俺の師匠が、と話す私の友人は、野球推薦で入学した沢村君で、うちの両親の田舎が長野だという事から仲良くなった。授業中に寝てるし、いびきは変な音だし、ちょっと馬鹿だけれども、内気な私によく話しかけてくれる明るくて優しい人だ。
最近の話題はクリス先輩という3年生の野球部の先輩で、何があったか知らないけれど沢村君はその先輩を師匠と呼んでいる。あまりにも先輩の話題が多く、頻繁に師匠、師匠と言うので、とうとう私の中でも先輩の名前は師匠になった。
師匠はアメリカ人のお父さんと日本人のお母さんとのハーフで、沢村君曰く男の自分でも惚れるほど男前らしい。が、意外と口元が可愛い。背も高くて体格も良くて、優しくて面倒見も良い。野球を一番知っているし実力もあるけれども、肩を怪我しているので一軍には入れなかった。でも沢村君が一軍になれたのは全部師匠の教えの賜物で、師匠には頭があがらないらしい。
きっと素敵な先輩なんだと思う。
まぁ、話に聞くだけで会うことはないだろうと思っていたのだが、ひょんな事から私は野球部と関わりを持ってしまうことになった。

「…あ」

自宅に帰って明日の課題をしようとした時だ。数学の教科書が2冊鞄に入っていた。誰のが紛れ込んだのだろうと思い裏を見れば、案の定、隣の席の沢村君のだった。確か、彼は寮生だったはず。夜も遅いし持っていこうか迷ったけれども、この課題は教科書がないとできないと思う。沢村君は特に。
時計を見れば20時。
学校は近いし、パッと行ってすぐに帰れば問題ないだろう。

「おかあさーん。ちょっとコンビニ行ってくるー」

もうお風呂に入ってしまたし、制服には着替えたくない。校舎に入るわけではないし私服でも大丈夫だろうと思い、ルームウェアから簡単に着替えて向かう事にした。
自転車に乗ってペダルをこぎ出せば、初夏と言えども夜風はまだ冷たい。カーディガンでも羽織れば良かったとちょっと後悔してしまう。
10分程で学校に着くと、付近にあるという青心寮を目指して向かった。高校生の寮なんて見るのは初めてだけど、きっと大層なものなのだろうと勝手にイメージしてみる。でも<青心寮>と書かれた門を見つけた時は、あまりの普通さ…アパートっぽさにちょっとがっかりしてしまった。
部屋は沢山あるようだけど沢村君が何処の部屋か知らないし、知らない人の部屋をいきなり尋ねるのは失礼だ。さて、これからどうしようか。と、悩んでいた時に、一階の大きな窓が並ぶ部屋に灯りがついているのが見えた。近づいてみると、沢山の男子が食事をしている。どうやらここが寮の食堂らしい。ここなら急に尋ねても大丈夫だろう。
男子だらけで少し怖いけれども、勇気を出して戸をノックした。

「どーぞー」

と声が聞こえて戸を開けると、皆こちらを凝視した。そりゃあそうだろう。こんな遅くに寮の食堂を訊ねる部外者なんて、そうそういないのだもの。

「あの、沢村君と同じクラスのみょうじといいます。沢村君は居ますか?」
「あー、ごめんね。あいつ今部屋に居んだわ。呼んでくるからちょっと座って待ってて」

眼鏡をかけた人がそう言って、外に出ていく。座ってって、何処なら座っても良いのだろう。辺りを見回すと、見覚えのある桃色頭が見えた。あれは多分、

「みょうじさん。こっちおいでよ」
「小湊君!良かった、知っている人がいて」

周りの視線を振り切るように彼の元へ向かうと、近くには同じクラスの金丸君も居た。小さく挨拶をして小湊君の隣に座る。

「こんな遅くにどうしたの?危ないよ」
「うん。沢村君の教科書が私の鞄に入っていたから、届けにきたの」
「え?明日でも大丈夫だと思うけど」
「でも教科書無いと難しい課題みたいだし、迷惑かけちゃうと思って」
「優しいんだね」
「そんな事ないよ。それに家も近いから、大したことじゃないよ」

なんて会話をしているうちに、沢村君が走ってきた。

「うわ!悪ぃ、みょうじ!!」
「こっちこそごめんね。何でかわかんないけど、紛れこんでたの」
「いや、ほんっとごめん!!まじで助かったわ。教科書なかったら、クリス先輩に教えてもらおうかとおもってたんだ」
「くりす先輩?」

どこかで聞いたことあるような名前に、私は首を傾げた。沢村君からよく話を聞いていた気がするけど、誰だったか思い出せない。誰だっけ。野球部の先輩でキャッチャーで…

「あぁ、ちょっと意地悪だけど優しいとこもある眼鏡の、」
「ちげーよ。それは御幸一也。しかもかなり意地悪だぜ、あいつ」
「沢村ー、オレ、先輩だってーの!」

ぎゃはははと皆が笑って、向こうでさっき沢村君を呼びに行ってくれた眼鏡の、御幸先輩が怒っている。

「沢村。お前先輩には敬語くらい使え。それから課題くらい自分で頑張れ。自分でできなかったら教えてやる」
「心得ました!」

突然沢村君の後ろから出てきたのは、いかにも運動部!という感じの体格の良い人で、大きな手で沢村君の頭をぐりぐりと撫でた。ふっと小さく笑った口元がアヒル口みたいで、体格に似あわず可愛いと思ってしまった。しかもハーフのようなイケメンな顔立ち。この人モテそうだな。でも、あれ?なんかこの人知ってる気がする。

「ク、クリス先輩!お疲れっス!!ほら、みょうじ、この人がクリス先輩だ」

そう言って紹介されたその人は「滝川クリス優だ。後輩が迷惑かけてすまない」と言って手を差し出してきた。思わずその大きな手を掴み握手をする。
そこで、はっとした。ハーフで、男前。意外と口元が可愛い。背も高く体格も良く、優しくて面倒見も良い。

「!!師匠!!」

この人が師匠か!分かった途端に掴んだ手を両手で握ってしまった。

「へ?」
「みょうじさん?」
『ぶっ…ぶわはははは!!』
「クリス先輩の、で、弟子が増えた!」

一斉に笑い出す他の人たち。何故?と思ったけれども、一瞬考えてからハッとした。

「すすす、すみません!ししょ…クリスさん…」
「いや…まぁ、気にしないから。でも今度からは、名前で呼んでもらったほうが有難いな」

そう言って苦笑する先輩は男前というよりハンサムで、思わずどきりとしてしまうなんだ、これは。
先輩は名前で呼んでもらった方が有難いと言ったのだけれども、家に帰って<クリス先輩>と呟いてみれば思いのほかどきどきしてしまい、きっとこれからも私は彼を<師匠>としか呼べないのだと思った。

明日は師匠のどんな話が聞けるのかと思ったら、学校が待ち遠しくなった。



*****

あとがき

クリス先輩の夢小説ってどこにありまつか?と思い彷徨い着いた果てが、自分で書くしかない…でした。続きそうな予感がします。
クリス先輩もっと増えろー!!
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