ご飯も食べ終わって昼休み独特のだらけた雰囲気の教室で同じクラスの倫ちゃんと雑誌を見ながら談笑していると突然、穂刈が訪ねてきた。
「どうしたの穂刈」
「みょうじに相談したいことがある」
「私?」
珍しい穂刈から相談なんて。というか初めてだ。穂刈は近くのイスに座ると真面目な顔をした。
「モテたいんだがどうすればいい」
「…はい?」
前々から穂刈は少し…いや、だいぶ不思議ちゃんだと思っていたけどまたよく分からないことを言い出した。
倫ちゃんは慣れているのか気にした様子もなく雑誌から目を離さない。
「えっと…モテたいの?」
こくりと頷く。至って真面目な顔だ。
「大丈夫だよ穂刈はモテるよ。モテたい願望があって実際モテてるなんて最高じゃない。よかったね」
自分でも意味のわからないアドバイスをすると穂刈は腑に落ちない顔をした。
「はぐらかしても仕方がないから率直に言う。みょうじにだけモテたいんだがどうすればいい」
穂刈の発言に飲み物を飲んでいた倫ちゃんもさすがに驚いたのか激しくむせた。
そして何を言われているのか分からなくてぽかんとしている私に代わって穂刈に質問してくれた。
「え、そ、それってもしかしてなまえのこと…」
「好きだ」
「…ありがとう」
とりあえず返事をすると穂刈の表情がぱっと明るくなった。
「とりあえず友達からはじめよっか」
穂刈の表情が一瞬でしゅんとしてしまった。
「友達ですらなかったのか俺たちは」
あ、なんかごめん。
◆◇
「みょうじ」
「あ、穂刈。どうしたの」
帰ろうと靴を履き替えていると穂刈がスーッと現れた。
「今日は任務も予定もなにもない」
「そう」
「………」
「じゃあ一緒に帰ろう」
穂刈は嬉しそうに頷いた。
穂刈は何故か自分から言わない。私に言って欲しいようだ。
告白?のようなものをされてしばらく経ったけれど私は未だに穂刈篤という人がよく分からない。
変わった話し方もそうだけど荒船隊や同い年のみんなから聞いた穂刈のプロフィールの全てに違和感がしてしまう。
好きなもの鶏肉に生野菜。これは筋肉をつけるために摂取しているのであって本当に好きなのだろうか。
筋トレ…どうして鍛えているのだろうか。
お祭り…?謎すぎる。
誕生日6月15日。鋼くんと同じ。もしかして鋼くんから拝借しているんじゃ…。いやいやないない。
どうしてこんなに疑り深くなっているのかというと穂刈がある日『宇宙人に会った。小3の夏に。その時のことはあまり覚えていない…』と言い出したからだ。
大真面目にそんなことを言うものだから穂刈は本当に人間なのだろうかと思ってしまった。私はなんて失礼なことを考えているのだろう。
まあ一緒にいて楽しいからなんだっていいのだけど。
穂刈がそばにいるのが当たり前みたいになっていて私もすっかり穂刈が好きになっていた。穂刈もたぶん私の気持ちに気づいている。
けど何も言ってこない。きっとこれも私から言って欲しいのだろう。
「穂刈」
「どうした」
「好き。私と付き合ってください」
穂刈は今まででいちばん嬉しそうな顔をしてくれた。
◆◇
「知ってるか俺のフルネーム」
「知ってるよ。なに急に」
「言ってみてくれ」
「穂刈篤」
「もう一回」
「穂刈篤」
「もういっ…」
「もう何なの!」
少しイラッとすると穂刈は目を逸らした。
「なまえっていい響きだな」
「………」
私は思わずハァとため息をついた。
「これからはなまえって呼んで。篤」
篤の目がきらりと光った。
◆◇
『なまえ』
『え…』
なまえがいたので声をかけると微妙な顔をされた。なぜだ。
『あれー?なまえと穂刈くんってそんなに親しかった?』
隣にいた国近が首を傾げた。親しいも何も俺たちは付き合っているが。
『え、別にそうでもないよ』
なまえの一言に俺は灰になってサラサラ宙に散った。
ガバッと起き上がるとなまえは床に座ってえいっ!とかやぁ!とか言いながら何かしていた。
せっかくなまえの家に来ているのに俺はなまえのベッドを占領して爆睡していたらしい。ぼんやりしているとなまえが振り返った。
