「なまえすごいわね。私こんなの初めて見た」

「うー私だって初めてだよ…」

「見事に真っ黒…。もうそういうクッキーってことにしよう!」

「しよう!じゃないよ摩子ちゃん…。これはさすがにへこむ…」


私の手には調理実習で作った見事に失敗して黒焦げになったクッキーが広げられている。

綺麗なラッピング袋が不釣り合いで余計悲惨に見える。


「上手に作って篤にあげようと思ったのに」

「また作りなよ。今度は上手くできるわよ」

「うん…」


これどうしようとクッキーを眺めていると後ろから手がぬっと伸びてきてクッキーをひとつ摘んで持って行ってしまった。

驚いて振り返ると篤がもぐもぐ口を動かしていた。


「篤!ダメ!食べたら危険だよ!」

「味は悪くないぞ見た目ほど」

「本当…?」


頷くとまたクッキーを取って口へ放り込んだ。


「作ってくれたんだろ?俺のために」

「うん…」


ラッピングし直して篤に差し出すと受け取ってくれた。


「ありがとう」

「私の方こそありがとう。今度は上手に作るから」

「楽しみにしてる」


頬を染めて俯くと隣で摩子ちゃんがヒューヒューと茶化してきた。





「呼び出し?」

「うん。先生から。だから先に帰ってて」

「待つか?」

「ううん。あの先生、話長いから何時になるか分からないから」

「そうか。じゃまた明日」

「うん。バイバイ」


篤に手を振ると急いで職員室へ向かった。





「思ったより早く終わったなー。よかった。あ、篤まだ近くにいるかもしれないよね…」


急いで教室に荷物を取りに戻った。


「あれー?なまえどしたそんな急いで」

「柚宇こそどうしたの?」

「忘れ物しちゃった。なまえは?」

「先生に呼び出された。でもすぐに終わったからよかったよ」

「そっか穂刈くんは?」

「先に帰ってもらったけど急いだら追いつくかなと思って走ってきた」

「じゃあ急げ急げ!途中まで一緒に帰ろー」

「うん」


柚宇と話しながら帰っているとふと足を止めた。


「どうしたの?」

「うん…私この階段から落ちたんだって」

「なまえ…」

「ごめん突然。その時のことも思い出せなくてどうしてかな」

「なまえゆっくりでいいんだよ」

「うん。ありがとう」


柚宇に笑いかけると階段を上った。

なんだか身体が重い気がする。心がざわついて落ち着かない。

篤のことを忘れてしまってからもこの階段は何度も上ったのに今日はどうしてだろう様子がおかしい。


「あ、穂刈くんだ」


柚宇の声で顔を上げた。そして目の前の光景に頭が突然痛みだし膝から崩れ落ちた。





階段を上りきるとなまえが追いついて来ないかと期待して振り返った。


「………」


やっぱりいないか。ため息をついて帰ろうとすると突然すれ違う人が躓いて転びそうになったので身体を支えた。


「大丈夫ですか」

「すっすみませんっ!」


何もないところで躓くなんてなまえみたいだ。そんなことを考えているとその人はもう一度お礼を言って去っていった。


「なまえ!なまえどうしたの!」


なまえと言う声が聞こえてきて振り返ると座り込むなまえと必死に声を掛ける国近がいた。その光景に血の気が引いてなまえの元へ走った。


「なまえ!」

「穂刈くん!なまえが!」

「どうした何があった」

「分からない突然、頭押さえて座り込んじゃって」

「なまえ」

「篤…柚宇…ごめん…大丈夫だから」

「そうは見えない。待ってろ今、救急車呼ぶ」


スマホを取り出すとその手を握られ制止された。


「本当…大丈夫だから」

「なまえ…」

「思い出したの…」

「え?」

「全部…思い出したの…篤のこと全部」


なまえは顔を上げると俺をじっと見つめた。





なまえの息が整うまでベンチに座っていたが良くなったなまえは明らかムスッとしていた。


「篤。私たちもうダメかも」

「え…」

「思い出しちゃったよ全部」

「そ、それでどうしてダメになる」

「篤は覚えてないの?」

「なんのことだ」

「あ、あー用事思い出したー!私帰るね〜ごゆっくり〜」


国近はこの空気に耐えきれないのかわざとらしい演技をして立ち上がった。


「柚宇びっくりさせてごめんね。ありがとう」

「私は平気だよー二人ともケンカしないでね、じゃ!」


手を振ると国近は行ってしまった。


「で、なにを思い出してそんな不機嫌なんだ」

「…篤が女の子と抱き合ってた」

「えっいや、違うぞあれは転びそうになったのを支えただけだ」

「うん。分かってるよ。今日のはでしょ」

「今日のは?」


なまえの言いたいことがいまいち分からない。


「私ねあの日…階段から落ちた日ね。篤を見かけたんだよ。今日みたいに階段上りきったところで」

「………」

「篤だって思って声かけようとしたの。そしたら篤、知らない女の子と抱き合ってた。驚いて来た道を戻ろうとして足すべらせて…そのまま」


身体から血の気が引いていく。


「篤、顔色悪いよ」

「なまえ…俺はなまえが階段から落ちたことなんて気づきもしないで帰ったのか」


震える手をなまえが握った。


「篤いいの。それは」

「よくないだろ」

「怪我したのは私がドジだったから篤は悪くないよ。それより…」


なまえの目がじろりと俺を見た。


「それより…誰だったのあの時の女…」

「なまえちゃんこわい…」

「答えて」


聞いたこともないなまえの恐ろしい声に頭をフル回転させた。

ダメだ思い出せない。あの日は家に帰るとなまえが意識不明になったと連絡が来て俺も錯乱状態だった。


「答えられないの?」

「待て。落ち着け。とりあえずその怖い目やめて」


スッと細められた目が怖い。

女と抱き合ってた?俺がなまえ以外の?考えられない…。


「あ…」

「思い出したの?」

「そうだあの日ここに着いたら知らない子に待ち伏せされてて」

「それで?」

「それで突然告白された」

「そ、それで?」

「それで断ったら抱きついてきた」

「そ、それで!?」

「それだけだ」

「ほ、本当に?」

「ああ。きっちり拒否したら帰って行った。それから何もない。今まで忘れたくらいだ」


なまえはハアーと深い息をついた。


「なんだそれだけかーよかった」


なまえは立ち上がると伸びをした。


「あースッキリした」

「本当に全部思い出したのか」

「うん。ずっと頭に靄がかかった感じだったけど全部思い出したからかスッキリしたよ」

「よかった。なまえ、本当に」


隣に立つと抱きついてきた。


「篤。記憶がないのに見放さないでずっと隣にいてくれてありがとう」

「礼を言うのは俺の方だ」

「ん?」

「当真に言われた。大事にしろって。言われなくてもするけどな」

「当真くん?」

「知らないやつにいきなり付き合ってるって言われて受け入れるなまえはさすがだって」

「頭とか心のどこか片隅で篤のこと好きな私がいたんだよ」


身体に巻きつく腕に力が籠った。


「篤、好き。これからもずっとそばにいて」

「当たり前だ」


頭を撫でると目を細めて笑った。

なまえが愛おしい。




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