光ちゃんを訪ねて影浦隊の作戦室に行くとカゲがソファでだらけているだけで他に誰もいなかった。
光ちゃんが来るまで待たせてもらおう。
「ねーカゲ」
「あー?」
「今から話すことについてどう思うか率直に答えて」
「なんだよめんどくせぇな」
とか言いながら聞いてくれるらしく身体を起こしてこちらを見た。
「あのね、彼氏の浮気現場をばっちり目撃してしまったんだけど問い詰めたらあっさり認めて、いいじゃねぇか浮気くらいって開き直られたから怒る気さえ失せてしまったんだけど、どう思う?」
「なんだそれクズじゃねーか」
「やっぱりそうだよね?あーよかった。あまりにも普通に言うから私が間違ってるのかと思った」
「ざけんな!さっさと別れろそんなやつ」
「別れないよ」
「あ?なんでだよ」
「まだ一回だしとりあえず許す。デートしてただけみたいだし」
「バカかお前!一回やるやつは何回でもやるんだよ!」
「そうなの?経験者?」
「ちげーよ!」
「ふーん」
立ち上がるとカゲに背を向けた。
光ちゃんはまた今度会いに来よう。
「おい、どこ行く」
「帰るの。聞いてくれてありがとう」
「待てコラ」
腕を掴まれたので渋々元の場所に戻った。
「なに?」
「本当に別れないつもりか」
「どうしたの今日はやけに食いついてくるね」
「お前そんなやつと付き合ってんのかよ」
「あーさっきのは友達の話。私も別れた方がいいって言ったんだけどね」
「紛らわしいわ!」
カゲは目を吊り上げてギザギザの歯をむき出しにしてぷんぷん怒り出した。
「ごめんて、そんな怒らないでよ」
「お前がそんなクズと付き合ってんのかと思った」
「私、彼氏いないし」
「心配かけんなボケ」
「心配?どうして」
カゲは一瞬、あっという顔をしてバツが悪そうに視線を逸らした。
「ねえ、どうして?」
チッと舌打ちしてこちらを睨んできたかと思うと顔を赤くして居心地悪そうにもじもじしだした。
「お、お前が好きだからに決まってんだろが」
「はっ?」
「はっ?てなんだクソッ!」
カゲはまたさっきみたいに怒り出した。
はっ?と言ったのは確かに悪かったけれど言いたくもなる。
私とカゲは幼稚園から今までずっと同じクラスという腐れ縁を通り越して最早呪いなんじゃないかと思うほど同じ時を過ごしてきた。
なので自然と一緒にいることが多くなった。
そういえばあの頃は雅人なんて呼んでいたっけ。
私は昔からカゲが好きで言葉とか行動で好き好きアピールをしまくっていたけれどカゲはずっとそれをスルーした。
さすがにスルーされると私も諦めようという気持ちになってしまって今はただの男友達だと思っている。
なのに何を今更、好きだなんて言うのか。
「私が好きって言っても軽く流してたくせに」
「あ、あの時はそういうのよく分からなかったんだよ」
「なにそれ…」
立ち上がると今度こそ隊室をあとにした。カゲが後ろでなにか言っていたけどスルーした。
◆◇
「かわいいからって調子のんなよ!」
隣のクラスの男子に告白されて断ったら去り際にこう言われてしまった。
どうして私が暴言を吐かれないといけないのか。
呆然としているとオイと頭上から声がして顔を上げると木の上にカゲがいた。
「なんて所にいるの」
「ダルイからずっとここでサボってた」
「見てた?」
「見てた。しめてきてやろうか」
「そんなのいいから降りてきてよ」
木から軽く飛び降りて綺麗に着地するとその場にドカリと座った。
隣に座るとカゲはぼーっと空を仰いだ。私は反対に抱えた膝をぼんやり眺めている。
「やっぱさっきの野郎ムカつくな」
「………」
「泣いてんのか?」
「な、泣いてない!ちょっとびっくりしただけで…」
男子にあんな風に暴言を吐かれたのなんて初めてで正直泣きそうになった。
俯いてなんとか堪えていた涙が零れそうになるとカゲが指で拭ってくれた。
カゲが優しくてなんだか調子が狂う。
「よかったじゃねーか。かわいいって言われて」
「あんなの嬉しくない…」
生まれて初めて言われたかわいいがまさかあんな暴言なんて最悪だ。
「ねぇちょっと言ってみてよ」
「かわいい、かわいい」
私の頭をガシガシ撫でながら何度もそう言った。
カゲが言ってくれただけでさっきとは全然違う響きに聞こえた。
悔しいけど嬉しい。
諦めたなんて嘘だ。
やっぱり私はカゲが好き。
◆◇
進路指導で担任と話した後なんだかすぐ帰る気分になれなくて教室の窓際でぼんやりグラウンドを眺めていた。
「なまえ」
「あ、カゲ…」
「なにしてんだ帰らねーのか」
「うん…」
カゲは近くの机に座ると私を見上げた。
いつも見下ろされてるけど座ると目線が少しだけ私のほうが高くなる。
「なにかあったのか」
「なにかってほどじゃないけど今日、進路指導があって」
「あー俺も昨日あった」
「これから先のこともちゃんと考えておけよって言われたんだけど、何も考えられなくて」
「まだ他の奴もそんなもんだろ」
「うん…でもなんだか不安で…やりたいことがない訳じゃないんだよ。でもこれでいいのかなとかいろいろ考えちゃって」
「いいじゃねーかそれで。考えて迷って遠回りしたって最後に納得いったら」
「カゲ…」
カゲは不安がる私の手を握ってくれた。
「もうダメだって思ったら俺の所に来ればいい」
「なんだかプロポーズみたい」
「そうかもな」
「雅人…」
「久しぶりに呼んだな俺の名前」
雅人はフッと笑うと私をじっと見つめてきた。
頬に熱が集まってくる。
「好きだなまえ。気づくの遅すぎたけど、たぶんずっと前から」
「私も好き。もう知ってると思うけど」
雅人の手を握り返すと引き寄せられてそのままキスをした。
「もうダメだって思わなくても行っていい?」
「当たり前だろ」
嬉しくて泣きそうになって学校とか教室とかお構いなしにもう一回キスして雅人の首に抱きついた。
雅人はずっと私の背を優しく撫でてくれた。
これから先なにがあっても雅人がいてくれるから大丈夫。
そう思うだけで不安はどこかへ消えてくれた。