2024/5/11
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終焉の終点


臥炎キョウヤは、救世主になれなかった。ダークネスドラゴンワールドの扉を開けることも、この世界を子供の手で作り直すことも、何もかなわなかった。

「キョウヤ」

声をかけても、うつむいた肩からは何も返ってこない。早々に離脱してしまった私に、何を言われても聞く気はないのだろう。

「……ごめんなさい。私、こうなってしまう予感はあったの。だから、手を引いた」

「君に、何が分かるんだ」
「何も分からない、私はあなたではないから。でも、失望しているのだけは分かる」

目の前で蠢く闇のその奥をじっと見つめた。まるで彼の気持ちのように複雑でどす黒い色をしたそれは、光さえも吸い込んでしまうように見えた。

「これからどうするの」
「さあ。少なくとももう元には戻れないかな、総帥も辞めてしまったからね」

社交辞令のような質問に、模範解答が返ってくる。正直に言ってしまうと、彼以外に血縁者のいない臥炎家が、いや財閥が今後どうなるかだなんてもうどうでもよかった。

「あれだけ立派な財閥だというのに跡取りもいないまま放り出すなんて無責任だ、って言っているおじ様を見たけれど」
「言いたい奴には言わせておけばいいさ。仮に僕が辞めなくても、そいつは文句をつけてくるだろうから」

負け犬の遠吠えという訳なのだろう。もっとも、今まで社会的強者だった彼はこれからはその負け犬と扱われることになるのだけれども。それでもなお強者としての姿勢を崩さないのは、彼なりの強がりなのかそれとも元来の性格なのか。

「さすが、大財閥の総帥さま。人心掌握術の他にも色々なことを知っていらっしゃるのね、それも帝王学?」
「それは嫌味と受け取っていいのかな?」
「お好きにどうぞ」

ほんの少しだけ嫌味を込めて言った言葉は即座に見破られた。当然だろう。聡明な彼ならこのくらいはたやすいだろうし、この状況で褒められたら誰が聞いたとしても嫌味に聞こえる。
とはいえ、私は嫌味というよりも純粋に賞賛したほうが大きいのだが。

「……私、あなたの考え方は好き」
「そこで限定してしまうのは勿体ないなあ。僕のことは嫌いなのかい?」
「嫌いではない、と返せば喜んでくれる?」

困ったな、とさして困っていない様子で言う彼を見て、やはり一枚上手だと思う。これもすべて本心だというのに茶化されてしまっているのがわずかに憎たらしい。

「大人は汚れている、子供は清純だ。だから、何物にも染まっていない子供たちで、未来のある子供たちで新たな世界を作る。そんな考えに賛同したから、手を貸した」
「そうだったね。じゃあ、どうして突然反対したんだい」

「反対というより、不可能だと分かったの。真っ更な白い布ほど汚れが目立ちやすく、染まりやすい。今の社会は穢れすぎているから、本来清純であるはずの子供たちまで汚れてしまっていると悟ったの」

何でも競い合い、順位を付け、勝ちに執着させる。本来楽しむはずであるものを、争いの道具に仕立てあげている。馬鹿馬鹿しいと思った。

けれど、それは自分も、そして彼も同じだった。ファイトという場とカードという道具を用いて、両者の優劣を決定させる。確かにファイトの中には引き分けということもない訳ではないが、起こる確率は滅法低い。

そんな存在が、本当に新たな世界を作り上げられるだろうか?
貧しい頭で考えても、答えは一つだった。

「でもねなまえ、布に付いた汚れはすぐに処理すれば元通り白くなる。時間が経ってしまえば落とすことは難しくなるけれど、君のたとえを借りるとするならこんなところじゃないかな」

やけに家庭的なことを知っている、というのは一旦置いておいて考える。そうかもしれない、水やら薬剤やらを用いれば、付いてすぐのシミは大概を抜くことが出来る。今回も同じで、白い布が子供たちに、シミや汚れはそのまま、彼らを汚してしまうもの。


彼の理論はとにかく理詰めてくるほどに穴がなく、不気味な程だった。だから、一時とはいえど大衆が彼に傾いたのだろう。

「あなたは本当に子供らしくない。さながら黒色ってところかしら」
「お褒めに預かり光栄。黒は何物にも染まらない色だからね、統率者にはふさわしい色だと教えられたよ」

不吉な色だという教育は受けてこなかったのかと思う。喪服やらは黒色が主だし、奥底を表すこの色には恐ろしささえ感じるはずなのに。例えばそう、目下に広がる闇のように。

そういえば彼のバディは例の魔竜だったことを思い出す。ダークネス、つまり闇。彼にぴったりじゃないか。終焉を告げる時に現れるという、頭を3つ持つ巨大な竜。その畏怖の念さえも与えてしまうほどの禍々しさは、多少ベクトルが違うと言えどもキョウヤとよく似ていた。

「これから……どうするの」

同じ質問だというのに、込められた意味は大きく異なる。この世界では彼の望みは叶えられない。だとしたら、いっそ。

固く閉ざされた拳を包むようにして握った。都合のいい、と思われてもいい。あなたが行くというなら、私もご一緒しようと、もう決めていた。気づけば開けられた指が私の指に絡んでいる。もう、二度と離さないように。

「一緒に、来てくれる?」

幼い表情で、そう告げられる。答えなんていらない。

次は、もう少し美しい終わり方をしたい。こんな情欲と憐憫に塗れた最後ではなく、何も考えずにいなくなれるような。きっとキョウヤは今みたいな最後を望んでいるのだろうけれど、あまりにも人間じみていて、他から見れば狂気の沙汰と取られてしまうのが勿体ないところだ。

右足を前へ出して、その漆黒に身を投げ出した。

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