2024/5/11
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深海からさしのべる


手に入れたばかりの情報を頭の中で反復しながら帰路を急ぐ。人目につきにくいところまで来てあの不思議な力を使えば、見慣れた洞窟の中だった。滝の裏ということもあって、薄暗くてジメジメしている。

「早かったな」

突然、後ろから声がした。濁ったなかにどこか少年の無邪気さを秘めた、そんな声。私が慕い、仕えている方だった。

頬に熱が集まり、それが耳まで届くほど伝わっていく。未だに、この感覚には慣れない。ここに光源がなくてよかった、みっともない表情を見られずに済む。

「イカヅチ様。降りてきていらっしゃったのですね」
「ああ、少し気になることがあってな。それより、もう調べはついたのか」
「ええ。思っていたより簡単でした」

まさかバディポリスのセキュリティがあれほど脆弱なものだとは思ってもみなかった。これでよく国家を守るだなんて大それたことが言えたものだ。

私はここで、イカヅチ様のもとで働いている。正確には、協力していると言った方がいい。同じような立場の祠堂くんやサハロフさんのように表立って動くことは滅多になく、自分の持っている技術や能力を活用して情報を手に入れるというのが私の役割だった。

「祠堂とは大違いだな、お前は」
「彼は彼なりに動いてくれていますから。それに、私と彼らでは成功率が段違いです」

私が行っていることはハッキングやスパイといったような他人との干渉が少ないものばかりで、邪魔もされにくい。対して祠堂くんたちは任務のだいたいにファイトを含む。実力だけでなく運も必要だし、失敗が多いのも頷ける。

……まあ、一度として成功したところを見たことがないのは置いておいて。

というかさすがにあの電撃は受けたくなかったから、失敗する訳にはいかないというのが第一だった。サハロフさんは例の力でガードしているけれど、女の子だからといって容赦はされていなかったから。いつもまともに受ける祠堂くんを見て、こうはなりたくないなと思っているのは私の心の中に留めておこう。

「それより、何か他にやるべきことはありますか?今からですと例のカタナワールドの角王を調べることもできますが」
「いや、いい。とにかく今日はここにいろ」
「わかりました」

お言葉に甘えて、奥のわずかに明るいところまで歩いてからそこで一休みする。ひときわ大きな岩の向こうでうねるヤミゲドウに一礼をすると、表情なんてないはずなのに不思議そうな顔をされた気がした。

こうして休んでいると、足がむずむずしてくる。何もしないことがこれほど嫌になるなんて。

仕方ないからいつも持ち歩いている手帳を開こうとすると、それは上から伸びてきた手に奪われた。

「もういいって言っただろ。今日くらい休め」
「ですが」
「働きすぎだ。……張り切るのに否定はしねーが、そのせいで足が付いちゃ意味が無いからな」
「……申し訳ありませんでした」

迷惑をかけてしまったのだと、少し落ち込んだ。せっかくこれほど大層な役割をいただいたというのに、もしかしたらそれを無下にしていたかもしれないのだ。

「謝ることじゃねえよ。何も本当にそうなった訳でもないしな」

そのままポン、ポンと軽く頭を叩かれる。いや、撫でられるといったほうがいいくらいに優しく。

「俺様もお前に頼りすぎた。すまなかったな、あまりにもなまえが優秀だったから色々とさせてしまって。負担だっただろ」
「そんなこと……」

確かに、ここへ来ていろいろなことをさせられた。その仕事量は並より少し多いくらいだったけれど、何せ内容が内容だ。正直に言えば辛いものだった。
それでも頑張れたのは、
「イカヅチ様のことが好きだから、イカヅチ様の役に立ちたかっただけなんです」

気づいたときにはもう遅い。口から出てしまった言葉をなかったものにすることなんてできなくて、あまりに気恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなった。

冷静を装っているように見えてもお互い動揺しているようで、現にどちらも口をパクパクとさせて何かを言おうとしているのに声は出ていない。どうしてこんなに唐突に、好き、だなんて言葉を使ってしまったのだろうか。私らしくもない、色恋にうつつを抜かすだなんて。

「それは、その……どういう意味だ」
「……深い意味なんてありません」

やっと声が出るようになったかと思えば、これくらいしか話せない。ああ、好きという言葉には恋愛感情以外の意味もあるんでしたっけ。それなら別に問題はない……と割り切れたらどれほどよかっただろうか。

「そうか。じゃあ、勝手に解釈するぞ」
「構いません」

別に格段意識してほしい訳でもないし、敬愛としての好きでも間違ってはいない。とにかく、もう言ってしまった以上どうしようもないのだから、どう受け取られようが自分が関与できることではなかった。

なんて言い聞かせるかのように思考を巡らせていると、ふいに目の前が暗くなった。その少しあとに、額に柔らかい感触を感じる。かすかに冷たくて、それでいて熱い。矛盾しているかもしれないが、本当にその通りだった。

あたりはひんやりとしているのに、触れているところや額にかかる吐息は熱を帯びている。どうして。
ゆっくりと、熱が離れていった。

「これは、その……褒美だ」

顔をそらしながら話すイカヅチ様。心なしかその頬は赤く染まっている。何が起こったのか認識できず立ち尽くしていた私だったが、やっと今分かった。

キスを、された。

骨ばった指が、私の唇に触れる。人差し指を一本、まるで内緒というジェスチャーのように。

「ここにするのはまた今度、な」

はい、とはにかみながら返事をすれば、ほんの少しだけ笑ったように見えた。初めて見るその優しい表情に、落ち着いたはずの鼓動はふたたび駆け足になった。



ミーシャさまより
・イカヅチ様のために頑張る夢主
・褒美をくださるイカヅチ様
とのリクエストでした!ミーシャ様、リクエストありがとうございました。イカヅチ様を書くのは初めてでしたが、わかりやすいリクエストのおかげですらすらと書くことができました。一番甘くできたと思います(当社比)。
夢主ちゃんは諜報員的な仕事を担っているイメージ。無意識のうちにイカヅチ様に惹かれていたけれど、彼もまた夢主ちゃんのことを気に入っていて特別に思っている感じです。イカヅチ様だってまだまだ少年ですから。

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