よその教室を覗き込んできょろきょろしているちょっと不審な人物がいたので声を掛けた。
「なまえちゃん何してんの…」
「あ、諏訪くん。江文いないのかな」
「さあ、どうせ購買だろ。何か用事か?」
「英語の辞書を忘れたので借りようかと」
「俺のでよかったら貸すけど」
「ありがとう」
辞書を取ってきて渡すともう一度お礼を言った。
「わざわざ持って帰ってんの?」
「うん、置き勉はしないので」
「まじめだな。カバンめちゃくちゃ重いだろ」
「まじめとかじゃなくて…」
「おい、ブス。なに諏訪なんかとしゃべってんだ」
戻って来た江文は不機嫌そうになまえちゃんの頭を片手で掴むと無理やり自分の方へ振り向かせた。
「江文お帰り」
「江文、お前失礼だろ!その呼び方も」
「うるせーお前には関係ねぇ」
女子にブスとか本当に失礼な奴だ。しかも幼馴染に向かって。
当のなまえちゃんは特に気にした様子もなく頭から江文の手をどかした。
「江文うるさい」
「あぁ?」
「辞書借りただけだから」
「お前まだ全部持って帰ってんのか」
「そうだよ。…でもこれは違うから。家で勉強するのに必要だから持って帰ってるだけ」
「そうかよ」
一瞬二人の間にぴりっとした空気が流れた気がした。なまえちゃんは一瞬俯くとすぐに顔を上げた。
「授業が終わったら返しに来るね。ありがとう諏訪くん」
「あ、ああ…」
なんだったんだ今の…。
なまえちゃんが行ってしまうと後姿を見つめていた江文は視線を逸らして自分の教室に戻ってしまった。聞ける雰囲気ではなかった。
「よ、諏訪。なに突っ立てんの?」
「伊勢…」
先程の出来事を話すと伊勢はバツが悪そうに頭を掻いた。
「俺さ、二人と同じ中学だった奴から聞いたことあんだけどさ」
「なんだ」
「あくまで噂だからな」
いいから話せと促すと伊勢は頷いた。
「みょうじ、中学の頃いじめられてたらしくて。靴隠されたり、教科書破られたり」
そのせいで今でも教科書や辞書まで全部持って帰っているのか?
「で、ある日突然そのいじめてた中心人物がぴたりと学校に来なくなったらしい」
「え…」
「転校したんだと。他にもいじめてたやつらが嘘みたいに大人しくなったとか」
「まさか江文がやったのか…?」
「たぶんだけどそれしか考えられないよな…」
伊勢を見ると心配するくらい顔を引きつらせていた。おそらく自分も同じ顔をしているだろう。
「あいつならやりかねないな」
「だろ?こえーよ普通に」
江文のなまえちゃんに対する歪みまくった感情が恐ろしいと思った。
「それにしてもブスはひどいな。本人は全く気にしてないみたいだけど」
「確かに。ところでさ」
「なんだ」
「お前なんでなまえちゃんって呼んでんの?」
「そんなの決まってるだろ」
「?」
「江文が嫌がるから」
「お前も大概性格悪いよな」
伊勢は呆れて苦笑した。
「諏訪くんありがとう。助かりました」
「いいよ、これくらい」
「おい、なまえ」
辞書を受け取ると江文が割って入ってきた。
「なに」
「お前いちいち持って帰んなら電子辞書買え。それなら重くねーだろ」
「それいいかも。あ、でもおこづかい足りるかな…」
「へ!お前はほんとグズだな!仕方ねぇから俺が買ってやんよ!」
「え、本当?嬉しいありがとう」
顔を曇らせていたなまえちゃんは江文の言葉に表情を明るくし瞳をキラキラさせている。江文はドヤ顔で仁王立ちしてやがるし。
なんだかんだ上手くやっているのは結構だが頼むからよそでやってくれ。