2024/5/11
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櫂くんと進路


目の前にいる無愛想な男の頭に、まだ咲くには早いはずの桜の花びらが一枚乗っている。

柄にあわないその姿に指をさして笑ってやろうかと考えたけれど、不思議と薄いピンクが似合うなんて思ってしまったから、やっぱりそのままにしておく事にした。

「どうした、そんな顔をして」
「そんな顔とは酷いなあ。櫂だって人のことは言えないでしょ」
「俺のこの顔は生まれつきだ」

半ばあきれたような表情をする櫂を真正面から見て、ああ整った顔立ちに白い肌だから桜が似合っているのかとわかった。これで制服ならもっと面白かったんじゃないかな。

「はいはい。で、今日は学校行かないつもりなの?」

ちらりと見た彼の服装は青い長袖Tシャツに濃い赤のベストで、櫂にしては少し活動的な服を着ている、という感じだった。
一方の私は制服だし今日は平日だから、本来は今日は櫂も制服でないとおかしいはずだ。

「そのつもりだ」
「成績はともかくとして出席日数大丈夫なの……卒業、もう近いのに」

櫂は今までも長い間学校を休んでいた事がある。確かその大半がヴァンガードの修行とかで、もちろんその分進級が危うくなったりしたことだってあった。
なのに成績が良かったから一度も留年せずに同じ学年でいれたけど。

「心配ない。卒業に必要な分だけは行った」

相変わらず口数の少ない彼だけど、もう付き合って3年は経ってるんだからさすがにそれだけでも言いたい事は分かる。
ちゃっかり聞いてまで休むってことは、よっぽど今後の事で悩んでいるから。


今学校を休んでいるのは進路のことで悩んでいるからだって、知ってるよ。
プロとか大学とかからスカウト来てる、って三和くんが教えてくれたし、前家に行った時に資料がたくさん置いてあったのを見た。

それと櫂のことだから、そういうスカウトを断って武者修行に行く、なんて考えも持ってるんじゃないかな。

私は進学か就職かぐらいしかなかったから進学することに決めたけど、それでも悩んだ。
だから櫂も今、すごく悩んでいるんだろう。

「あのさ、私は櫂の悩みに口出す権利なんてないけど、どの道を選んだとしても櫂らしい……と思うよ」

さっき偶然鉢合わせたときのまま、向かいあった状態でそう言う。
目を少し見開いて驚いたような顔をするのが視界の端に見えて、なんとなく恥ずかしくなったから視線を下に向けた。


数週後。

たくさんの桜が綺麗な花を咲かせ、あたりは一面薄ピンクだった。

あんな他愛もない会話をしてから今日まで、櫂とは全く会っていない。どうやらアイチくんたちも同じだったようで、少しだけ不安になりながらもつい足を公園に進めている自分がいた。

前までならこの公園にあるベンチで櫂が昼寝をしていた。でもあの少し前からそれも見れなくなって、なのに通いつめるようになっていた

「今日もいないかー」

ベンチの所まで行き、念のためあたりを見渡す。日課ともいえるほど毎日のように行っていた。
いつもならこのあと家やカードキャピタルに向かうのだけど、今日は違った。

「……なまえ」

後ろから声がして振り向くと、探していた彼の姿がそこにあった。

「櫂?!よかった、帰ってきてくれた……」

安堵のあまりへたれてベンチに座り、こんどはしっかりと向きなおす。
前に会った時とは違って制服を着ていた。学校にでも行ってきたのか。

……やっと会えたという事は、もしかして。

「決まったの……?」
「ああ」
「そっか。おめでとう」

にこりと笑いかけると、櫂は少し照れくさそうな顔をした。

そんな表情、久しぶりだなと思いながら、薄茶の髪についた桜の花びらが風に飛んでいくのを見送った。


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