「おい」

「江文…」

「お前なんで上履きなんだよ」

「靴なかった」


振り返ってそう答えたなまえは目にも声にも生気がなかった。元々そんなに表情がころころ変わるやつじゃなかったけど明らかに普通じゃない。


「なかったって…あ、おい家そっちじゃねーだろ。どこ行くんだよ」


答えずに歩き出したなまえの後を追うと靴屋に入って行った。


「買うのか」

「うん。たぶん見つからないから」


レジへ行き財布を取り出したときに見えた教科書やノートの一部がやたらとぼろぼろだった。視線に気付くとカバンごと後ろに隠してしまった。


「お前…」

「なんでもないよ」


その時初めてなまえの置かれている現状を知った。

靴がなくなった。教科書やノートがぼろぼろにされていた。間違いないあれはいじめだ。なまえがいじめられている。俺の中で怒りが沸々と湧き上がってきた。許さない。絶対に許さない。犯人は誰だ。ただじゃおかない。




「飯の時くらい勉強するのやめろ」

「他にすることないんだもん」


昼休みに人気のない場所で一人でいたなまえを発見して勝手に隣に座った。


「お前ずっとこうなのか」

「最初は違ったよ。でも最近はこうだね」


一緒にいたやつは段々と離れていったのだろう。標的にされているやつと一緒にいたら次は自分が標的にされるかもしれない。よくある話だ。


「江文はいいの?」

「何がだよ」

「私といて」

「俺が誰といようと俺の自由だろうが。元々群れるのは好きじゃねぇし」

「かっこいいね」

「うるせー」


茶化されているのは分かっているけど久しぶりになまえが笑って少し安心した。

放課後になり帰ろうとしたら担任に呼び出され遅刻を注意され長々と説教された。やっと解放され舌打ちをしながら廊下を歩いていると教室に人影が見えた。あれはなまえだ。ここはなまえのクラスだったか。

ドアを開けて中に入るとなまえは驚いた顔でこっちを見た。その様子は明らかに普通じゃなかった。なまえはごみ箱を漁っていた。俺だと気が付くとまた後ろに何か隠した。


「お前…何してんの」

「別になんでもない」

「なんでもないわけねーだろうが」


なまえの背後に回り込んで腕を掴んで隠したものを確認した。それは汚れた体操着だった。


「誰にやられた」

「違う」

「何が違うんだよ」

「江文…私、大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃねぇ。お前ずっと生気ないんだよ。自覚ねーのか」


肩を掴むとなまえは顔を逸らして抵抗した。


「誰にやられた。言え」

「やめてっ」

「何で庇うんだよ」

「別に庇ってない大事にしたくないの」

「俺はお前が言わなくても犯人を絶対に見つけ出すからな」

「それでどうするつもり…」

「お前を傷つけるやつは誰だろうと絶対に許さない」


なまえは抵抗するのをやめて俯いた。


「江文…私、辛いよ」

「大事にはしない。絶対誰にも言わない。お前が安心して学校に来られるようにするだけだ。だから誰にやられたか教えてくれ」


なまえは頷くとぽつぽつと名前を告げ始めた。言い終えて震えるなまえを引き寄せると腕にすっぽりとおさまった。

こいつこんなに小さかったっけ。

俺が守らなければとシャツを掴むなまえの頭を撫でながら強く思った。





「相変わらず一人かよ」

「今日は友達が休みなの」


昼休み一人でいたなまえの隣にまたしても勝手に座った。あれから数日が経ちなまえが女友達といるところをよく見かけるようになってひとまず安心した。


「ねぇ江文…」

「あ?」

「やっぱりなんでもない」

「そうかよ」


隣でなまえが小さくごめんねと呟いた。聞こえないふりをして空を見上げると太陽がやたら眩しくて目を閉じた。


「寝るわ。適当に起こせよ」

「えー」


これでいい。間違っていたとしたって構わない。なまえが笑っていてくれるならそれでいい。


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