どうしてあんなことしてしまったのだろう。後悔したって今更遅い。
いくら追い詰められていたからって試験中にカンニングなんて一番やってはいけないことなのに。
正確に言うと未遂だけどでもしようとしてしまったことは事実だ。
自己採点で合格ラインぎりぎりの点数になってしまいどうしてもあと1点が欲しかった。
両親が無理して高い学費を出して通わせてくれているのにこのままでは進級に響いてしまう。
頭が混乱して気がつけば机の中のノートに触れていた。
すぐに我に返り手を離して答案用紙のなんとか解けそうな問題を必死に探した。
終了のチャイムが鳴り試験はすべて終了してクラスメイトは解放感でいつもよりざわつきながら早々と教室を出て行った。
私は自分のしてしまったことに絶望してしばらく自席で呆然とすることしかできなかった。
「みょうじ」
名前を呼ばれ身体がびくりと跳ねた。顔を上げると荒船くんがすぐ隣に立って私を見下ろしていた。
「ちょっといいか」
「え…?」
「話がある」
射るような視線に返事もできずに前を歩く荒船くんに黙ってついていくことしかできなかった。
屋上に連れてこられたけれど荒船くんはしばらく私を観察するようにじっと見つめるだけで何も言わない。
「あ、あの…話って…?」
自分でも声が震えているのが分かる。
「お前さっきの試験カンニングしてただろ」
頭が真っ白になった。まさかあの一瞬の出来事を見られていたなんて。身体中から血の気が引いた。
「真面目そうな顔してせこいことするな」
どうしようどうしよう
「こんなこと教師に知られたら即退学だな」
「っ!言わないで!お願い誰にも言わないで!なんでもするから!」
荒船くんの腕を掴んで懇願すると手首を掴まれた。
「なんでもか…」
ニヤリと笑った荒船くんに冷や汗が流れた。
「来い」
「え、どこ行くの」
「いいから黙って来ればいいんだよ」
「や、やだっ」
「なんでもするんだろ」
痛いくらいの力で掴まれた手首をぐいぐい引っ張られてどこかへ連れて行かれてしまった。
「いらっしゃ…あ?んだよ、てめぇかよ」
「客に対してその態度はないだろカゲ」
「ケッすっかり常連になりやがって。あ?誰だ後ろの女。彼女か?」
「まだ違う」
まだってなんだ。
荒船くんの知り合いらしき歯のギザギザした恐竜っぽい人は適当に座れと言って奥に消えてしまった。
状況が飲み込めず呆然としている私の手を今度は優しく握り荒船くんは慣れた様子で空いている席へ連れて行ってくれた。
「あの…ここは」
「お好み焼き屋だ。さっきの柄の悪いやつは友達。ここのお好み焼きは絶品だぞ」
そう言って目をきらきらさせながらメニューを開いた。こんな荒船くん教室では見たことない。
それどころか荒船くんと話したことなんてほとんどない。なのにどうして私は荒船くんとお好み焼き屋さんに来ているのだろう。
「あの…」
「何にする」
「え」
「俺のおすすめはこれ」
「じゃあそれで…」
「了解」
荒船くんはさっきの人…えっとカゲさん?を呼ぶと注文してしまった。
カゲさんがまた奥に消えると荒船くんは着々と食べる準備を進めていた。
「あの荒船くん」
「んー」
「言わないの?今日のこと先生に」
「言わねーよ。最初から言うつもりなんてない」
「えっ」
「未遂だからな」
「そこまで見てたの…」
「俺はよくお前のこと見てる」
「え…」
「変な意味じゃねーからな」
「う、うん…でも私のしたことって最低なのに」
「まあ確かに悪いことだけどお前追い詰められてるだろ最近特に」
「どうして…」
「だから見てるって言ってるだろ」
「それどういう意味なの…?」
「みょうじのこと気になってるって意味だ」
「へっ!?」
私が変な声を出すとカゲさんがお好み焼きを運んできてくれた。
「お前こういうやつがタイプなのか」
「まーな。オイあんま見んなよ」
カゲさんにじろじろ見られてなんだか恥ずかしくて俯いてしまった。
「ふーん。まあごゆっくり」
