珪
石
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2024/5/11
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ほどかれたもの
サラサラの髪を、羨ましくないといえば嘘になる。
もちろん奴はアイドルだし、見た目にも気を使っているのだろう。けれど、女子として、負けている気がした。
私はプロデューサーなのだから、見た目なんかに気を使っている余裕なんてないのは分かっているけれど。
「おい、なまえ。」
「何、蓮巳。」
朝から仏頂面なんて見たくないのに、と思いながら、礼儀として蓮巳のほうを頭だけ向けた。奴は私の斜め後ろの席だ。
「寝癖がついている。みっともないから直せ。」
「あ……そういえば今日、整えるの忘れてたかも。」
「貴様、それでも女子か。だいたいお前は」
また説教をしそうな蓮巳をよそに、急いでトイレへと向かった。これ以上奴の説教を聞いてなんていられない。そんなことをしていたら、寝癖を直す時間なんてなくなってしまうのだ。
飛び込んだトイレで、跳ねているところをぎゅっと押してみる。……ダメだ、すぐに戻ってきてしまう。確か寝癖直しはポーチのなかに入っていたはずだった。
そこで私は、大切なことに気づいた。
「ポーチ、教室に忘れた……」
幸か不幸か、この階の女子トイレに来る人はめったにいない。あんずちゃんは2年生だから3年の階のトイレまでわざわざ来ないだろうし、そうなると教室まで取りにいかなくてはならない。
けど今戻ったら説教は逃れられないし……どうしよう。
一度トイレから出て、そばにあった水道で軽く濡らしてみたものの直ることはなくて。このまま髪を抑えていたらどうだろうか、なんてことを真剣に考えた。
鞄からは出していたし、それをさっと持ち出すだけなんだけど……たぶん奴は席に座って私が戻ってくるのを今かと待ちわびているのだろう。しかも、ポーチが机の上に置いてあるのを見て、ほくそ笑んでいる姿が頭に浮かぶ。
奴の思っている通りにことが進むのは気に食わないけれど、このままじゃ寝癖は直せない。仕方なしに、朝のSHRが始まるギリギリに教室へ戻ろうと決めた。
HRが始まってからなら、蓮巳も説教なんてできないはずだ。寝癖は、その後に直せばいい。
なんて名案、と思いながら、念の為予鈴がなるまでは別の階にいようと思い階段へと向かった。
2年生の階に行って正解だった、と予鈴の鳴る校舎を歩きながら思った。2年生には、あんずちゃんだけではなく、Knightsの嵐くんがいるのだ。
B組の前を通りかかったときに彼に話しかけられ、そのまま髪を直してもらった。
本鈴が鳴るのと同じくらいに教室へと到着し、何事もなかったかのように席に着く。机の上にはやっぱり私のポーチが乗っていた。
その後の授業もいつも通り過ごしたけれど、蓮巳は全く話しかけてこなかった。
スケジュール帳を見て、そういえば明日は蓮巳のプロデュースが入っていたことを思い出す。おおかた、それを利用して説教でもするのだろう。そう考えると、気が重くなった。
帰りのSHRが終わってようやく、蓮巳が話しかけてきた。
「なまえ」
「何。説教なら別の時に」
「そういう事じゃない。最後まで話を聞け。」
人の話は聞かないくせによく言うものだ、と思いながら、口をつむった。
「貴様、今朝ポーチを教室へ忘れていっただろう。なのにどうして直ってるんだ。」
「……そんなこと。優しい2年生に直してもらいました。教室に戻ったら蓮巳の思うつぼだっただろうし。」
「転校生か、あるいは鳴上か。まあどっちでもいい。」
「自分で聞いたくせに!」
「少し静かにしろ。……それはともかく、明日は俺のプロデュースだったな。」
さっき考えていたことと同じことを持ち出される。こいつが忘れるわけはないと思っていたけれど、仮病でも使って逃げようと思ったのがアホみたいだ。
「そうだけど何。」
「明日は絶対に忘れずに来い。仮病なんてものを使ったりしたら、許さん」
何でそれを。そう言いたかったけれど、言ったら本当にそんなことを考えていたことがバレてしまう。よっぽど顔に出てたのかな、と今更ながら手で顔を覆った。
「あ、当たり前でしょ。これでもプロデューサーなんだもん、そんなことしないし。」
「ほう。言ったな。」
「当然!」
売り言葉に買い言葉で、そんな返事をした。
次の日の放課後。
私は、蓮巳に迫られていた。
「待って近い!」
「黙れ。まるで俺が変質者みたいだろ。」
「この状態でそうじゃないって言いきれるってあんたどんだけ神経図太いの?!いいから早く離れて!」
そのまま頬に手をかけられ、本格的に動けなくなる。壁ドン、というものに近い。ドキドキしなかった訳では無い。
アイドルやってるだけあって、顔は整っているし、こんな状況世の女子が望むものだろう。にしても何でこんな堅物がこんなことを、という気持ちの方が強かった。
そのまま蓮巳の手が私の髪に触れて、一撫でされたかと思えば頭を固定された。顔が近い。至近距離で蓮巳の顔を見るのが恥ずかしくなってきて、目を瞑った。
しばらくして、ぱちん、と音がした。同時に、髪にかすかな重みがかかる。
「……え」
壁の鏡で、自分の姿を確認した。
「昨日みたいなだらしない格好をしていても、これならごまかせるだろう。」
ふふん、と言いたげな蓮巳は本当にむかつく。けれど髪に付けられた髪飾りは本当に可愛くて、こいつが付けてくれたことを疑いたくなるほど。
「何で、急に」
「……なまえに似合いそうだと思ったからだ。」
ぼそぼそと話す声は聞き取りにくくて、もう一度言ってと言うと蓮巳は眉をひそめて拒んだ。
「……ありがと。」
こそばゆい感情に気付きながら礼を言うと、蓮巳は少し照れくさそうな顔をした。
次の日、その髪飾りを学校に付けていったのだけれども、なぜか蓮巳から贈られたものだと知っていた天祥院くんから「髪飾りを贈るって、髪を乱したいって意味があるんだよ。」と教わったのは、私の中だけの秘密だ。
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