「はあー…」

「おいため息やめろ」

「カゲいたの」

「どうしたの?悩み事なら相談のるよ」

「ゾエくん優しい…」


人の出入りがあまりないボーダーの資料室でのんびり調べものをするのが好きな私はよくここに来るのだけど今日はカゲとゾエくんがいる。


「辛気臭い顔だな」

「カゲなにしにきたの」

「カゲは人が多いところが苦手だから静かなここが好きなんだよ。なまえちゃんは嫌な感情向けたりしないから居心地良いみたい」

「ゾエてめぇ余計なこと言うな」

「ゾエくんは付き添いなんだ〜優しいね〜」

「それ以上くだらねーこと言ったら承知しねぇぞ。で、なんだ悩みって」

「しゃべっていいの?ダメなの?」

「いいから早く言え」


内容的に相談しようか迷ったけれど二人なら真剣に聞いてくれると思ったので思い切って話すことにした。


「えっとねその…キスされた…」

「穂刈にか」

「え、どうして分かったの」

「いつも一緒にいるもんねー」

「そ、そんなに一緒にいるかな…」

「付き合ってたんだ二人」

「ううん…」

「へ?」

「付き合ってないよ。なのに突然されたの…だから訳分かんなくて」


同い年のみんなとは仲がいいけれど言われてみれば確かに私と穂刈はよく一緒にいた。

最初は無口な人かなと思ってあまり話さなかったけどある日、本棚の上段の本が届かなくて悪戦苦闘しているところを颯爽と助けてくれて、あ、かっこいいと思った。

それから少しずつ話すようになった。話してみるとおもしろくて隣にいると不思議と落ち着いて素の自分でいられた。


気がついたら好きになっていた。


そして昨日この資料室で調べものをしているとまたあの日みたいに上段の資料が届かなくて背伸びしているところを助けてくれた。


『ありがとう穂刈』


お礼を言って振り返ると穂刈が真後ろに立っていてびっくりした。ちっ近い…!


『ほ、穂刈?どうしたの?』

『まじめだないつも。尊敬する』

『そんな、好きだからやってるだけで誰の役にも立ってないよ』

『そんなことない。助けられてる俺は』

『ありがとう…嬉しい』


きっと赤いであろう顔で笑うと穂刈は私をじーっと見てきた。

あまりにもじっと見てくるので恥ずかしくて離れようとすれば両手を本棚についてきて逃げ道を塞がれさらに距離を縮めてきて身動きができなくされた。

今までにない距離感にどうすればいいのか分からなくて俯くと顎を掴まれ上を向かされた。そしてなぜか親指で私の唇をふにふにしてきた。


『穂刈!?』


もっとお手入れちゃんとしとけばよかった!ってそんなこと考えてる場合じゃない!


