2024/5/11
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僕の隣の指定席


私の隣の席に座る、ひとりの男の子。くせっけの強い髪と年齢の割には低い声が特徴のその子のことが気になって、授業中、なんとなく退屈な時はこっそりと隣を見るのが私の密かな癖になっていた。

見た目と態度のせいでよく誤解されるのだが、彼はあれで案外真面目な性格をしている。腕を組んだり肘をついたりすることこそあれど、授業は本当に真剣に聞いているようだったし、他のクラスメイトと比べて優秀なのも頷ける。中等部2年で最も強いファイターだからと言って慢心することもなく、常に上を目指し鍛錬を続ける姿も、何度も見てきた。
そんなことを考えている私も、きっと彼が隣の席にならなかったらこんなこと知る機会もなかっただろう。


きっかけは、授業中に行われたファイトでのことだった。授業の一環で隣の人とファイトをすることになったのだが、当然学年トップの荒神くんに私ごときが敵うわけもなく、見事に惨敗した。そんな私の姿を見て彼は、鼻で笑うのでも見下すのでもなく、いいファイトだった、と言ってくれたのだ。さらに、アドバイスまでくれた。

私のファイトスタイルや戦略は悪くないが、それに合わせてデッキを少しいじってみるのはどうか、と提案してくれた。時間も手持ちのカードもあったからかもしれないが、その日の放課後にはデッキの調節まで付き合ってくれたのだ。正直それまでは怖くてなんとなく近寄りがたいと思っていたから、その日を境に彼を見る目が一変した。自分でも情けないことだとは思う。

その後も数回接する機会があったのだけれど、やはり彼は「いい人」なのだと思い知らされた。面倒見がいいというか、兄貴肌なのだと思う。この間も初等部6年だというかわいらしい男の子が彼を訪ねに来ていたし、荒神くんを慕う後輩は多そうだ、と勝手に考えた。


委員会が長引いて、つい遅くなってしまった。親に連絡はしてあるものの少し急ぎつつ教室においてあるはずの荷物を取りに向かう。教室のドアを急いで開けると、意外な人物がそこに座って……ではないかもしれないけれど、とにかくそこに彼はいた。
私の席の右側の机、その席に、突っ伏すようにして荒神くんが眠っていた。

急いでいたとはいえつい音を立ててドアを開けてしまったことを反省する。詳しいことはよくわからないのだけれども、彼も疲れているのだろう。現に今日もいくつものファイトをこなしてきたそうだし、何故か彼は生徒会の人たちとも関わりがあるようだったからそっちかもしれない。

何はともあれ、彼のこんな貴重な姿を見られて、私は心なしか浮かれてしまっていた。荒神くんは常に険しい表情ばかりしているから、眉間の皺がない状態の彼を見るのはこれが初めてだった。

普段の表情で分かりにくくなってしまっていたけれども、本当はとても端正な顔立ちをしていることなんて、このクラスのなかでも私以外に誰が知っているのだろう、なんて考えた。ちょっとだけ誇らしげな気分になり、我ながら変だと思う。

「……誰だ」

すると、私の存在に気が付いたのか彼が目を覚ました。

「ごめんなさい、起こしちゃった?でももうこんな時間だよ。」

「お前は」

「隣の席のなまえ。私も今から帰るところ。」

「……そうか。礼を言う。」

「礼なんて、そんな。あ、本当に行かなきゃ。門閉められちゃう。」

「そう、だな。」

少し寝ぼけ眼の彼を見つつ、意を決して持ち掛けてみる。

「荒神くんが良かったら、校門まで一緒に行かない?」

すると、数拍空白があったのち、返事が返ってきた。

「悪いが、遠慮しておく。俺はこいつの力を借りて帰るんでな。」

そう言いながら彼が指差したのは、彼のそばにいつも付き従っている一羽の鳥。もちろんただの鳥ではない。彼、荒神ロウガのバディであり、れっきとしたダンジョンワールドのモンスターだ。

「ああ、そっか。ごめん。じゃあ、また明日。」

「……ああ。」

残念だという気持ちを隠すのと合わせて、またね、という意味を込めて手を振ったけれど、彼は返してくれなかった。さすがに、それは抵抗があったのかもしれない。


次の日、寝坊して遅刻寸前に学校へ着いたけれど、荒神くんはまだ来ていなかった。珍しいなと思いながら、その日の授業を受けた。だけど、何時間目になっても、次の日、また次の日になっても、彼は来なかった。あれから5日後のホームルームで、担任の先生から彼が急遽転校したことを聞かされた。


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