普通キスというのは付き合いだしてどれくらいでするのだろうか。俺はまだなまえとできていない。あまり待たせてしまうと彼女は気にしてしまうらしい。なまえは気にしているだろうか。特に気にしていないだろうか。俺はすごく気にしている。どうしよう。


練習中倒れこんだとき打ち所が悪かったのか身体が少し痛んだので念のため見てもらうことにした。


「キャプテン大丈夫?」

「ああ…」


なまえに後頭部を撫でられてドキリとする。


「うん。頭は打ってないみたい」

「そ、そうか」


座る俺の前になまえが屈んで覗き込んでくる。かわいい。じゃない!柔らかそうな唇が目の前にあってぼんやりと見つめてしまった。慌てて我に返るとなまえは首を傾げた。


「どうしたの?ぼんやりしてる。やっぱり痛む?」

「だっ大丈夫だ!」


練習に集中しろと言い聞かせるように自分の両頬を叩いてグラウンドに戻った。


「今日はね図書委員の仕事があるの」

「そうか。なら手伝う」

「本当?ありがとう。高いところ届かなくて」


練習がオフなので一緒に帰ろうと迎えに行ったら委員会の仕事があるようだ。二人で図書室へ向かいドアを開けるとがらんとしていた。


「今日は誰もいないみたい」

「他の当番もいないのか?」

「うん。予定があるんだって。だから濯也くんが手伝ってくれて助かるよ。じゃあ早速だけど片付けから始めよう」


しばらく黙々と作業をして漸く一段落着いたのでなまえのもとへ向かった。


「こっちは終わった」

「ありがとう。私の方もあと少しだから」


上段の棚に本を戻している後姿を見て懐かしさを覚えた。こんな光景以前も見たな。あれはなまえと出会った頃だ。なまえの延ばす手に自分の手を添えて本を棚に戻した。そのまま振り返るなまえと目が合う。


「ありがとう」

「ああ…」


あのころよりずっと近い距離に心臓が激しく高鳴った。なまえに聞こえてしまうんじゃないか。そんなことを考えながら俺をじっと見つめる綺麗な瞳に吸い寄せられるようになまえにそっと触れた。




全然眠れなかった…。昨日の出来事を思い出して額を抑えた。してしまった…。なまえにキスを。了承も得ずに。しかも自分からしておいてびっくりして図書室を飛び出してなまえを残して帰ってしまった。最悪だ…。


「おはよう」


聞き覚えのある優しい声に勢いよく振り返った。


「なまえ…」

「どうしたの驚いた顔して」

「あ、いや…声掛けてくれると思わなくて」

「どうして?」


どうして?まさか覚えていないのか?そんな筈ない。特に気にしていないということか?それはそれでショックだ。


「じゃあまた部活でね」

「ああ…」


手を振るとそのまま行ってしまった。なまえは普段通りでなんだか拍子抜けしたと同時に少し寂しい気持ちになった。本当に気にしていないのか。


練習が終わりいつも通り校門で待ち合わせをして並んで歩いた。


「今日何だか変」

「え?」

「ずっと下向いてる。それにため息も」

「悪い」

「あ、怒ってるんじゃないよ。心配で」


ここ最近一人で悶々と慣れないことを考えすぎたせいで変な疲れが顔に出てしまったのかもしれない。近くのガードレールに座って地面を見下ろした。


「どうかしたの?」


なまえの声は真上からするのに何だかひどく遠くから聞こえてくる気がした。頭がぼんやりして上手く思考が働かない。


「なまえ…」

「ん?」

「キスしたい…」


俺は今何を口走った?自分のとんでもない発言に驚いて血の気がさっと引いていった。出てしまった言葉はもう消せない。

どうしようと思った瞬間、頭上でいいよという声がして俺の手になまえの手が重ねられた。すぐ近くでなまえの気配がして顔を上げると唇に柔らかい感触がした。慌てて目を閉じて重ねられた手を離すまいと強く握り返した。

少ししてどちらからともなく離れると目の前のなまえは優しく微笑んでいた。


「2回目だね」

「覚えていたのか」

「忘れるわけないよ」

「今日何も言わなかったから」

「濯也くん走って行っちゃったから嫌だったのかなって」

「そんなはずない!」

「そっかならよかった」

「なまえの方こそ嫌じゃなかったのか?その…断りもなく急にして…」

「全然。もしかしてそのことでずっと暗い顔してたの?」


頷くとなまえは俺の首に腕を回して身体を預けてきた。


「濯也くんにされて嫌なことなんてひとつもないよ…?」


耳元で囁かれ心臓がドクリと跳ねた。こういうとき女子は上手だな。そう思ったら従来の負けん気に火がついて変なスイッチが入ってしまった。


なまえの後頭部に手を添えると引き寄せて少し強引に唇を押し付けた。なまえは首に回していた腕に力を込めて俺に答えてくれた。


人が来たらどうしようとかあれこれ考えたけれど夢中になってしまってもう何も考えられなかった。


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