パシャー。

機械音が聞こえて振り向けば、哲が塀の上の猫を携帯で撮っていた。相変わらず写メるの好きだなと呆れながら、私もその姿を撮ってしまう。

パシャッ

「ん?」
「写メってる哲を写メってみた」
「うん」

パシャー

「なんでそこで私を撮るのさ」
「…なんとなくだ」
「変なのー」

珍しく野球部の朝練が無く、通学路でばったり出くわした私達は一緒に登校することになった。言っておくけれども、付き合っているわけではない。哲とは小学校からの馴染みというだけで、特別親しい友達で別段好きとか付き合いたいとか思っていない。
まぁ、一時期はそういう気持ちもあったけれども、風のうわさで『結城は野球部引退するまで恋人つくらないらしい』という話を聞いて諦めた。
そんな最初から結果がわかっていて玉砕しに行く女子が何処にいますか。
それっきり私は彼と『親しい友達』の関係を徹底している。

彼の好きなものも、好きな事も、好きな野球選手も、全部全部知っている。最近は写メを撮る事にはまっているらしい。何気ない会話の中で教えてもらった。「なまえは結城君と付き合ってんの?」なんて聞かれれば「いや、友達歴長いだけだよ」なんて言えることが、何でもない風を装っても内心自慢であって嬉しかったりする。

そんな嬉しさが、ある日突然消えた。

急遽寮へ泊り込みになった哲へ、彼のおばさんに頼まれて忘れ物を届けに来た。流石に部屋には行けないので食堂に行って哲を呼び出そうと思った。が、いざ食堂に着けば中から騒がしい声が聞こえてきて、どうやら丁度食事中なのだろう。探す手間が省けたと思いドアに手を掛けると、中から一際大きな声が聞こえた。

「あー!!リーダーの携帯に女子の写メがある!!」

携帯と聞いて、どきっとした。いや、でも、哲じゃないだろう。彼女つくらないって言ってたし。

「まじか哲ー!!」
「ヒャハハハ見せてくださいよ、哲さん!彼女?」
「違う」
「え、同じ子の写メ何枚もある。ちょっと引くね。好きなの?」
「……」
「ちょっとお兄さん、リーダーへこんでますって!」
「…まぁ、好きだ」

わいわいと盛り上がる高校球児たち。

そうか、それは哲の話なのか。

好きな子いんじゃん。つか何それ。そのフォトフォルダはその子の写メで埋まってんの?どんだけ好きなんだよ。ちょっと引くんだけど。きっと野球部を引退して落ち着いたら、その子に告白でもする気なんだね。お堅い系男子だと思ってたけど、やるじゃん。あー、自分が馬鹿らしい。
窓の向こうでもみくちゃにされている哲が見える。照れながら携帯を取り返そうとするのに必死で、キャプテンの威厳が無くなっている。馬鹿みたい。

もうどうでも良いや。

戸に手を掛けて開ければ、一斉に視線が集まった。

「哲。これ、おばさんから。忘れ物」
「え!あ…あぁ。あの、」
「じゃあね」
「!おい」
「何?」
「いや、その…」

部員に押しつぶされた哲が、珍しく口ごもる。
そうだよね。あんな話を友達に聞かれていたら恥ずかしいおね。ましてや好きな子の写メが何枚も保存されているとか。

「あぁ、さっきの話?聞こえてたよ。好きなで子いたんだ。哲もただの野球バカ馬鹿じゃなかったんだね。早く告っちゃいなよ。応援してるよ」

驚くほどすらすらとでできた言葉は、間を置かずに哲に向かって飛んで行った。最後は上手く笑えていただろうか。
後ろ手でドアを閉めると、胸のあたりが、ずくん、と痛んだ。嫌な気持ちがめちゃくちゃになって込み上げてきて、体の外に出すまいと思い下唇を噛んだ。ここには居たくない。早く帰ろう。
上手く足が上がらないけれども、何とか自転車までたどり着かせる。自転車をこいで帰る力も無くなって、仕方がないので手押しで帰る事にした。が、

