「なまえ!」

「………」

「おいコラちょっと待て」


名前を呼んでも聞こえないふりをして歩みを止めないなまえの前に回り込んで立ち塞がると漸く足を止めて顔を上げた。


「何ですか何の用ですか用がないなら話しかけないでください」


捲し立てるようにそう告げるとギロリと睨んできた。こわっ。じゃないまずい。ヤバい。

昨日の出来事のせいでなまえに心底嫌われたかもしれない。




昨日は部活が休みだったのでなまえと出かけた。休みの日は部活だったり予定があったりであまり一緒にいられない。

普段も朝練やら放課後の部活や自主練やらで登下校を一緒にすることもほとんどないのでこんな風に二人でずっと一緒にいるのなんて初めてでなまえは余程嬉しかったみたいだ。気合を入れたいつもと違う雰囲気を素直に褒めると嬉しそうに笑っていた。

楽しい時間はあっという間で明日は学校だからと帰ることになった。その帰り道偶然マツさんと会った。ここからが悲劇の始まりだ。


「お、江文」

「マツさん。どもっす」


こういう時に部活の先輩に会ってしまうと妙に気恥ずかしい。


「3年の松尾です。よろしく」

「こんにちはみょうじといいます。こちらこそよろしくお願いします」

「硬すぎだろ…」


俺の一歩後ろで丁寧すぎるくらい深く頭を下げるなまえに思わず突っ込みをいれた。


「ハハハ、かわいいな江文の彼女は」

「なっ!彼女じゃないっすよ」


からかわれて反射的に思ってもいないことを口走ってしまった。あ…と思った瞬間俺の少し後ろから冷たい空気が流れてきて背筋が凍った。やってしまった。


「なまえ、待てこれは…」

「…やろう…」

「?」

「江文のバカヤロー!」


なまえが叫んだと思った瞬間重い一撃が顎に入った。


「いってぇ!」

「帰る!」


なまえは俺にアッパーをかますと走って帰ってしまった。


「大丈夫か江文」

「大丈夫じゃねぇ」

「悪い。からかうつもりはなかった」

「分かってますよ。追いかけるんで、じゃあ」


マツさんと呑気に話している場合じゃない。

なまえはすでに家の中のようでインターフォンを鳴らすと少ししてドアが数センチだけ開いて隙間から半分だけ顔を覗かせた。


「なまえ」

「大丈夫…」

「?」

「顎、大丈夫…」

「あ、ああ…」

「よかった。じゃあ」

「あ!ちょっと待て!」


それだけ告げるとドアを閉めてしまった。そのあと何度呼びかけても携帯を鳴らしてみても反応がなかった。

あまりしつこくするとさらに関係が悪化しそうだったので仕方なく今日は諦めることにした。明日学校に行けば顔を合わす機会はいくらでもある。その時なんとしても誤解を解いてやる。




そして今に至るのだがこの通りなまえは心底不機嫌だ。


「昨日は悪かったな…あんなの本音じゃねーから」

「嘘」

「嘘じゃねぇ」

「ああいうときって本音が出るんだよ」

「違うっつーの」

「違わない」


このままでは堂々巡りだ。どうしたら許してもらえる。悪いのは全部俺だそれは分かっている。けどなまえは何故頑なに信じてくれないのか。何を言っても上手くいかなくてなんとかしなければと焦りと苛立ちが募る。らしくないな…。


