音楽室でのひととき


「マスターは、さ」

不意に言葉が聞こえて、私は指の動きを止めた。
同時に音楽室の中は全くの無音になった。
窓の外から聞こえる運動部の掛け声が聞こえなかったら、この空間だけ外部から切り取られたんじゃないかって、そう思ってしまうほど。
鍵盤から顔を上げれば、何時の間にやら霊体化を解いていたらしい私のサーヴァントが窓辺の椅子に腰を落ち着けていた。
窓から差し込む夕陽の色が、彼女の赤い髪をより一層濃くしていて、幻想的で、少しだけ見惚れてしまった。
そんな私の様子に気付いてないのか、ブーディカはサッシに肘をついて、いつもの優しい笑みを浮かべて続けた。

「好きなんだね、音楽」

「は、」

突拍子もない言葉だった。
目を白黒させる私を見て、ブーディカは微笑んだまま腰を上げて歩み寄って来る。
彼女の履いているブーツが、音楽室のフローリングでコツ、コツと音を立てて、なんだかそれが心地良い。
グランドピアノの縁に組んだ腕を置いて、私を見詰める彼女。
一つに纏められた髪はよく見れば少し乱雑に切られていて、生前の彼女の経歴を思い出させる。

「あたしが召喚されてからで、一番嬉しそうにしてる」

「そうかな」

うん、と彼女は答えた。
囁くような優しい声色は、聞いているだけで頭がフワフワしてくる。
女の子は、砂糖とスパイス、あと素敵ななにかで出来ている。なんてどこかで聞いた歌があったけど、多分ブーディカの場合は違うんじゃないんだろうか。
スパイスなんか混じってそうにない。砂糖100%だ。そうに決まっている。
微笑み掛けられれば心が温かくなるし、一つ名前を呼ばれれば上せたように頭が浮足立ってしまう。
そんな彼女を構成している物質にスパイスなんか入ってる訳がない。素敵ななにか、は分かるけど。

「……うん、ピアノは好き」

あと絵を描いたりするのも好き。綺麗なものはなんでも好き。
そう言えば彼女は少し驚いたようで目を見開いた。
どうかした?と聞けば、ブーディカは首を横に振る。

「生前、そういう子と関わりがあってね。似てる、って思っちゃった」

「友達?」

「まさか。個人的には嫌いじゃなかったけど」

肩を竦める彼女は苦笑い。
誰のことを言っているのかはさっぱりで、私の頭にはたくさんのはてなマークが浮かぶ。
けれど彼女の生前と言うと、決して興味本位で探っていいものではないから、私はそこで、そうなんだと会話を打ち切った。
自然、音楽室には静寂が訪れて、なんだか気まずい私は指を動かす。
音楽室に広がる音に、気持ちよさそうに身体を小さく揺するブーディカがちょっと可愛く思えた。

「ね、マスター」

「なぁに?」

今度は指を止めずに返した。
ブーディカもそれに嫌そうな顔をしたりせずに続ける。

「この戦いが終わったらさ、ブリタニアのためになにか弾いてよ」

「なにかって?」

「あたしは音楽はよく分からないから、なんでもいいかな」

そういうのが一番困る。なんて夕食のリクエストを子どもに聞く母親のような言葉が頭に浮かんだ。
そこまで話して、曲が終わって、私の指も止まった。
彼女の顔を見上げる。悪戯っ子みたいな、茶目っ気のある笑顔を浮かべていた。

「私が生きてたらね」

皮肉に笑って返してやった。
私が身を投げたのは、そういう戦いだから。
いつ死んでもおかしくない、魔術師同士の殺し合い。
凛に比べたら大した才能もない私が生き残れるなんて、正直に言って思えない。

「生き残るよ」

一つの迷いもない声が、辺りに響いた。
ブーディカは真っ直ぐな瞳で私を見据える。

「君はあたしが守るから」

強い、芯の通った言葉で、はっきりとそんなことを言われたら。

「……ブーディカってずるいね」

「あ、照れてるの?」

「っさい!」

熱のこもった頬が夕陽に照らされる。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、なんだかこの戦争にも勝てそうな気がしないでもない。

 

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