先生に手伝いを頼まれ部活に少し遅れてしまった。それを先輩たちに咎められ一人で片づけをしろと言われてしまった。ちゃんと遅れる理由を伝え先輩は了承してくれたのに。
中学からバレー部に入っていたので高校でも続けることにした。和気藹々としていた中学時代とは違い高校では優しい先輩もいるけれど一部の先輩は少しいじわるで私は何故か目を付けられてしまっている。逆らったり偉そうな態度を取ったことなんて一度もないのに。
友人は手伝うと言ってくれたけどその子も目を付けられてしまいそうなので先に帰ってもらった。大丈夫と言ったけれどやっぱり一人では大変だ。冷静にしていたつもりでも思い出すだけでイライラが沸々と湧きあがってきた。ムカつくムカつくなんなのよなんで私ばっかり。
「あーもう!」
ボールを放り投げると壁に当たって後ろへ飛んで行ってしまった。
「痛い!」
背後で鈍い音の後悲鳴がして振り返った。
「す、すみません!」
慌てて駆け寄ると額を押さえている石清水くんがいた。
「石清水くん」
「あ、みょうじさん。どうも」
「ごめんなさい!大丈夫?痛くない?」
「あ、大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃって」
「ごめんね…ちょっとイライラしてて」
「どうしたの?」
「あ、えっと、ちょっと部活の先輩と上手くいかなくて…」
話すつもりなんてなかったのにいつのまにか全部話してしまっていた。
「そっか、辛かったんだね」
「ごめん愚痴みたいになって」
「ううん。話した方が楽になることもあるよ」
石清水くんって優しい人なんだな。身体が大きいから近寄りがたかったけど話してみると印象ががらりと変わった。人の悪口とか絶対に言わなそう。
「みょうじさんは上手だから先輩たち嫉妬しちゃったのかな」
「え?」
「この前練習してるとこ見かけたんだ。みょうじさん誰よりも上手だったから。あ、ごめんね分かったようなこと言って。バレーのことあまり知らないのに」
「ううん。ありがとう嬉しい」
石清水くんと話しているうちにいつのまにかイライラはどこかへ飛んで行った。
「片づけ手伝うよ」
「え、いいよいいよ!」
「僕もう練習終わったから」
「じゃあお言葉に甘えて…お願いします」
「こっこちらこそ」
頭を下げると石清水くんも慌てた様子でぺこぺこ頭を下げた。何だかその光景がおかしくて二人で顔を見合わせて笑った。
翌日、教室で友達と話していると先輩たちが突然やってきて私の前に立つと不機嫌そうに見下ろされた。
「みょうじさんちょっといい」
「はい…」
「部室に置いていた部費が無くなったの」
「え!」
「昨日、部活のあと数分部室を空にしたの。戻ってみれば無くなってた。机の上に置いてたのに。みょうじさん昨日一人で片づけしてたわよね」
「そんな違います!私知りません!」
信じられない。疑われてるの?そもそも大切な部費を少しの間とはいえ置きっぱなしにしておくなんてどうかしている。
「本当のこと言って」
「本当です信じてください!」
「今、返してくれたら黙っておくから」
そんな…。誰も私のことなんて信じてくれない。どうしてなにも悪いことなんてしてないのに。冷たい目で見られて誰も信じてくれなくて絶望で泣きそうになった。
「待ってください!」
この声…。振り返ると石清水くんが立っていた。石清水くんは私と先輩の間に割って入ってくれた。
「え、なに誰あなた」
「みょうじさんと同じクラスの石清水澄明です」
先輩が驚いて目を丸くしていると石清水くんは丁寧にあいさつをした。
「みょうじさんは一人じゃありませんでした。ずっと僕と一緒にいました」
ちょっとその言い方は誤解を招きそうだけど石清水くんはその時の様子を一生懸命先輩たちに説明してくれて私の味方になってくれた。その大きな背中は頼もしくて心の底から安心した。
「じゃあ誰が盗んだって言うのよ」
石清水くんの力説に先輩たちがたじたじとしていると顧問の先生の少し怒った声が聞こえた。
「おいお前ら」
「せ、先生!」
「これ日誌に挟まっていたぞ」
先生は部費を先輩たちに見せた。
「そんな…」
「次から気をつけろよ」
「は、はい!すみません!」
先輩たちが謝罪すると先生は職員室に戻っていった。
「日誌に挟んでいたなんて」
「気づかないでそのまま提出しちゃったのね。見つかってよかった」
帰ろうとする先輩たちに石清水くんはズイッと詰め寄った。
「あ、あの!まだみょうじさんに謝っていないと思います!」
「え、いいよ!石清水くん」
小声で告げながらシャツの端を掴んで引っ張ってもびくともしなかった。
「そ、そうね、疑ってごめんなさい。今日は試合形式の練習するから必ず来てね」
「はい!」
石清水くんに圧倒されたのか先輩たちは謝罪して去っていった。
「よかったねみょうじさん疑いが晴れて」
「石清水くん…ありがとう…」
振り返った石清水くんの笑顔を見て緊張の糸がぷつりと切れた。
「わっ!え、どうしたの」
「ごめん、嬉しくって」
涙が勝手に溢れて慌てて拭おうとすると石清水くんはサッとハンカチを取り出して拭ってくれた。優しさが身に染みる。
「疑われたとき辛くてどうしようって…」
「うんうん怖かったよね。もう大丈夫だよ」
泣き止むまで頭を撫でてくれてずっと手を握ってくれていた。
「助けてくれてありがとう」
「僕はずっとみょうじさんの味方だよ」
そう言って笑ってくれた石清水くんは眩しくてかっこよくて。私の心臓は飛び出すんじゃないかと思うほどうるさかった。
これが恋って言うのかな。