2024/5/11
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こんなはずじゃなかったのにね



近代的な建物の中だというのにやけに古びた一角、その部屋というには整っていないところに、私は閉じ込められていた。
ここには窓もなければ時計もないから、今の時刻どころか朝なのか夜なのかもわからない。ここへ連れてこられてどのぐらいの時間がたったのだろうか。もうずっと、長いことここにいるような気がして、今にもどうにかなってしまいそうだった。

すると、どこかからドアの開く音が聞こえた。この辺りでこんな音を立てて開く扉は、あの奥のものしかない。というか正確には、扉のようなものはあれどもあれ以外を開くときはもっと人がやってくると思うし、それに何よりさらにうるさい音が上がることになるはずだ。

こつり、こつりと床を蹴る音がする。見回りだろう、そう考えてそのまままるで何も構えてなどいませんよ、という風を装う。警戒されると何かと面倒なのだということは、ここへ入ってきてすぐに知ることになった。

さっさとその足音が通り過ぎないかと思いながら隅を見つめていれば、近づいてきたその音がぴたりと止んだ。何があったのかと思いつい通路のほうを向けば、ある一人の男の人と目があった。
どうやら、これがさっきまで聞こえていた足音の持ち主だったらしい。その青く長い髪を結った青年の顔をようやく認識したとき、私は柄にもない声を上げそうになった。

「なまえ、さん……?」

懐かしい声が、私の名を呼んだ。そう、この声は、この呼び方は、まさしく彼だ。あの日、幼い頃に出会った、忍者に憧れる男の子。成長してあのころとはすっかり体つきも変わってしまったけれども、私の名前を呼ぶその声は確かに斬夜そのものだった。

「やあ、久しぶり、だね。」

「……書類に目を通していたら、あなたの名前が目に入って。まさかそんなはずは、と思いながらここへ来てみたんです。」

子どもの頃の私の前に現れたヒーロー。それが、彼だった。決して良い親とは言えなかった私の母親に憤怒し、必ずあなたを守り抜きます、と言い放ったあの時の彼の真剣な表情が今と重なる。
結局礼も言えないうちに引っ越すことになってしまったけれど、母からの理不尽な暴力を耐え抜くことができたのは彼のその言葉のおかげでもあった。

「どうして、こんなところに?」

「こんなところ、ってそっちが入れておいてひどい言い草だなあ。そう言うならもっと環境改善させてよ、せめて時間ぐらいは分かるようにしてくれないといい加減気が狂いそうだよ。それとも、犯罪者には生存権さえも保証されてないってわけ?」

「……丁度その房に置いていた時計が壊れてしまって、今は代品もないので戻ってくるまで仕方がなく置いていないだけです。そんなことより今は」

「うん。私、犯罪者だよ?」

あっけらかんとそう言い放つ。というか、冷静で優秀な頭脳を持つ彼でなくとも、書類を見たのならばそのくらい分かったはずだ。私が罪を犯した者であるということ、そしてその罪はバディポリスの管轄に含まれるものだということぐらい。
というか、そうでなければ誰がこんな場所に好き好んでいるものか。

「どうしてですか!」

「どうしてって言われても……」

「あなたはあの母親とは違うんじゃなかったんですか?!それなのに、こんな」

「同じだよ。血は争えない、ってことだよね。」

彼のその端正な顔立ちが崩れ、戸惑いと絶望が表れる。少し気の毒だと思いながら、ざまあみろ、とも思った。温かい家庭でぬくぬくと成長してきた人間に、私、いやこの檻側にいる人たちの気持ちなんて分かるはずがないのだ。

「それじゃあ、あの時の僕の言葉は、一体」

「うん、あれには感謝してるよ。でも、もう時効じゃない?それに、犯罪者なんて守りたくないでしょ、新進気鋭のバディポリスさん。」

そろそろどいてもらおうかな、と言いながら、懐からカードを一枚取り出す。ずっと私以外には分からない場所に潜ませていた、私の本当のバディ。

「雪代。斬夜を何とかして。それと、そのまま脱出しちゃおう。」

バディであるくノ一の力を借り、彼の動きを止める。そのまま、上手いこと房の鍵を開く。案外あっさりと開かれてしまったそれに拍子抜けしつつ、彼の横を余裕で通り抜けた。

「そんな馬鹿な、あなたのバディは既にこちらで管理しているはずです!」

「本当、バディポリスってお粗末な体制だよね。モンスターを使った犯罪を取り締まる専門機関だっていうくらいなら、もっとまともな警備にしないと。あはは、こちら側からの警告なんて聞く機会滅多にないでしょ?置き土産替わりにご参考までに。それじゃあ、バイバーイ。」

彼が来た時のまま半開きになっていた入口の扉を潜り抜け、外へ向かう。後ろから声がしたけれど、聞こえないふりをした。こんなところで再会するなんて誰が予想していたのだろうか。こんな、思いつく限りでも最悪のかたちで。

何はともあれ、やっぱり私と彼とでは生きる世界が違うのだということを改めて実感しつつ、そのまま空へと飛び出した。


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