またまたカゲさんが奥に消えると荒船くんは気にした様子もなくもぐもぐお好み焼きを食べ始めた。
「黙っていてくれてありがとう…もう絶対しないから」
「成績伸びなくて悩んでるんだろ」
「そう…家あまりお金ないのに両親が無理して進学校に入れてくれたからなんとか結果出さないとって焦ってしまって。焦れば焦るほど上手くいかなくて自分のこと追い込んじゃって…」
「悪循環だな」
「うん…でもどうすればいいのか分からない」
「勉強についていけないなら俺が教えてやる。悩みがあるなら全部聞いてやる」
「荒船くん…」
「だからそうやって自分を責めるな」
「うん…ありがとう」
泣きそうになるのをなんとか堪えて頷いた。
「ほら熱いうちに食え。上手いぞ」
「うん。でもまさかお好み焼き屋さんに連れてこられるとは思わなかった」
「なんでもするって言っただろ」
「言った…」
「もうなんでもするなんて簡単に言うな。いいな」
「はい…」
「で、どこに連れて行かれると思った」
「え?いや、べ、別にどこも」
「お前まさか俺が乱暴なことすると思ったのか」
「そ、そんなことないです!」
「俺はそういう趣味はねぇ」
「そうだよねごめん。それに私の身体に興味なんてないよね…ハハハ・・・」
「いやみょうじの身体にはものすごく興味ある」
「!?」
冗談で言ったのに真顔で返されて思わずお箸を落としてしまった。
「お前もう少しオブラートに包めよ」
「カゲ…さっきからいいとこで入って来るなよ」
「どこがいいとこだ。ただのセクハラだろーが」
「で、何か用か」
「女子にはサービスだとよ」
カゲさんは私の所にアイスを置いてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
「こいつに敬語はいらねーぞ同い年だからな」
「そう…あの、なにか?」
さっきからカゲさんが私をじろじろ眺めるので視線が痛い。
「ふーん。まあまあいい身体だな」
「!?」
カゲさんの爆弾発言に特に意味はないのに自分の胸元を反射的に隠した。
「カゲてめぇ!セクハラだクソが!」
「ケッケッケ」
こ、これだから男子高校生は!!
◆◇
「すごい!また解けた!荒船くん教え方上手」
「みょうじの飲み込みが早いんだよ。焦らなくても普通にできてるから大丈夫だ」
「ありがとう荒船くん」
あの日から荒船くんは本当に勉強を教えてくれて悩み事も聞いてくれる。
おかげで成績も落ちることなく以前の自分が嘘のように毎日安心して過ごすことができた。
図書館で勉強を終えると外はすっかり暗くなっていた。
「またこんな時間になっちまったな。送る」
「うん…」
帰りが遅くなると必ず家まで送ってくれる。荒船くんはどこまで優しい人なのだろう。
「荒船くん」
「どうした」
街頭の下で立ち止まると荒船くんは振り返った。
「本当にありがとう。荒船くんがいてくれなかったら今頃どうなっていたか」
「大袈裟だなみょうじは」
「ううん。そんなことない本当に感謝してる。いつかお礼させて」
「なんでもするか?」
「うん…なんでもする」
「だから簡単に言うなって言っただろ」
「簡単になんて言ってない」
「ほう…」
私は何を言ってるのだろう。
でもこれで荒船くんは私の気持ちに気づいてくれたかな。
それともとっくに気づかれてるかな。
腕を組んでじっと私を見下ろしていた荒船くんはニヤリと笑った。
「それどういう意味だ?」
「どういうって…」
「分からないな。ちゃんと言ってくれないと」
「いじわるっ!」
「ほら、言ってみろ」
「うっ…あ、荒船くんが…」
「何?聞こえない」
「荒船くんが好きって意味!」
やけになって叫ぶと荒船くんの腕に閉じ込められた。
「あー…すっげー嬉しい」
「荒船くんは言ってくれないの?」
身体が離れると肩に手を置かれじっと見つめられた。
街灯に照らされた荒船くんはすごく綺麗な笑みを浮かべていた。
「俺もみょうじが好きだ」
また抱きしめられそのまま優しいキスをしてくれた。