あくびをしながら教室に入ると女子が数人集まって何やら楽しそうに話していた。その中心にいるのはみょうじだ。
「なまえ、髪切ったの?」
「うん…ちょっと切りすぎたかも」
「いいじゃん似合ってるよ」
「なにお前失恋でもしたの?」
「安達原おはよー」
周りの女子たちは俺に気が付くとあいさつしてくれるのにみょうじは俺を見てあからさまにゲッという顔をした。
「入ってこないでよ。関係ないでしょ」
「あ、失恋するような相手もいないんだっけ?ごめんごめん」
「うっさい!あんただっていないくせに!」
「俺は作らないの一緒にしないでくれる」
「はぁ!?相変わらずムカつく!」
みょうじは立ち上がると教室を出て行った。
あーあ。またやってしまった。以前、堀川に好きな子はいじめたくなるタイプだろと言われたけどそんなものじゃない。とことんいじめ倒したくなるタイプだ。
前の長い髪型も似合っていたけど今の短くなった髪型も似合っている。なんて本人の前で言えるはずがない。
みょうじがずっと片思いしているやつがいることも知っている。俺が彼女を作らないのはそんなのいらないから。みょうじ以外興味なんてないから。なんて更に言えるはずがない。自分の素直じゃなさすぎる性格も考え物だな。
◆◇
翌朝、昇降口で靴を履きかえているとみょうじがずっと片思いしていたやつが知らない女子と一緒にいるところを目撃した。あらら本当に失恋だったんだ。ラッキーなんて最低なことを考えていると隣に人の気配がした。
「おはよ」
「………」
返事すらない。相変わらず冷たい。まぁ全部俺のせいだけど。そんなところも悪くないと思う俺はどうかしている。
「本当に失恋したんだな。ドンマイ」
「朝から最悪」
「失恋で髪切るなんてベタすぎじゃね?今時する?」
「うるさい話しかけないで」
みょうじは不機嫌ですと顔に張り付けながら靴を履きかえるとさっさと俺の横を通り過ぎようとした。つれないな。
「また新しい人探せばいいじゃん。片思いはどれだけしても自由だし。あ、なんなら紹介してあげようか?」
「いらないしどっかいって」
「そう言うなって。欲求不満なんだろ?」
みょうじの眉がぴくりと動いたかと思うとムキー!という声のあと右ストレートが飛んできた。しばらく悶絶しているといつのまにかみょうじはいなくなっていた。
ふらつきながらやっと教室に着くと自分の席で頬杖をついているみょうじは未だに不機嫌そうだ。視線が合うと殺気の籠った目で思い切り睨まれた。そんな顔しても全然怖くないもんね。むしろぞくぞくする。
昼休みになり漸く一息つけるとため息をつくと目の前に誰かが立った。顔を上げるとみょうじだった。意外な人物に驚いているとみょうじは机の上に何か置いた。
「朝はごめん。さすがに殴るのはやりすぎた」
「女子にグーで殴られたのは初めてだったわ」
「これお詫び」
みょうじが置いたのは購買で一番まずいと言われているジュースだった。
「俺これ嫌いなんだけど」
「うん、知ってる」
見上げたみょうじは最高に悪そうな顔で笑っていた。いい顔だな。絶対わざとだろ。俺にこんなことするなんて流石だな。
他のやつからなら確実に捨てるのにみょうじからだというだけでその考えは排除された。試しに飲んでみたらクソまずかった。思わず顔を引きつらせるとみょうじは満足したように鼻で笑って去って行った。
俺が負けただと。何とも言えないこんな気持ち初めてだ。
クソ絶対落としてやるからな。