「あ、起きた?はい水」
ペットボトルを受け取ると一気に流し込んだ。異様に渇いていたのどが潤って少し落ち着いた。
「暑い?温度下げようか?」
「なまえ…」
「どうしたの?」
「ちゃんと必要とされているか俺はなまえに荒船隊にボーダーに」
「篤、泣いてるの?」
言われるまで気がつかなかったが俺の頬にツーと涙が伝った。ダメだ寝ぼけてる。
「篤」
手にぬくもりを感じた。なまえが強く握ってくれていた。
「私には篤が必要だよ。荒船くんたちだって同じ。荒船くんが自由にいろんなことに挑戦できるのは篤がサポートしてくれているからだよ。そういう人ボーダーには必要だと思う。私は篤がいてくれないとダメだよ」
なまえは手を握ったまま俺の膝に頭を乗せてきた。
「ありがとう」
「怖い夢でも見たの?」
「ああ…なまえに他人みたいな対応された」
「大丈夫。ここにいるよ」
なまえの頭を撫でるとよく分からないモヤモヤがどこかに消えてくれた。
「ところで何してた」
「柚宇がゲーム貸してくれたんだけど難しくって」
アクションゲームか?画面を見せてもらうとどう見ても乙女ゲームの類だった。これをえいっ!とかやぁ!とか言いながらやっていたのか…。
「私センスないみたい」
「そうみたいだな」
◆◇
「一人暮らしするのか」
「うん。大学が実家からじゃ遠くて」
パソコンで物件を見ているなまえの後ろから覗き込んだ。
「近いな俺が住むところからだと」
「ふーん」
「………」
「やっぱり防犯とかしっかりしている方がいいよね」
「ばっちりオートロックだ」
「そう。最近物騒だから男の人も必要だね」
「………」
「うーん…そうなると家賃が高くなるんだよねー」
「半分だ二人なら」
「ねえ何なのさっきから」
「…一緒に住もう…」
「えっ!」
「嫌か?」
「嫌じゃない!嬉しい!」
「よかった」
「びっくり篤から言ってくれるなんて」
なまえは余程嬉しかったのか首に抱きついて甘えてきた。これからはもっといろんなことちゃんと伝えよう。
◆◇
「ねーいつまで鏡の前にいるの洗面所使いたいんだけど」
「髪型が決まらない…」
「女子かよ!」
篤は眉を寄せて頭を私に突き出してきた。
「大丈夫だよ。決まってるよ。かっこいいよ」
適当に髪をつんつん立ててあげると顔を上げて満足した様子で洗面所を出て行った。
久しぶりに不思議ちゃん篤を見たな。
そういえば最初は篤がよく分からなかった。正直に言うと今も分からない。
知れば知るほど分からなくなっていく。
本当に人間なのかな、なんて失礼なことを考えたこともあった。
宇宙人に会ってからなったという変わった話し方。あまり変わらない表情。独特の雰囲気。まさか本当に…。
「なまえ」
本部の階段の踊り場でぼんやり立ち尽くしていると背後から突然声をかけられて肩が跳ねた。
「篤…」
「どうしたそんな驚いて」
「え?べ、別に…」
「なまえ…」
「な、に…?」
一歩一歩と篤がゆっくり近づいてきて思わず足を後退させた。
「もし俺が」
「え…?」
「もしここにいる俺が本当の俺じゃなかったらどうする?」
「なに…どういう意味、きゃっ」
また後ろに下がると階段があることを失念していて足を踏み外して身体が後ろに倒れそうになった。
篤が腕を掴んでくれて落ちずに済んだ。身体から血の気が引いた。落ちていたら大変なことになっていた。
篤の腕が背中に回され身動きができなくなった。顔が近くにあって目を逸らせない。
「篤…」
「どうする」
まだ先程の話を続けるつもりのようだ。
「何を言ってるのか分からないけど私が好きなのは今、目の前にいる穂刈篤だよ。それ以外なんてない。他なんていないよ」
上手く言葉にできなくて思っていることをそのまま伝えた。
「そうか…よかった」
ぽつりとそれだけ呟くと私を強く抱きしめた。
やっぱり分からない。穂刈篤が分からない。でも一緒にいられたらそれでいい。ここにいてくれるならそれだけでいい。
篤の背中に腕を回して撫でるとただ黙って私の首筋に顔を埋めて腕の力を強くした。