『なまえ…』

『なに…?んっ』


指が離れたと思ったらいつもより低い声で名前を呼ばれてドキッとした。

そして指とは違う感触がして気がついたらキスされていた。

身を引こうにも背後には本棚があって動けない。

思わず穂刈の服を掴んでしまい持っていた資料がバサバサと床に落ちてしまったけれどそんなこと気にした様子もなくキスは続いた。


『んっ、ふっ』


苦しいと思ったころ漸く唇が離れた。


「ほー」

「で、で!?穂刈はなんて!?」

「なるほどな。とか言ったあと携帯が鳴って呼ばれたみたいで出て行った」

「え、それだけ!?」


興奮していたゾエくんはガクッと拍子抜けした。


「自分で落とした資料自分で拾い集めてたら異様に空しくなったよ。穂刈どうしてあんなこと…」

「そんなのなまえちゃんが好きだからだとゾエさんは思うけどなー」

「ゾエくんそれはないんだよなー」

「え?どうして?」

「穂刈は好きな人いるもん」

「聞いたことねーなそんなの」

「見たの。穂刈が熱い視線向けてるところ。あの人誰って聞いたら近所のお姉さんって言ってた。ふわふわして優しそうな人だった。私とは正反対…」

「自分で言ってへこむな」

「ごめん…。だからね私のことが好きなんてありえないの」

「そうかなぁ…」

「お前はどうなんだよ」

「え」

「お前は穂刈のことどう思ってんだよ」

「私は…」

「あーやっぱ言わなくていい。穂刈に向ける感情を俺に向けてどうすんだ。あームズムズする」

「うっ!そうだよ好きだよ!」


カゲはニヤニヤしてゾエくんはにこにこしている。


「でもそれならどうしてなまえちゃんにキスなんてしたんだろうね」

「してみたかったんじゃない。どんな感じか興味あって。で、近くに私がいたと」

「穂刈はそんなことしないよ」

「もう穂刈が何考えてるか分からない。前から分かりづらかったけど」

「深い考えなんてないだろ単純だと思うけどな」

「どういう意味?」

「そのうち分かんだろ。で、今日穂刈は?」

「いつも通りだった…」


今朝学校で会って普通にあいさつされた。何も意識されてないんだと思ってショックだった。


「気まずくなるよりいいんじゃないかな」

「確かにもう話せなくなるのは嫌かな…。うん。もう忘れて普段通りに接することにするよ」


あれは穂刈にとってあいさつみたいなものだったんだ。きっとそうだ。…さすがにそれはないか。


ふと時計を見ると結構時間が経っていたので話を切り上げて資料室をあとにした。

出入り口へ着くとゾエくんがそうだと手をぽんと叩いた。


「穂刈に聞いてみたら?私のことどう思ってるの!って」

「いいなそれ聞いてみろ」

「えーカゲまで乗り気?それで何とも思われてなかったらさすがにへこむ」

「楽しそうだな」

「うわっ穂刈!」


突然二人のものとは違う声が割って入ってきて肩が跳ねた。


「お、お疲れさま任務だったの?」

「ああ。で、何の話してたんだ」

「え、別に大したことじゃないよ」

「言えないのか」

「そういう訳じゃなくて…」


私たちは普段割となんでも話すけど昨日のことを相談していたとは言えなくて黙っていると穂刈は私から視線を外してカゲとゾエくんをじっと見た。

するとカゲが突然笑い出した。


「え、カゲどうしたの?」

「いや…お前もそんな感情抱くんだなー穂刈」


ニヤリとしたカゲに穂刈は舌打ちをして横を通り過ぎて行ってしまった。


「あ…」

「ど、どうしよう!穂刈なんか怒ってなかった?」

「ほっとけ、ほっとけ」


ゾエくんが慌ててもカゲはしれっとしていた。カゲは何を感じ取ったのだろう。


「カゲ…穂刈なんだったの…?」

「嫉妬…」

「え?」

「なんでもねー心配すんな」


カゲはこう言うけど不安だった。嫌われてしまったのかな…。




「ダメ…何も頭に入らない」


資料室で相変わらず調べものをしていたけど昨日のことばかり考えてしまう。

あんな不機嫌そうな穂刈初めて見た。怒らせて嫌われてしまったかもしれない。

もう前みたいに話せなくなってしまったら。そう思うだけで泣きそうになった。

こんな気持ちでは何も手に付かない。今日はもう帰ろうと思ったとき扉が開く音がした。


「やっぱりここにいたか」

「穂刈…」


会いたかったはずなのに胸が痛んだ。今、穂刈と話せばケンカになってしまう気がした。


「あの私もう帰るから」


穂刈の横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。


「痛い!」

「来い」

「や、やだっ離して」

「いいから来い」


穂刈の力に敵うはずなんてなくてまた資料室に戻された。


「きゃっ」


部屋の奥に連れて行かれ机に押し倒されて穂刈が覆い被さってきた。顔が近づいてきて拒否するように顔を逸らして腕で隠すと手首を掴まれ押さえつけられた。


「っ!やっやだぁ」

「暴れるな」


いつもの穂刈じゃないみたいで怖かった。身体を押し返して必死に抵抗した。


「やだやだやめて、いやっ!」

「そんなに嫌か」

「だって!どうしてこんなことするの!?」

「どうして…?」

「穂刈は好きでもない人にこんなことできるの…?ねえ違うよね…穂刈はそんな人じゃないよねっ」


もう嫌だ。どうしてこうなったの。頭がぐちゃぐちゃで涙が溢れた。

穂刈は私の腕を引いて身体を起こすと涙を拭ってくれた。


「好きだ」

「へ?」

「好きだ。なまえのこと」

「え…」

「言ってなかったか」

「聞いてない」


あれ?みたいな顔した穂刈が目の前にいる。


「うそ…穂刈好きな人いるじゃない」

「なまえのことか?」

「ち、違う!近所に住んでる…」

「…?あーあの人か。あの人は確かに初恋だったな」

「は、初恋…?でもじっと見てた…」

「見てたか?あの人初恋だったなーとは思った」

「それだけ?」

「それだけだ。初恋なんて大概近所のお姉さんとかだろ」

「私は幼稚園の人気者の子だったなー」

「なんだ俺じゃないのか」

「なんでちょっと不機嫌なの」

「俺を好きになって欲しいなまえには」

「もう好きだよ…とっくの昔に」

「本当か」

「本当だよ。キスされて嬉しかったのに穂刈なにも言ってくれないから不安になった」

「悪かった。もう気持ち伝えたと思ってた。むしろもう付き合ってる気でいたな」

「えー…マイペース」

「よく言われる」

「…ねえ、どうして突然キスしたの?してみたかったとか…?」

「してみたかったんじゃない。したかったんだなまえと」

「そ、そっか」


自分で聞いておいて恥ずかしくなってきた。


「唇やわらかそうだなと思って見ていたら触りたくなって触ってみたらやっぱりやわらかくてしたくなったからした」

「い、いい!説明しなくていい!」


恥ずかしくて手をぶんぶん振るとその手を掴まれ引き寄せられた。


「好きだなまえ…俺と付き合ってくれ」

「うん…私も好き。篤が好き」


腰に腕を回され身体が密着すると吸い寄せられるようにどちらからともなくキスをした。



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