好きなんだもの


ヒーロー。
今や若者達の憧れであり、目標でもある職業。
働きに応じて国民から名声を、政府からは多額の褒賞金を得る職業。
そんなヒーローになるには、資格を取得する必要がある訳で、
ヒーロー科というのはつまり、そのための勉強をする学科のこと。
そして、その国内最難関と言われるのが、国立雄英高等学校である。

私はそこの教師の一人。ヒーロー科の日本史担当。
本名は苗字名前。
ヒーローとしてのコードネームは…大した活躍もしていないので覚える必要はないだろう。

「こういった流れで、最後の得宗が自害して鎌倉幕府が滅亡したという訳です」

そう続けて板書に入った。
幾らヒーローの卵とは言え、彼らは高校生。
しかも毎日午後の授業はヒーロー基礎学と来ている。
動きの少ない座学なんかでは船を漕いでいる生徒も珍しくはない。
ないのだが…。

「…今日は皆どうかしたの?」

今日はなんだか様子がおかしかった。
まず、誰も眠たそうにしている生徒がいない。
居眠り常習犯の上鳴君も、芦戸さんも起きている。
けれど皆なにか気まずそうと言うか、居心地悪そうな顔をしてこちらを見ていた。
その頬には気のせいでなければ若干の赤みが差している。

「季節外れの風邪かなにか?」

そう訊ねるも、皆座りが悪そうに苦笑を浮かべた。
普段そんな顔をしない飯田君や轟君もだ。
いや、峰田君だけはニヤニヤというような、ギラギラとも言えるような表情をしている。
なんにせよ、なにが理由かは分からないけれど。
なんだか、私だけ事情を飲み込めていないのが少し心寂しい。

「…? よく分からないけど、お大事にね。今日はここで終わりです」

頭に疑問符が幾つも浮かぶが授業終了のチャイムが響いてしまう。
釈然としないまま、教材を片付けて職員室へと私は戻った。
はて、皆身体は鍛えているはずなのにこの暑い時期に風邪など引くだろうか。

職員室。自分の机で課題のチェックをしている時の話。
同じ教員であり、ヒーローとしては先輩でもある香山先生が私の隣だ。
コーヒー片手に机に着く彼女に、私はお疲れさまです、と声を掛けた。
にやり、と笑う香山先生。
いや、ニヤニヤといった表現の方が正しいだろうか。
その表情の意味が分からず、私は訊ねる。

「…なにか顔に付いてますか?」

「顔じゃなくて、鎖骨の辺りかしらね」

「はい?」

ますます意味が分からず、首を傾げる私。
堪えられないとばかりに噴き出すと、
香山先生は自らの鎖骨を人差し指の腹で軽く叩きながら、
私に手鏡を差し出す。
未だに話が飲み込めないが、そのサインに従って、鏡に自分の胸元の辺りを映した。
その瞬間、耳まで赤くなる私の顔。

「……な、」

ワイシャツから覗く、日に焼けていない肌。
そこにポツンと存在している、鬱血の跡。
所謂、キスマーク。
瞬時に理解した。
彼女が愉快そうに笑っている理由も、生徒達が恥ずかしげに曖昧な笑みを浮かべていた理由も。
そして、それを付けた犯人も。

「昨日はお楽しみでしたね、とでも言おうかしら?」

クスクス笑う彼女に、更に体温が上がる。
キスマークつけた教師なんて、私はなんてことを…!
犯人に対する怒りと自分に対する羞恥でもう、頭は真っ赤。
とにかく、今日一日はなんとかワイシャツのボタンを第一まで付けて凌ぐことにした。

そして、帰宅。
雄英からそう離れていない距離にある、
そこそこ良さげなマンションが私の家だ。
玄関の扉を開ければ、見馴れたローファーが先に並んでいる。
今日私を羞恥に陥れてくれた犯人は、どうやらノコノコと自首しに来てくれたようだ。

「一佳っ!」

声を荒げて、リビングへの扉を開ける。
勝手知ったる他人の家とはまさにこのこと、
ソファーに寝転がり、雑誌を読んでいる犯人に、
私はズカズカと歩み寄った。

「お帰りー」

「おかえり、じゃないでしょ!」

どういうことだ、とボタンを開けて胸元を露出する。
私の肌から見える赤い痕。
これを付けたのは間違いなく、彼女だ。
動じた素振りも見せず、飄々としている彼女に間違いない。

「一昨日に付けたのに、気付くの遅くない?」

ヘラヘラと笑う彼女。
教師として、こう言うのはなんだが、少し殺意が湧いた。

拳藤一佳。
一年B組の学級委員長。
無論、私が日本史を担当している生徒の一人だ。

読んでいた雑誌を畳んで起き上がる彼女の向かいのソファーに私も座る。
黒革の、落ち着いたデザインが好みのものだ。
クッションは一佳が好きなオレンジと赤。
本当は白と黒で合わせたかったんだけど、
どうせなら明るい色だと彼女が推すから根負けした。

「キスマーク付けて学校行く教師なんていないでしょ!」

「いるじゃん、ここに」

怒る私に、悪びれる素振りも見せない彼女。
普段はよく気の行き届いた子だけれど、
何故か私の前ではこういった悪戯をしでかすことがある。
いやまぁ、悪戯にしては過ぎるけど。

「…付けるのは構わないけど、見える所はダメ」

「なんでさ」

私が頑なに拒絶すると、一佳は拗ねたように頬を膨らませる。
不思議なところで子どもっぽいところがある子だった。
いや、私の前ではそう振る舞っているだけなのか?

「ただでさえ雄英なんて全国に注目されてるんだから。
幾ら自由な校風とは言え、あんまり悪目立ちしてるとー」

その先に続く言葉は、言わずとも分かるだろう。
ちぇっ、と小さく舌打ちして一佳は私の隣に腰を降ろす。
スリスリとすり寄る彼女は、飼い主に匂いを付けてマーキングする猫を彷彿とさせた。
全く、こんなのが世間様に見つかったらどうなることか。
幾ら手を出して来たのが向こうとは言え、一佳は未成年で生徒。
私は成人してて、しかも彼女の先生だ。
ヒーローとしての私も、ヒーローの卵としての彼女もきっと許されないだろう。

「そんでさ、名前。物間の奴がA組にー」

それでも、まぁ、好きになっちゃったんだから仕方ないと言うか。
人間、自分の心に嘘は吐けないと言うか。
彼女が、この愛しい人が格好良いヒーローになるまでは傍で見守っていてあげたいなぁ、なんて思ってしまう。
あぁ、いっそのこと、ヒーローなんて、教師なんて、辞めてやろうか。

 

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