2024/5/11
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Life is not that easy.


※最後らへんだけちょっと注意


 脱衣場に置いたデジタルの体重計を起動し、恐る恐る足を乗せる。──kg。まずい。ゆっくりと、だけど確実に増えていく数字。
 数ヶ月前と比べるとしっかりと増加しているそれは、決して甘くはない現実を私に思い知らせてくれる。

 ケーキ。それも、月に、下手したら週に何回も。それが、この現実の原因だろう。

 きっかけは確か、凪砂さんとおいしいケーキ屋さんの話をしたことだっただろうか。何気ない会話のはずだったのに、やけに盛り上がったことを覚えている。
 確かあれ以降、凪砂さんはよくケーキを買って帰ってくるようになった。どれも美味しくてつい毎回しっかりと食べきってしまうからか、彼がケーキを買って帰ってくる頻度は月日を重ねるごとにどんどん増していっていた。

「……なまえさん? 何かあった?」

 不意に後ろから声をかけられて、瞬間肩が跳ねた。浴室のドアが開いたことにさえも気づかなかったのに、どうして凪砂さんの声だけはすぐに聞き取れるんだろう。
 凪砂さんがこちらを覗き込むより先に、数字が表記されている部分をそっと足で隠して誤魔化す。
 ちょうど電源ボタンもその辺にあったはずだから、そのまま足を載せていればそのうち表示も消えてくれるだろう。

「……何でもないから気にしないで」

 用意しておいたタオルを凪砂さんに押し付け、とりあえず早く拭いて、と急かす。いくら暖房を効かせているとはいえ脱衣場は少し冷えるから、こんなことで風邪を引かせる訳には行かない。
 それに、彼の美しい身体をするりとなぞりながら落ちていく水滴はあまりにも目に毒で。

 そんな煩悩を振り払いながら、この間凪砂さんが贈ってくれたルームウェアに袖を通そうと手に取ると、後ろから何かに抱きしめられた。……そんなことをしてくるのは、この場に一人しかないない。

「凪砂さん? 何?」

 私の好きなボディーソープの香りが後ろから漂う。同じものを使っているはずなのに、私よりずっといい匂いがするのはどうしてなんだろう。いつまでたっても分からないままだ。

 ふ、と耳元に息が当たる。くすぐったくて避けようとしたけれど、長い腕がしっかりと絡みついてそれを許さない。

「……減量には、食事制限と運動の両方をバランスよく行うといいって茨が言っていたよ」

 でも私は今のなまえさんも触り心地が良くて好きだけど、と少し楽しそうな声が後ろから聞こえた。恐らく数字は見ていないのだろうけれど、体重計の上に立っていた姿を見てある程度察したのだろう。
 余計なお世話だ、と口を挟みたくなる。凪砂さんが相手でなければ、きっとそう言っていたと思う。

「……それができれば苦労しないけどね」

 というか、食事制限に関してはそれを妨害しているのは誰ですか、という話でもある。別に普段から暴飲暴食をしている訳ではないので、カロリーを減らすとしたらまずは間食の嗜好品を減らすことから手をつけるべきだろう。

「……私でよければ力になるよ」
「え、本当?」

 思いがけない提案についすぐ返事をしてしまった。 運動は仕事の都合や体力を考えるとあまり激しいものは現実的では無いし、何より今の状況に至った原因であろうケーキを減らすことが手っ取り早い解決策なのは確かだ。
 とはいえ、せっかく凪砂さんが厚意で買ってきてくれるものを断るなんて私にはできそうになかった。だからこそ、彼の方から言い出してくれたこの状況に有り難さと驚きを感じてしまったのだった。

「……なまえさんがそれでいいのなら」
「ダメな訳なんて無い……どうぞよろしくお願いいたします……」
「……分かった」

 ひょい、と身体が浮かび上がる。あれ?と思ったときには既にベッドの上で。
 結局着られていなかったルームウェアは手に持ったままだったけれど、それも軽い力で取られてしまう。下着だけを身につけた状態でベッドに転がされても全く寒くないのは暖房のおかげでしかない。

「……30分の性行為による消費カロリーは15分間のランニングと同じなんだって」
「え?」
「……ああ、でもこれは男性優位で動いたときの男性の消費カロリーだったかな」
「えっと……? 凪砂さん?」
「……積極的に動いて、声を上げるとよりエネルギーを消費できるんだって。あとは、ディープキスをしたりオーガズムに達したりするのもカロリー消費が増えると読んだよ」
「話、聞いてる……?」

 話の流れが全く分からず困惑していると、上からキスが降ってくる。肩に、首に、頬に、そして唇に。
 差し込まれた舌に何とか応じていると、キスをされた時に反射で薄く閉じた視界の向こうで凪砂さんが微笑んでいるのを感じた。

「……運動、一緒に頑張ろうね」

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