「みょうじ!!」
「……何?」

なんで来るのさ。しかも、携帯片手に来るだなんて。空気読めよド天然。

「あのな、…って!な、何故泣いて、」
「泣いてません」
「泣いているだろ」
「…うれし泣きですよ。哲がね、女の子を好きになる日が来るなんて思ってなかったからね。野球バカ卒業おめでとう」

顔は見せられない。

「お前、勘違いしてないか?」
「してないよ。哲の携帯には好きな女の子の写メが沢山入っているんでしょ?」
「…沢山じゃない」
「でも入ってるんでしょ」
「入ってはいるが、その……」

ちらりと視線をあげれば、口元を片手で隠して俯く哲がいた。何それ。なんて顔してんのさ。

「はっ、赤くなってるし!めっちゃ好きなんじゃん。もう隠さなくて良いよ」

思い切って顔を上げれば、真っ赤になって視線を地面に落としている哲。ずくん、とまた胸が痛くなって、スカートを力いっぱい握りしめた。

哲の好きな子は誰だろう。スカート皺になっちゃうな。どうして私じゃなかったんだろう。皺になったらクリーニングに出さなきゃ。もっと早く告白しておけば良かったのかな。代えのスカートあったっけ。
今の気持ちと、痛みを押さえつけるために考えた別の事が頭の中を行ったり来たりする。他の事を考えないと、今度は本気で泣きそうだった。
ぐちゃぐちゃしたものを頭や体中を駆け巡って、どうにも手が付けられない。哲はさっきのまま硬直していて、もうこれ以上何も言えないのかもしれない。じゃあ私、ここに居る必要ないじゃん。

「ごめん、もう行くわ」
「待て!」
「じゃあね、おやすみ。」
「入っているのは、その……なまえの…写メ……です」

は?

背を向けた途端に小さく告白された言葉に、思わず振り返ってしまった。哲は、一層真っ赤になってこっちを真っ直ぐ見ていて、ばっちり目が合うと携帯の画面を私に見せた。
で、そこに写っていたのは、まっすぐ携帯を構えて笑っている私。

いやいやいや。私?

「え…え?」

哲の携帯を奪いとると、そこに確かに私が居た。しかも、今朝哲に撮られたやつだ。そのまま画面を一つ戻してファイル画面を開けば、覚えのある私の写メが何枚かあった。
青道に入学した時に哲と並んで撮ったもの。哲が野球部に入部した時、記念にユニフォーム姿を撮った時に撮られ返されたもの。1軍昇格の時にマックを奢ってあげて、その時にふざけて写メの撮りあいをした時のもの。全部、覚えのある写メ。

「え、しかも全部私?」
「うん」
「好きな子の写メは?」
「だから、それだ」
「私?」
「うん」
「哲が好きなのって、」
「なまえだ」

哲から私の名前が紡がれると、途端に気恥ずかしくなった。というか哲、開き直って真っ直ぐ見つめてくるし。
哲の携帯に入っている女の子の写メは私で、哲の好きな子は、私…。で、私は勘違いをして勝手にぐちゃぐちゃしていた訳ですか。

「ばっば、ば!ばーか!私だって哲が好きだ!ばーか!!」
「馬鹿で構わない」
「哲のばーか!何で私の写メいっぱいあんのさ、変態」
「…すみませんでした」

あ、自覚はあったのか。しゅんとする哲が可愛い。
でも、実は哲と私はお相子で、私は自分の携帯のフォトフォルダを開いて哲に見せた。

「わ、私だって哲の写メいっぱいあるけどね」
「本当か!?」
「喜ぶなし」

それから、晴れて恋人同士になった私たち。困ったことと言えば、しょっちゅう野球部に冷やかされる事。あと、哲が今までより頻繁に写メを撮るようになった事だ。



*****

あとがき

哲さんの写メる姿が可愛くてかいてみたのですが、またもぐだぐだに。いまいちキャラが掴みきれてないですね。つか、好きな子の写メ沢山あるとか、私でも引くわと今更気付いた。隠し撮りでないだけマシか。
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