うぷッ…)
(ボク、を、置い、て行、くなー!!)



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