「あ…」


今更になってあることに気がついた。


「なまえ…」


俯くなまえに手を伸ばそうとしたときタイミング悪く予鈴が鳴った。


「教室戻る」


待てと言おうとしてやめた。こいつは予鈴でちゃんと着席するタイプのクソまじめだから言っても無駄だ。


「放課後校舎裏来い。絶対だからな。約束だからな」


なまえの背中に声を掛けると視線だけチラリと振り返った。眉間にしわが寄っていて相変わらず機嫌が悪そうだ。けど大丈夫だ。あれは絶対来るな。




放課後校舎裏に行くとなまえはちゃんと来ていた。ほらやっぱり。なまえは昔から約束というと必ず守る。クソまじめだからな。勝手に約束したのは俺だけど。


「自分から言っておいて遅刻するとは何事か」

「悪かったってキャプテンにちょっと遅れるって言ってきたんだよ」

「サボらないのは偉い」

「どーも。って話はそれじゃねぇ」


言葉に相変わらずトゲがあるけど朝より幾分かマシに見えた。でも朝よりずっと暗い顔をしている気がした。


「愛想尽かしたか」

「え…?」

「咄嗟とはいえあんなこと言っちまうし…「言葉遣いは悪いしすぐ喧嘩するし」

「おい」

「…でも本当は優しくて誰よりも努力家で…それに比べて私は素直じゃなくて可愛くないし」

「は?おいどうした何の話してんだよ。とりあえず落ち着け」


俺の言葉にかぶせてそのまま話し続けるなまえの肩を掴むと泣くのを堪えているのか小刻みに震えていた。


「江文がいないと不安で怖くて江文がいないと困るって言ったら江文もそうだって言ってくれたとき嬉しかったよ。でもいつまでも些細なこと根に持ってうじうじして、素直じゃなくて可愛くなくて江文こそ私に愛想尽かしちゃった…?」


肩から手を離すとそのまま頭を鷲掴みした。


「そんなはずねーだろ。てめぇいい加減にしろよコノヤロウ」

「いたたた!野郎じゃない」

「突っ込むところはそこじゃねぇ」

「痛い!ごめんなさい!痛い!」


手を離すとなまえは涙目になりながら頭を摩った。


「普段はどうでもよくなって放っておくんだよ」

「え?」

「相手に誤解されてても訂正なんてしねぇし別にどう思われてても気にしねぇ。そこで関係が壊れたらそれまでだったってことだ。普段はそうなんだよ。でもお前にだけは勘違いされたまま気まずくなるのもこのまま離れるのもぜってー嫌だからなんとか誤解を解いてもとの関係に戻ろうってない頭使っていろいろ考えちまうんだよ」

「それって…」

「こんならしくいられなくなるのはなまえせいだからな」

「ふふっ何それ」

「クソッ笑うな」


本当に調子が狂う。朝、なまえと話していて気がついたことはこれだ。

普段ならもうどうでもよくなって放っておくのになまえのこととなるとそんな気には全くならなかった。どうしたら許してもらえるか。なんとか誤解を解かなければそればかり考えた。いつまでも笑っているなまえの頭を今度は撫でた。


「ちゃんと好きだから安心しろ」

「江文…」

「不安だったんだろ。ちゃんと言ったことなかったから」

「うん…。やっぱり江文はすごいね。どうして分かったの」

「どうしてって俺も言われたことねーし」

「あ…」


今更気がついたのかなまえはハッとした顔をした。


「俺は言ったからな。次はなまえの番だ」

「え、えっ」


じりじり近づくとなまえは後ずさったけど無駄な足掻きだ。後ろは校舎の壁で逃げ道を失いすぐに距離が縮まった。


「俺にだけこんな恥ずかしいこと言わせる気か」


なまえの顔はおもしろいくらい見る見るうちに赤くなった。


「私も…好きだよ。江文よりずっと」

「それはねーな。俺の方が上だわ」

「むっ。そんなことないよ!私は昔からずっと好きだったんだから!」

「いやいや俺だな」

「私の方が好きだよ!」


よく分からない言い合いになった。まぁただなまえに好きと連呼させたいだけなんだけどな。言葉が足りなくて不安だったのはお互い様だったからこれでお相子だ。


「分かった分かったお前の勝ちだよ」

「ふふん」


頭にぽんと手を乗せるとなまえは満足気な顔をした。


「そろそろ行かねーとな。またサボりだと思われるわ」

「あ、私のせいで時間割かせてごめんね」

「お前のせいじゃない。言っただろ絶対誤解を解きたかったって」

「うん、ありがとう」

「じゃーな」

「いってらっしゃい」


数歩進むと立ち止まって振り返った。


「どうしたの?」

「あー…明日部活休みだし一緒に帰るか」

「うん!」

「ついでにどっかいくか」

「うん!」


なまえが頷いて笑ったのを確認すると今度こそ部室へ向かった。


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