みょうじなまえさんという人を一言で表すと頼れるお姉さんだ。
年上から信頼されており年下から慕われ任務もそつなくこなしみんなが嫌がる書類仕事なんかも愚痴ひとつこぼさず淡々とこなす。
怒ったところなど見たことがなくいつも優しい笑顔を絶やさない尊敬できる人だ。でもなまえさんは他人行儀な所がある。
見えない壁を作って決してそれ以上踏み込ませないようにしている。俺はそんな壁ぶっ壊してなまえさんに触れてみたい。
「なまえさんは自分のチーム作らないんすか?」
「私が?」
「なまえさんほどの実力ならチーム組んでもおかしくないですよ。みょうじ隊!いいなー俺入りたい」
なまえさんはクスクス笑うと首を振った。
「隊長なんて私には向いてないよ。それに私は一人の方が楽でいいの…」
いつもの優しい声でそう告げた。また壁を感じた。
なまえさんは大抵一人で行動している。どこの部隊にも所属せず自分の部隊を作ることもしない。一体何が彼女をそうしているのか。
「あ、スマホ忘れた」
慌てて本部に戻り薄暗い廊下を早足で作戦室へ向かっていると明かりが漏れている部屋があった。
話し声?まだ誰か残ってるのか?
ドアの隙間から中を覗くと見知った後ろ姿があった。
なまえさん…?
「私っていつもこう…本当ダメだね…」
「みょうじは何も悪くない。だからもう自分を責めるな」
「ごめんなさい…いつまでも情けなくて」
「気にするな。俺の前で無理する必要ないよ。思いっきり泣いていい」
「ありがとう嵐山くん…」
なまえさんの肩が震えた。その華奢な身体を嵐山さんはそっと抱いた。
俺は気づけばその場をあとにしていた。ひたすら走って作戦室に飛び込んだ。
息が苦しい。生身で全速力したからじゃない。
なまえさんと嵐山さん…誰も入り込めないような二人の雰囲気を目にして胸が締め付けられるほど苦しい。
「クソっ!」
机を殴ってもモヤモヤした感情は消えてくれない。俺の知らない何かを二人は共有している。一体何を…。
翌日、なまえさんはいつもと変わらない様子で報告書にペンを走らせていた。
昨日のあれは夢だったのかと思うほど普段通りだ。
作った笑顔を張り付けて誰にも心を開かない。いや、嵐山さん以外にか…。
「なまえさん…何かあったら俺になんでも言ってください」
「どうしたの突然」
確かにいきなりこんなこと言われたら首を傾げたくもなる。
「いえ別に深い意味はないっす」
「ありがとう。出水くんは優しいね」
歯切れの悪い俺にフフっと笑うと書類を持って立ち上がり横を通り過ぎようとした。不意にその手を掴んでしまった。
「出水くん…?」
「嘘です」
「え?」
困惑するなまえさんを引き寄せて腕に閉じ込めた。
「深い意味はないって嘘です。俺、なまえさんが好きです」
「出水くん…」
「嵐山さんに負けたくない」
「え…どうして嵐山くん…」
ハッとしたなまえさんは身体を離して俺を見上げた。
「もしかして昨日…」
「すみません。聞くつもりはなかったんです。話し声が聞こえて中を見たらなまえさんと嵐山さんがいて…何を話していたかはよく分かりませんでした」
「そう…」
なまえさんは俯いてしまった。
「嵐山さんと何を話していたんですか」
「ごめんなさい。言えない…」
「嵐山さんには言えるのに俺には言えないんですか。俺そんなに頼りないですか」
「違うのそうじゃなくて…」
「なまえさん全然俺に心開いてくれませんよね…話していても壁を感じる」
「え…」
俺はハッとしてなまえさんを見た。
「ごめんなさい私そんなつもりじゃ」
なまえさんは泣きそうになっていた。震える声でごめんなさいと言うと部屋を出ていってしまった。
「なまえさん!」
