「なまえおはよう」

「おはようライフィセット」


朝からライフィセットは天使のようにかわいい。なんて本人に言ったら叱られそうだけど。

ベルベットは全員揃っていることを確認するとじゃあ行くわよと号令した。


「ちょっと待った」


宿屋の出口へ向かおうとした一行に最後尾にいたロクロウが待ったをかけ皆が振り返った。


「どうした忘れ物かえ?」

「なまえ」

「え、私?」

「ちょっと来い」


ちょいちょいと手招きされロクロウの元へ向かった。


「なに?」

「お前…」


隠れていない左目がじろりと細められちょっと怯んでしまった。


「え、なに怖い私なにかした?」


ロクロウの手が伸びてきて一瞬身を固くするとその手は頬に優しく触れた。


「熱あるだろ」

「え」

「と言っても俺には熱さは分からんがな」


きょとんとしているとエレノアが慌てて駆けてきて額に触れた。


「本当!熱いです」


言われてみれば少し身体が火照るけれど特に気にしていなかった。


「と言うことだベルベット」


ロクロウがベルベットへ視線を向けるとベルベットはやれやれと腕を組んだ。


「仕方がないわね。なまえが良くなるまでここに滞在するわよ」

「だ、大丈夫!私、元気だから」

「無理せず休め。海に出れば落ち着いて休めないからな」

「でも唯でさえ急いでるのに迷惑かける訳には…」

「なまえ」


私の言葉はロクロウに遮られた。


「言う通りにしろ」

「ロクロウ…」

「途中で倒れられた方が迷惑だ」


はっきりそう言われ一瞬ショックだったけれどロクロウの言う通りだと思った。


「ごめんなさい」

「そんな謝らないでなまえ。僕も疲れが溜っていたからもう少しゆっくりしたかったんだ」

「あんたの腕はまあその…頼りにしてるんだからちゃんと治しなさい」

「ライフィセット、ベルベット…うん、ありがとう」



いつの間にかマギルゥが部屋を手配してくれていてなまえはベッドに横になった。指摘され途端に熱を意識してしまったからなのか随分苦しそうにしている。


「薬飲んでゆっくり休め。その前に何か食わないとな。よし、ロクロウ特製粥を作ってやろう」

「ありがとう」

「ちょっと待ってろよ」

「ロクロウ…」

「すぐ戻る」

「うん…」


寂しそうな表情をするなまえの頭を撫でると安心したように笑った。

部屋を出るとライフィセットとベルベットがいた。


「なまえ、大丈夫?」

「大丈夫だ。心配してくれてありがとな。ベルベットも」

「べ、別に心配なんてしてないわよ」

「そうかそうか」


俺が笑うとバツが悪そうに視線を逸らした。


「それにしてもあんたよく気がついたわね。看病にも随分慣れてるようだし」

「なまえは昔からああやって熱出すことがあってな。看病はよくしてた」

「そう…」


ベルベットはどこか寂しそうな顔をした。身体が弱かったという弟のことを思い出してしまったのかもしれない。


「ねぇロクロウ。ずっと聞きたかったんだけどいい?」

「どうしたライフィセット」

「なまえとロクロウって一緒に住んでたの?」

「ちょ、あんた何を聞いてるのよ!」


ライフィセットの意外な質問にベルベットがぎょっとした。


「応!してたぞー。同棲だ」

「どうせい…?」

「変な言葉教えるんじゃないわよ」


ベルベットに頭をぴしゃりと叩かれてしまった。


「なまえは家族がいなかったからな。ガキの頃から一緒に育った。その頃は俺の家族もいたが、もう今は皆いなくなったからな。自然と二人で暮らしてた」

「そっか…なんだか寂しいね」

「そうか?俺はなまえと二人の方が嬉しかったけどな」

「どうして?」

「知りたいか」


ライフィセットの好奇心の塊のような瞳がきらりと光りニヤッと笑うとまた頭を叩かれたのでそこまでにしておいた。


「大きくなったら教えてやるよ」

「う、うん…」

「なまえのこと頼んだわよ」

「任せろ」


粥を食べて薬を飲み横になったなまえの手を握った。


「もう子供じゃないのに」

「でも安心するだろ」

「うん。とても」

「ゆっくり休め」

「うん。…ロクロウあのね」

「どうした」

「ありがとう。小さい頃からずっとそばにいてくれて」

「どうした突然」

「なんだかね、昔のことを思い出して」

「そうか俺も思い出してた」

「私、あの頃も今も好き」

「それはあの時のことが好きなのか俺のことが好きなのかどっちの意味だ」

「どっちも」

「俺はもう人間じゃないからあの時には戻れない」

「そうだね」


なまえは握っていた手に力を込めた。


「私はそれでも構わない。言ったでしょ。どっちも好きって」


なまえはふっと笑うと瞳を閉じた。


俺は業魔になった自分を受け入れている。後悔なんてしていない。それほどシグレに勝ちたかった。

あの時にはもう戻れない。これからの二人に希望なんてない。けれど、どうしてもなまえを手放せなかった。


「ごめんななまえ…」


もう眠ってしまって俺の声が届かないなまえの頬を撫でた。


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