dream


物心ついたころから、眠ると決まって同じ夢を見た。


変わりばえのしない、同じ夢。


それは夢であって、決して現実ではないはずなのに、妙に現実味がある。


痛みも感じるし、臭いもする。


五感は正常に機能していて、現実と違うのは体の自由がきかないこと。


そう、自分じゃない誰かの中に入ってそこから世界を見ているような。そんな、現実離れした妙に現実味のある夢を、ずっと見続けていた。












夢の中で、私はいつも一人。上下左右、すべてが白で埋め尽くされたその場所で、私は佇んでいる。


手には、月にも似た金色の輝きを放つ刀を持って。


今となってはもう、この夢の持つ気味の悪さにももう慣れてしまった。







「世界を、正す」






夢の中の私はいつもそう。


世界を正すと言って、何処からともなく現れる敵を見境なく斬り殺していく。


金色の刃で相手を切り裂き、真っ白い空間を赤に染め上げて。


そして、しばらく経つと私は手を止める。


金色の刀身を、紅が伝って地面ではじける。鉄さびの臭いが鼻をついて、血でぬれた服が体にまとわりついて気持ち悪い。


でも、もうおしまい。


いつも、これで終わり。今日も、やっと夢から覚めれる。


そう思って、静かにほっと息をついたのに、いつまでたっても、握りしめたつめたい方なの感触が手から離れない。


恐る恐る、瞼を持ち上げると目の前に広がる赤。


まだ夢から覚めていないのだと理解し、身震いした。


何かが起こる。


理由もなく、そう思った。














――――やっと認めたんだね。




何処からか、声が聞こえた。頭の中に直接響いてくるその声は、妙に艶があって言い様のない不安を覚えさせられる。そう、まるで、人ではないような。


この声の主は敵なのだろうか。だが、姿が見えない。


そんな中、私は何を思ったのか刀を高く掲げる。そして、一瞬、私の目に果てしなく続く、青いすべてを包み込むような大空が広がって消える。


在るはずのない空を見て、私は何故かそれを壊さなければならないという思いに駆られる。



――――そう、それでいいんだ。空は壊さなければならない。でなければ…



お前が壊れてしまう。そういった、声は私に考える間を与えぬように囁き続ける。


憎いんだろう?壊してしまえ。お前は強い。大切だったんだろう?仲間だったんだろう?裏切られたんだろう?


声が囁いていく言葉の一つ一つが、私の中に入り込んできて、黒い何かを生み出させる。



――――壊しちまえよ。お前の守るものを壊す奴ら全部。



ストン。と胸の中に言葉が落ちてくる。そして、夢の中の私は、刀をより一層強く握りしめると、嗤った。


口元が歪に吊り上げられるのが分かる。



「そうだよなぁ…憎いよなぁ…守りたかっただけなのになぁ……」



先程まで聞こえていた、あの声と同じ口調で私の口が言葉を紡ぐ。



「女だからって、守られるのもお前は気にくわねぇんだろう…?」



間違いない。私ではない別の何かが、夢の中の私の中にいる。


そして、夢の中の私は操られるように、ギシギシと鈍い音が聞こえてきそうな動作でゆっくりと後ろを見る。


そこには、一人の青年。


綺麗な金色の髪に、吸い込まれてしまいそうな橙色の瞳。今までに、目にしたことがないくらいの美青年だった。


いや、ちょっと待って……何か、でも、どっかで見たことがあるような…


私が、そんなことを考えている内に、いつの間にか青年との距離が異様に近くなっていた。


恐らく、青年の方から近づいて来たのだろう。


そして、私は嗤う。にぃっと口の端がまた吊り上げられるのを感じて、分かった。


すると、青年の表情が曇り、悲しげに顔をゆがめる。



「何故だ…何故」



青年の発したどこか安心感を覚えるような声。でも、その声は今、絶望にも似た色に染まっている。



「もう、遅いのか…」


「その通りだよ」



今まで、自ら口を開くことをしなかった夢の中の私が冷たい言葉を放つ。



「僕は、君たちを信じたことなんて一度たりとも無い。思い上がるのも大概にしてくれるかい?」



でも、冷たい言葉とは裏腹の夢の中の私の心の声が、私にはしっかり聞こえていた。


本当はこんなことしたくない。けれど、私はこうすることでしか何もできない。


その思いを悟られないように、震える声を押し殺して、青年に冷たい言葉を投げつけている。


そして、震える手で金色の刀を強く握る。一瞬、刀に淡い閃光が走り、次の瞬間には、それを目の前の青年に向かって振り下ろしていた。








辺りに、鮮血が舞う。


肉が裂け血が滴る嫌な音がして、溢れた鮮血が私の視界を遮る。


何故、避けない。


咄嗟に口をついていたのはそんな言葉だった。もちろん、夢の中の私が思ったことではない。私自身が、そう思っていた。


青年は、避けなかった。避けようともしなかった。


ふと、私の中にある思いがよぎる。


人は、こんなに簡単に死んでいいのだろうか。


胸を貫けば、首を刎ねれば、簡単に人は死ぬ。


だが、これでいいのか。


いつでも、躊躇いなく刀を振るい続けてきた私。夢の中だとはいえ、最初のうちはとても恐ろしかった。


でも、いつからだろうか。


それを受け入れるようになったのは。


いつからだろうか。


夢の中での人の死に、さほど意味を感じなくなったのは。


でも、でも今は。


大切なものを、壊してしまったような喪失感が胸を満たしていた。




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