違うこんなことを言いたかったわけじゃない。
すぐに追いかけなければいけないのに身体が動かなかった。
「あーあ天気良すぎだろ。空気読めよ」
ぽかぽかとした気持ち良すぎる陽気に理不尽な文句をつけながら誰もいない河川敷にドカッと座った。
いつもは用もないのに会いに行っては世間話をしていたのにあれからなまえさんの元へ行けずにいた。行けるはずがない。
最低な事をした。自分の気持ちを押し付けてなまえさんを傷つけてしまった。
人には知られたくない過去の一つや二つある。俺はそこに無理やり入り込もうとした。
それにあんな形で想いを伝えてしまった。返事なんて聞かなくても分かっている。
もう口も聞いてくれないかもしれない。
「はぁー。最低だ俺」
頭を抱えていると背後に気配を感じた。
「出水くん」
振り返るとなまえさんが立っていた。
「えっなまえさん!?なんで」
「探したよ。どこにもいないんだもん。隣いい?」
ぶんぶん頷くとなまえさんは隣に座った。
「なまえさん俺…」
「この間はごめんね」
「えっ」
「逃げちゃって」
「だってあれは俺が悪いから」
「ううん。いつかは出水くんに話せたらって思ってたことがあるの聞いてくれる?」
「なんですか…?」
「私ね…」
なまえさんはスッと息を吸った。俺は緊張して思わずごくりと唾を飲んだ。
「最っっ低なクズ野郎と付き合ってたの!!」
聞いたこともないなまえさんの大声に身体がビクッと跳ねた。
「え?え?」
「だからね、さいっって」
「あ、いやそれは分かりました」
最低なクズ野郎なんて言葉がなまえさんの口から出てくるなんて思わずどう返したらいいのか分からなかった。
「えっと最低というのは二股とかですか?」
「ううん。妻子持ちだったの」
「マジっすか…」
「うん。しかも私だけじゃなかったの。他にも付き合ってた子いっぱいいたみたい」
「本当に最低なクズ野郎じゃないすか…」
「本当にね…どうしてあんなのに真剣になってたのかな…」
なまえさんは苦笑いした。
「それでちょっと人が信じられなくなって。無意識に壁を作っていたのかもしれない。不愉快な思いさせてごめんなさい」
「違う!あれは俺が悪いんです。何も知らないでズカズカとなまえさんの心に入り込もうとして」
「出水くんは悪くないよ。私、出水くんに何も話さなかったもの。嵐山くんはね別れた帰りに公園で泣いていたらそこに偶然通りかかって慰めてくれて。それから気にかけてくれていたの」
そうだったのか。そんな良い人に嫉妬心むき出しにしていたなんて自分が情けない。
「出水くんに知られて嫌われたらどうしようって思ってたらなかなか言い出せなかったの」
「嫌いになんてなるはずないです!俺どんななまえさんでも好きでいる自信あります!」
「本当?ありがとう嬉しい…」
なまえさんはふわりと笑った。
「出水くん。この間の返事してもいいかな」
「え?」
「私も出水くんのこと好きです。私でよければ付き合ってください」
「えっえ!?本当ですか!!」
「うん。出水くんさえよければ…」
「いいに決まってるじゃないですか!やったー!」
俺は思い切りバンザイした。
「大袈裟だよ」
なまえさんはクスクス笑っている。
「大袈裟なんかじゃないですよ!嬉しすぎて夢なんじゃないかと思うくらいです!」
俺がテンションを押さえきれずにいると不意に唇に柔らかいものが触れてすぐに離れた。
「!なっ!なまえさん今…!」
「赤くなってる。かわいい」
なまえさんはいたずらっぽく笑うと立ち上がった。
「帰ろっか」
年上のお姉さん的な余裕を感じて主導権を握られたみたいで悔しかったので立ち上がるとなまえさんの腕を掴んだ。
振り返ったなまえさんに今度は俺からキスをした。