2024/5/11
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うつくしい最期は悲劇ではない


じり、と足を擦る音がした。

まるで剣道の試合でもしているかのように、2人ともが刃物を持ち向き合っている。鋭く光るそれからは、柄までも冷たい感触が伝わってくる。

もう、お終いにしよう。

そう言ったのはどちらだったか、もはやどうでもよかった。気づけばお互いが包丁を手に持ち、その時を待ちわびていた。

「来ないの?」

挑発するように話しかけると、ソフィアは伏せ目がちになった。そのおかげで長い睫毛がより強調されている。

「あなたが来たら」

少し間を空けて返事が来る。困ったな、これじゃいつまで経っても拉致があかない。自分から進んで刺しに行けるほど度胸はない。

ちらりとソフィアのほうを伺うと、刃先をじっと見つめていた。彼女の白い肌と銀色のそれはとても似つかわしく、美しかった。

一瞬だけ、その白が赤く染まる様を想像した。透き通った青色をした瞳と真紅の組み合わせが肌に映える。いつも感情を表に表さないソフィアの顔が歪むのが快感に思えた。

「じゃあ、私もソフィアが私を刺してくれたら刺すよ」
「それはできない。あなたが私を刺す前に、あなたが倒れるから」
「私はそんなに柔じゃないんだけどな」

そう茶化すと、彼女は話すのを止めてゆっくりと歩み寄ってきた。どうやら覚悟を決めたらしい。こうでもしないと本当に近寄ることができなかったなんて、皮肉だ。

もう一度包丁を持ち直す。随分と距離を詰めたソフィアの包丁が、私のそれに触れた。こつん、と可愛らしい音がした。峰が当たったらしい。

「……どうして」
「言っておくけど峰打ちを狙った訳じゃないよ。ただ、なんとなくだから」

なんとなく。私の原動力の大概はこれだった。ソフィアと一緒にいるのも、学校に行かないのも、こうして刃物を持ち向かい合うのも。何を考えているかわからないのではなく、何も考えていないだけ。彼女はそれを見破っていたけれど。

「あなたの事だから、そうだろうとは思っていた」
「やっぱり分かっちゃった?さすがだね」
「ふざけないで」

どう軽口を叩いてもすっぱりと切られてしまうのも慣れっこだ。こんな状態であっても、彼女は何も動じない。なんとなく、負けた気がした。
それが悔しくて、足を一歩引いてからソフィアの喉元に刃先を突きつけた。

息をするのでさえ躊躇われるような空気が流れる。何も言わないソフィアに対し優越感を感じていると、私の胸元に別の刃先があった。それを辿れば、やはり彼女の腕だった。

「このまま手を動かしたら、どうなるんだろうね」

言葉で煽ったけれどすぐに反応はない。

「分かりきった事を聞かないで」

どことなく険のある言い方をされて、思わず肩を落とす。まったく動じないソフィアを見て、この子には敵わないなと思った。

「じゃあ、」

後に続く言葉は敢えて言わなかった。だって言わなくても分かるから。そんなことに時間を費やすくらいなら、はやくしたほうがましだ。

ソフィアの手を払い、抱きしめるかのように左手を彼女の肩に回す。そのまま引き寄せ身体をくっ付けると、ようやく腹の辺りに痛みを感じた。それと同時に、右手からじんわりと伝わる柔らかい感触。もう、お互いに声は出なくなっていた。


できることなら、次会う時はもっと早く分かり合えたらいい。ああでも、こんな関係も耽美で素敵だ。そう考えながら、混ざりあった血液に身体を穢していった。



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