2024/5/11
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君との未来が欲しかった


「なまえ、君は、バベルの塔の逸話について知っているかい?」

そう、世間話でもするかのようにキョウヤさんは言った。いや、呟いたというほうがより近いのかもしれない。

世界中の人々が同じ言葉を使って話していたころ、平野に移り住んだ人々は塔を建てようとした。それも、天高くまで届く、とっても高いもの。その塔を主体に町をつくり、有名になることで人々が世界中に散り散りになってしまうことを防ごうとしたのだ。
そして、その町を見た神様は彼らに何かされてしまうことを恐れ、彼らの使う言葉をそれぞれ別のものに変えてしまった。お互いの言っていることが分からなくなってしまった彼らは、そのまま神様によってばらばらの場所に散りばめられてしまった。

それが、聖書の中に記されているバベルの塔のお話だ。ともかく、内容が内容だし、深い意味がないとも思えなかった。

「創世記の中の一節ですよね。確か、11章。母がクリスチャンなので、聞かされたことがあります。」

急にどうしたんですか?と問えば、少しね、とはぐらかされた。キョウヤさんはよく、このようなことをする。意味ありげなことをさも今思いついたかのようなトーンで話し、深く尋ねればそれとなくごまかすのだ。その答えになっていない返答を、いったい何度聞かされたことか。

「文化の多様化の原点とも捉えられる箇所ですよね。そして、人間と神との埋められない違い。幼いころの記憶なので正しいか自信がありませんが……」

「そうだね、僕もそう思うよ。神はなんて残酷なんだろうね、こんなものを生み出して。」

こんなもの、が何を指しているのか、今の私にはわからなかった。ただ、神様を批判するキョウヤさんを見ながら、胸に下げた十字架のようなネックレスとの矛盾を感じていた。

「この話はやめにしよう。すまないね、突然話しかけてしまって。」

「構いません。もともと特段何かをしていたというわけでもないので、むしろ有難かったです。」

その瞬間、部屋に聴きなれた電子音がした。この音がすると決まってキョウヤさんは慌ただしくここを後にするのだ。普段の仕事とは違う、何か。もしかしたら新しいプロジェクトを立ち上げて進行させているのかもしれなかったが、その音が聞こえた時のキョウヤさんの表情はいつも、怖そうにも悲しそうにも見えた。
とても不思議だけれども、彼らしくもあった。決して内面の奥深く、本当に考えていることを悟らせないちから。それは、この方が生まれもった才能と、そして臥炎の御曹司という立場のせいもあるのだろうか。

「行ってくるよ。それじゃあ、あとは任せたよ」

「行ってらっしゃいませ、キョウヤさん。」


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