みょうじの両親は第一次近界民侵攻で亡くなった。
俺はその日からずっとみょうじのそばにいる。
昔からの知り合いとか特別仲が良かったわけではない。その日俺とみょうじは日直で偶然教室に二人でいた。そこに近界民が攻めてきた。
俺たちは無事だったけれどみょうじの自宅があった地域は被害が甚大でそこにはもう何も残されていないほど酷いものだった。
目の前に広がる絶望に崩れ落ちて泣き叫ぶみょうじをただ抱きしめることしかできなかった。
「穂刈。今までいろいろありがとう。私はもう大丈夫だよ」
「………」
みょうじはよく大丈夫と言うけれど大丈夫だったことなんてただの一度もない。
両親の葬儀、これからどう生きていくか他にも決断しなければいけないことがたくさんあって沈んでいる暇もないほど毎日が慌ただしく過ぎて行った。
俺はずっとみょうじのそばにいた。放ってなどいられなかった。
「来週から親戚の家に行くんだろ」
「それ断ったの」
「どうして」
「私ね…ボーダーに入る」
みょうじの口から信じられない言葉が出てきて一瞬思考が停止した。
「ボーダーってあの敵と戦ってた人たちか」
「うん」
「戦うのかみょうじも」
「うん」
「復讐か」
「そうだよ」
見たこともない暗い目をして聞いたこともない冷たい声でみょうじは答えた。
「もうそれしか生きていく方法が分からない」
「みょうじ…」
「元気でね。ずっとそばにいてくれてありがとう」
みょうじは頭を下げると背を向けて歩き出した。
みょうじが行ってしまう。みょうじをひとりにしてはいけない。
「俺も行く」
「え」
「俺もボーダーに入る」
「なに言ってるのダメだよ!」
「なぜだ」
「穂刈は普通の人として生きていくべきだよ。穂刈には幸せになってほしい」
「それは俺も同じだ」
「穂刈…」
「みょうじには幸せになってほしい。戦ってなんてほしくない」
「私は仇が取りたいのこのままじゃ正気でいられない」
「敵なら俺が倒す。みょうじに武器なんて握ってほしくない。みょうじの綺麗な手を汚したくなんてない」
「そんな…」
「もう決めたからな」
「穂刈…ごめん…」
「なぜ謝る」
「だって巻き込んだ…」
「俺が勝手にしたことだ」
「ごめん、ごめんね…ありがとう…」
みょうじはぽろぽろ涙を流した。みょうじが泣いたところを見たのはこれで2回目だ。
葬儀の時も学校でもみょうじは泣かない。気丈だった。
悲しくないはずなんてない我慢していただけだ。
俺の前では素直な自分でいてほしい。悲しいときは泣いて嬉しいときはいっぱい笑ってほしかった。
泣いているみょうじの手を強く握った。
「本当はひとりで心細かったの…」
みょうじはそう呟くと俺の手を握り返した。
「………」
「………」
「そんなじっと見なくてもちゃんと書いたよ」
ボーダーに入隊して諸々の資料を提出するときみょうじがちゃんと配属希望欄にオペレーターと書いたか後ろからじっと監視していた。
「穂刈は書けた?」
俺の用紙を覗き込んで表情を曇らせた。
「やっぱり戦うんだね」
「ああ、戦闘は俺に任せてみょうじはサポート頼む」
「うん」
頷くみょうじの表情は晴れないけれどこれでいいと思った。
みょうじを悲しませるものも苦しめるものも全部俺が消してやりたかった。